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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
最終章「影法師」

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第153話「最適分配」

取調室前で立っていた俺に分かるよう、録音録画が開始された。


それを合図に、待機していた後藤が福田に入室を促す。


取調室の空調は、季節と無関係に一定の温度を保っている。


福田は指示に従い静かに席に座り、手錠を外された。


暴れようとする気配や悪態をつくような態度は、微塵も無い。


膝の上できっちりと手を揃え、背筋を伸ばした姿勢、先ほど庁舎で見た時と同じだった。


俺が向かいの席に着くと、対面の福田は小さく視線を上げた。


それは、まるで会議の開始を待っていたかのように見えた。


「警視庁の佐藤です。」


形式通り名乗ると、福田はわずかに口元を緩めた。


「ええ。存じています。」


その声は驚くほど落ち着いていて、疲労も焦燥も感じられない。


「立会補助の中村です。以後、よろしくお願いします。」


「よろしくお願いいたします。」


中村の挨拶に返した声も、逮捕された人間のものとは到底思えなかった。


中村が俺の隣に座り、記録用のPCを起動する。


「これより、福田さんの取調べを始めます。初めに1つお伝えしますが、この部屋の様子は録音録画されていますので、もし録音録画をされたくない場合は申し出てください。」


取調べに入る際の定型文を感情込めずに伝えると、福田は「構いません。」とだけ答えた。


「では、改めて、今回我々が福田さんを逮捕した事実を説明しますので、それに対する弁解があれば仰って下さい。また、福田さんには供述自由権という権利がありますので、話したくないことは話さなくて構いません。」


俺はそう説明して、逮捕状を取り出し被疑事実の要旨を再度読み上げる。


そして、氏名などを確認させるため、机上に置いた。


福田は机の上に置かれた自分の名前が記された書類を見て、ほんの僅かに目を細めた。


「被疑者。……疑い被った者ですか……便利な言葉ですね。」


中村の指が一瞬止まったのが、視界の端に見えた。


俺が何も返さずファイルを開くと、福田は続けた。


「……ああ、形式上は弁解をしないければいけないんでしたね。」


俺はページを一枚めくった。


「では弁解を伺います。」


短く告げると、福田はほんの僅かに首を傾けた。


「……何について話せばよろしいですか?」


否定も肯定もしない。ただ確認しているだけの声だった。


「今回逮捕された事実に対してです。特に弁解が無ければ、そのように記載し、通常の取調べに移行しますが……」


「それで構いませんよ。弁解など不要ですから。」


そう言って福田はゆっくりと腕を組んだ。


俺と中村はすぐに弁解録取書を作成し、福田に確認させた。


「……では、ここからは本件に関する取調べということで。」


俺はファイルから一枚づつ資料を取り出し、机の中央に置いた。


始めに、体外受精データベースアクセスログ。


次に、倉橋名義のアカウントによる操作履歴。


そしてその横に、もう一枚『LUXE_customers_pre_modification.xlsx』。


福田の視線が、資料の上で静かに止まったのが分かる。


やはり驚きは伺えないが、ほんの僅かに口元が緩んだ。


「……だから、LUXEでの事実で私を拘束したんですね。……そこまで繋がっただからこそ、ですね。」


福田が独り言のような声で呟くと、中村の指がキーボードの上で止まった。


俺はあえて何も口にしないと、沈黙が三秒程度続いた。


福田は資料から目を離さず、小さく息を吐いた。


「内山みのりさんの家に、我々より早く警察が着いた時点で、気付くべきでした。」


その声には、悔しさではなく感心が混じっていた。


「あなた方がこれほど早く来た理由が、よく分かりました。」


ゆっくりと顔を上げ、まっすぐこちらを見る。


「私は、誰も傷つけるつもりはありませんでした。」


その声に、中村が顔を上げた。


部屋の空気がわずかに張り詰める。


そして福田は、静かに続けた。


「……むしろ、救っていたんです。」


その一言で、取調室の温度が一段下がった気がした。


中村の顔が青筋立ち、その指が怒りで震えているのが横目で分かる。


それを見てもなお、福田は穏やかに微笑む。


「そう。この国にとって必要な人たちを救っていた。」


中村が小さく息を吸い込んだ音が聞こえた。


「救った、とはどういう意味ですか。」


俺が淡々と問い返すと、福田は少しだけ考えるように視線を天井へ向けた。


「言葉の通りです。……子どもを望んでいた人たちを、この国の未来を救ったんです。」


福田の視線が再び戻り、部屋の空気がわずかに軋んだ。


「体外受精データベースとLUXEの顧客が紐付いている理由を説明して下さい。」


俺がそう告げると、福田は動揺もせずに一度だけ頷いた。


まるで報告書の説明を求められた職員のようだ。


「皆さん、この国に必要不可欠な、とても優秀な方々でした。」


福田の静かな声が続く。


「国の基幹インフラを設計している技術者。感染症研究の第一線にいる研究者。巨大企業の経営に関わる人。次世代エネルギー政策に関わる官僚。」


中村のキーボードの打鍵が、一瞬遅れた。


福田は気付いていないかのように言葉を続ける。


「共通していたのは、子どもを望んでいたこと。そして、年齢的に時間が残されていなかったこと。」


机の上の資料に、指先が軽く触れた。


「国家資源の提供順は平等です。でも、社会構造は平等ではありません。……分かりますか?」


福田は穏やかだが芯のある声で続ける。


「もし、あの人たちがいなくなったら?そう、金で精液を買える国に行き、子を育てたら?この国はどれだけ損失を被ると思います?」


俺には、その問いは答えを求めていないことが分かった。


「だから私は、少しだけ順番を調整したんです。」


聴きながら拳を握りしめていた中村の椅子が、わずかに軋んだ。


「順番を、調整と言うと何のことですか。」


俺が繰り返すと、福田は微笑んだ。


「恩を売った、と言い換えてもいいですね。依頼者達はとても感謝していました。」


福田の声色が、ほんの僅かに柔らかくなった。


「子どもが生まれたと、報告をくれる人もいました。写真を送ってくれる人もいた。」


その声音は、まるで昔話を語る教師を思わせるようだった。


「……感謝があり、国益がある、とても良い仕事でした。……システム保守とは雲泥の差です。」


「その結果、男性を詐欺に嵌め、監禁し、数多の女性達に奉仕させた。それが違法行為だという認識は?」


俺が静かに問うと、福田は迷わず答えた。


「もちろんありますよ。でも、これは限られた国家資源の最適分配です。」


福田の言葉には、罪悪感がかけらも混じっていなかった。


使えない男性(国家資源)より何倍も価値が有り、国家にとって必要な人材を守ることは、犯罪と言うのでしょうか。」


何も答えられなかった俺と中村を交互に見回した福田は、ゆっくりと首を傾ける。


「ねえ、佐藤悠真さん。」


初めて、はっきりと名前を呼ばれた俺の耳に、部屋の時計の秒針が大きく響く。


「あなたなら、どちらを守ります?……無能な個人と国の利益。……優先すべきはどちらですか?」


中村の打鍵が完全に止まった。


「男性が少ないこの世界でも、この国は人口を維持し、技術を伸ばし、生活を豊かにし続けている。…そう、あなた方もその成果を享受しています。」


福田の主張に、中村が椅子を鳴らして身じろぎした音が聞こえ、限界が近いのを悟った。


「あなた方は違法性を問題にしているけど、私の評価は、とても良かったですよ。」


その瞬間、強く握られた中村の手が、高く振り上げられたのが分かった。

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