表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第十章「本 星」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

148/160

第141話「横峯奈美:選択肢」

時は少し遡り、6月1日、午後4時31分。


池袋警察署の取調室で、大原麻子は、椅子に深く腰を掛けたまま、両手を膝の上に置いていた。


緊張しているようには見えないが、怯えている様子もない。


「それじゃ、護送に引き続いて取調べも私が担当するから…。」


そう言って大原を見たが、私を睨むような素振りをするだけで返事が無い。


「で、最初に言っておくんだけど、この部屋のことは全て録音録画がされてるから、もし録音録画されたくないなら申し出てくださいね。」


私の言葉に少し驚いたのか、大原が少し居直った。


「それから、まだ逮捕状の現物を見せてなかったから、これがあなたに対して発付された逮捕状。被疑者名は大原麻子、犯罪事実は石田さんの監禁ね。」


私が逮捕状を示して説明すると、食い入るように見つめ始めた。


それは自分が何をしたかを理解した上で、どうすれば切り抜けられるかという情報を集めているようにも見えた。


「監禁ね…本当に監禁になるんですか?」


逮捕状から目を離さないまま、大原がぽつりと口を開いた。


声色は落ち着いており、少なくとも取り乱してはいない。


「石田さんは、暴れて危険だったから一時的に保護して、地下で休ませてただけ。そこから病院に運ぶ予定だっただけです。運ぶときに担架が無かったのであの箱に入ってもらっただけですよ。」


私は、大原の顔を見た。


「保護、ね。」


そう返してから、私はあえて何も言わずに待つ。


沈黙に耐えられなくなったのは、大原の方だった。


「そもそも、石田さん本人も同意していましたよ。金銭的な生活支援を受けることに加え、健康状態のモニタリングにも。」


「それはいつ、誰がその話をしたんですか?」


間を置かずに尋ねると、大原は一度だけ瞬きをした。


「私は知りませんよ。石田さんは元々LUXEっていうところの従業員で、そのころからそうしていたようですから。」


「では、大原さんは石田さんの意思確認はしていないということですね。」


大原は私の顔を真っすぐとみて、言い放つ。


「LUXEの男性従業員は度々、うち……ご存じの通りシーシャバーの甘南備ですが、その従業員として来てくれます。大体が借金を持っていて、でも治療が必要だから普通のところでは働けない男性です。」


そこまで大原は一気に話した。


「……で、うちは地下もありますし、住み込みなら家賃不要、シーシャの中身を薬にして吸入することで、効果的な治療が出来ます。それに倉橋先生が良く来てくれていましたから……男性側に拒否する理由……ありませんよね?」


惚けているのか、本当にそう思っているのか判断がつかない。


私は釈然としない気持ちを抱えながら、質問を返す。


「それは、拒否できなかったということじゃないの?」


私の言葉を受けた大原は、少し考えるように視線を宙に泳がせ、それから静かに首を振った。


「選択肢は、ありましたよ。ただ……」


言葉を探すように、ほんの一拍。


「決められない人に、選択肢だけ与えるのって、残酷だと思いませんか?」


私は何故か、その言葉が自身に向けられたものではないと感じた。


大原の視線が、もっと遠く、誰か別の場所にいる相手に投げかけられたようだった。


「男性は、自分の状態を正確に判断できないことが多い。衝動的で、感情的で、思料が浅く、知識も無い。……それに、社会的にも守られすぎている。だからこそ、専門家が管理する必要があると思いませんか?」


言葉から伺える大原の真意は、少なくとも善意だと言いたげだった。


私は返す言葉を探したが、どれもこの場には相応しくない気がした。


何が正しいとか、何が間違っているとか、最早そういう単純な話では無いと思ったからだ。


PCから手を離して、録音機の赤いランプを見ると、その小さな光は、淡々とこの会話を記録し続けている。


「……大原さん。」


名前を呼ぶと、彼女は初めて、ほんのわずかに肩を強張らせた。


「あなたは、石田さんのこと、いえ、これまで甘南備に来た男性のことは、守っていたつもりなんですね。」


私が選んだのは否定でも、肯定でもない言葉だった。


証拠品の解析が未了な以上、ここでさらに踏み込むことは悪手だと判断したからだ。


私の言葉に、大原は一瞬だけ考えるような間を置き、やがて小さく頷いた。


「ええ。そうです。だって、男性は皆……」


そこで言葉を切り、大原は唇を噛んだ。


感情が溢れたというよりは、言葉を選んだ仕草だった。


「……自分ではどうしたらいいか、分からないでしょう……?」


私はその言葉を遮らず、質問も、追及もしなかった。


ただ、PCに映った書きかけの供述調書に視線を落とす。


「今日の取調べは、ここまでにしておきます。」


そう告げると、大原は少し意外そうな顔をした。


「もう、終わりですか?」


「今日は、です。」


私はそう言って、取調べ状況報告書の作成を始める。


「……わかりました。それで、いいと思いますよ。」


小さく、そう呟いた声は、誰に向けられたものだったのか分からない。


私はその言葉に顔を上げなかった。


ただ、記録欄にこの取調べの内容を打ち込む。


取調べ終了時刻、午後5時12分。


被疑者供述調書作成事実、無。


その無機質な文字列が、この部屋で一番冷たいものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ