第151話「独醒」
6月9日、午前7時22分。
俺が執務室で付けていた朝のワイドニュースは、最初からその話題を放映していた。
<違法風俗店「LUXE」を巡る一連の事件と資源庁の知られざる関係!>
そんなタイトルが画面に流れている。
画面の隅に、過去に何度も見た店の外観写真が映る。
モザイクのかかった看板。夜のネオン。
その上に、いかにも分かりやすい見出しが踊っていた。
『男性を借金漬けにした、官僚と風俗の癒着!!』
俺はリモコンを置いたまま、自席の背もたれに体重をかける。
そのまま見ていると、続いて流れたのは、街頭インタビューだった。
『ひどいですよね。国の人がそんなことするなんて!!』
『結局、お金持ちと弱い人がつるんで、普通の人が被害に遭うんですよ!』
『もう全部、裏で繋がってたんでしょ?』
憤慨している一般人に、インタビュアーが『やっぱりそう思いますよね。』と、雑に相槌を打っていた。
俺の口から無意識のうちに息が零れた。
さっきの、『全部、繋がっている』という、その言葉は正しい。
だが、彼女たちが思っている『全部』と、俺たちが見ている『全部』は、同じ形をしていない。
ひとしきりインタビューが終わったタイミングで、別のチャンネルに切り替える。
そこでもニュースのテロップが流れた。
『豊島区シーシャバーで男性監禁!?バー店主の女を逮捕!!』
画面には、護送時に撮影された大原麻子の後ろ姿に、たくさんのフラッシュの光と記者の声が重なった映像が流れる。
『大原さん!資源庁との関係はあるんですか!?』
『違法薬物との噂もありますが、PMDAに勤めるお母さまも関与してるんですか!?』
俺は、テーブルの上に伏せてあった資料に視線を落とした。
<資源庁管理対策官 福田弥生>
これまでの捜査で積み上がった事実は、もう十分だった。
福田自身が関与していたことは証拠を積み上げてきた。
指示も、判断も、それによる利益もあった。
テレビの向こうで、中年のコメンテーターが言っていた。
『悪い官僚は、ちゃんと捕まえてほしいですよね。』
俺は小さく、その言葉を口の中で繰り返した。
これから行う逮捕は、今回の男性犯罪を終結に向け、事を始めるための逮捕だ。
俺はそう思いながら、令状請求に必要な事項を頭の中で整理し始めていた。
逮捕状請求書に被疑者名、被疑事実の要旨等、必要事項をまとめていく。
監禁も詐欺も直接実行した訳では無いが、その仕組みを動かし続けた。
特に固い部分にするならば、LUXEの監禁・詐欺の組織的な関与とするのが正解か。
金銭の流れ、承認の流れ、意思決定の痕跡、どこをとっても問題ないように思う。
俺は立ち上がり、執務室の窓の外を見た。
庁舎前の朝は、いつも通り出勤する職員が歩いている。
これから、資源庁のさらに上層にメスを入れると知っている者はほぼいない。
ニュースが次に欲しがっているのは、きっと、『分かりやすい悪役』だろう。
福田は、その条件を満たしているが、福田自身も分かっているはずだ。
これ以上何かが露呈するようなら、その身をもって口をふさがれると。
だからこそ、ここで俺たちが身体拘束《証拠として保全》する。
内山みのりの二の舞にはしないと、固く誓う。
俺が令状請求資料をまとめていると、ドアが開き「おはよう。」と、山崎が入ってきた。
俺は目を合わせて挨拶を返すと、お互い何も言わずに頷き合った。
山崎は、俺が持っている資料に一瞬だけ視線を落とし、短く聞く。
「……罪名は?」
「LUXEでの詐欺・監禁に対する共同正犯です。無論指示役として。」
山崎はそれ以上、何も聞かなかった。
「わかった。」
そう言って、まとめ終わったドッチファイルから手に取ると、資料の確認を始めた。
俺は再び自席に体を向け、令状請求書と資料の編綴を始めた。
ドッチファイルの紙が擦れる、乾いた音だけが室内に響く。
山崎はページを一枚ずつ捲りながら、表情を変えなかった。
赤を入れることも、質問を挟むこともない。
「流石佐藤主任、付箋部分は裏付け班の報告書待ちだな。」
山崎はそう言って、ファイルを閉じた。
俺は頷き、令状請求書の最終確認に入った。
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俺は無事、裏付け班や解析班からの追加の報告書を加えた書類をまとめ終えた。
それを山崎に託すと、内容を確認してすぐに決裁に向かっていった。
いつも小さなその背中は、少しだけ大きく見えた。
逮捕前の準備をしながら、俺は再度、テレビ画面を見る。
そこには、相変わらず分かりやすい言葉が並んでいた。
『資源庁はノーコメントを貫いているから何かを隠しているのでは。』
『LUXE以外にも甘南備が発覚したことで、余罪もあるのでは。』
『精液トレーサビリティ制度も、正直信用ならないと思っていた。』
等、皆言いたい放題だ。
俺たちがこれからやることは、さらに世間を賑わすのだろう。
そう思っていたら執務室のドアが開いた。
「佐藤主任、決裁が下りた。一緒に令請行くぞ。」
俺は短く頷き、椅子から立ち上がった。
テレビの音を置き去りにして、俺は資料を抱え、山崎の後ろを歩き出した。




