第149話「糾合」
6月8日、午後0時18分。
いつも通り、捜査本部の部屋は、昼休み返上で張りつめていた。
山崎と中村は自席でおにぎりを齧りながら作業をし、後藤と森下は他の裏付け班とともに外に出ていた。
横峯は大原の取調べのため、今日はまだ姿を見ていない。
水越や若葉を始めとした解析班は、ずっと画面に張り付いていて、声を掛けられるような状態ではなかった。
「……ちょっといいですか。」
これまで無言で作業をしていた水越の声が聞こえた。
俺や山崎が水越のデスク周りに集まると、そこにはハードディスクが散乱し、3枚あるモニター画面はどれもウィンドウが敷き詰められていた。
その一つ一つが、倉橋のスマホ、LUXEで押さえたPC、内山みのりの遺志で残されたデータ、甘南備で押収された店舗用PC、資源庁の内部ログ等を表しているのだろう。
別々に集められたはずのデータが、水越の画面の中で重なり始める息吹を感じさせた。
「では、横串でざっくりと行った解析結果を説明します。」
そう言って水越画面に表示されたのは、倉橋のアカウント履歴だった。
<
体外受精DB 登録履歴
登録者ID:KURAHASHI_K
最終更新:2025-03-28
>
隣に、<LUXE_customers_pre_modification.xlsx>という名前のファイルが並ぶ。
「この倉橋のIDで登録された体外受精データと、LUXEの顧客リスト、これは内山みのりが残した生データの方ですが、名寄せできます」
そう言って、水越が2つのデータの比較結果を表示させた。
「……確かに、繋がるな」
山崎が、低く呟いた。
顧客の職業欄を見ると、どれも社会の上層で生きているが、特に体外受精の結果が振るわなかった女性たちだと分かる。
「この面子を見ると、資源庁が『恩を売っていた』と見るのが自然ですね」
俺の言葉は、誰も否定しなかった。
次に、水越は甘南備のPCログと、資源庁における祖母井の通信ログを呼び出した。
共産圏の医療法人名、弁天島経由の受け渡し手順、暗号資産のウォレットアドレスが並ぶ。
「これは、薬の供給ルートです。やはり大原は、独自に動いていたわけではないです。」
「ちゃんと、輸入や使用の指示者が特定できたってことですか?」
中村の疑問に、水越は頷いた。
「はい。頻度も、量も、タイミングも祖母井の通信が発生するタイミングや、データ送信パケット量が、甘南備内に残っていた輸入判断等のタイミングと被ります。」
水越は、次のウィンドウを前面に出した。
「さらに、同じタイミングで祖母井が福田に承認を求めたり、報告をまとめていたチャットの履歴もありました。チャット自体は削除されてますが、直近のLUXE絡みはサルベージできました。」
水越が表示した画面には、福田から祖母井の指示とも呼べる内容が踊る。
皆がその内容を読んでいると、タイミングを見計らって水越が口を開く。
「それから、もう一つ。ずっと引っかかっていたものがあります」
画面に表示されたのは、暗号資産のトランザクション履歴だった。
「……これって、内山の家から見つかった500ETHが入ったアドレスのものですか?」
中村が、思わず声を上げる。
「ええ。これまで、出所不明だった資金です」
水越の答えに、山崎が腕を組んだ。
「確かに、内山みのりの家から出てきたはいいものの、結局解決していなかったな。」
水越は頷き、近くにいた若葉を呼んで画面を拡大した。
「……では、私から少し説明しますと、このアドレス、マルチシグ対応……つまり、送金には複数署名が必要なアドレスです。」
そう言って若葉が画面の一部を指さした。
「ここを見ていただくと分かる通り、「2-of-3」と書いてありますので、3名の決裁権者のうち最低2名の承認がないと、送金できないものになっています。」
若葉は、淡々と続ける。
「これ、なんと資源庁のログから祖母井が署名鍵の1つを使っていたことが分かりました。そして…もう1つが……福田弥生です。」
の名前が出た瞬間、空気が、はっきりと変わった。
そ捜査本部という空間そのものが、一段深く沈んだような感覚に陥る。
「……一連の犯罪事業の金庫番を2人でやってた、ってことか。」
山崎の低い声が、室内に落ちる。
「はい。しかも、このアドレスへの入金元何ですけど……これ見てください。」
若葉が画面を切り替えると、ダークウェブフォーラムでの取引ログ、オークションID、トランザクションの送金タイミング等が次々に表示された。
「……このように、男性売買オークションの決済と、完全に一致します。」
つまり、男性を売った金が入り、それを資金移動するときは2人が関与していたことになる。
「これは……もはや福田は運営者……ですね。」
俺は、喉の奥が乾くのを感じながら言った。
「そうだな。福田はいくらで売れたか、いつ売れたか、誰が買ったか、全部、把握できる立場にいた。それに、誰に媚びを売るかも福田の思いのまま……だ。」
山崎が俺の言葉に同意した。
そして、若葉は、最後に一つ付け加えた。
「ちなみに、祖母井方で見つかった薬の発注情報と、もう一つのアドレスで決済代行サービスに送金されたタイミングと金額が一致していました。」
山崎が、ゆっくりと顔を上げた。
「……それなら、その後に薬の話を大原と詰めてた記録は?」
水越は、即答した。
「祖母井から福田に伺いを立てていました。その通信ログも残ってます。」
室内が、静まり返る。
「……福田は、金と物流と判断、今回の全てを握ってたということです。」
俺は、はっきりと理解した。
「客観資料も全てこの構造を示しています。」
だが同時に、俺の中で別の疑問が浮かぶ。
資源庁という組織で、この規模の犯罪を、官僚が本当に主導できるのか。
その答えが、まだ表に出ていないだけなのかもしれなかった。




