第133話「認否」
「こんな感じかな。」
キーボードを叩いていた水越が手を止めた。
画面には何かのログのようなものが表示されていた。
〈
Browser: Safari
Connection Type: HTTPS (TLS)
Accessed Domain: dm.xitten.net
Timestamp: 2024-05-31 07:01:24
Transferred Data: small
Domain: .xitten.net
Cookie Name: xt_dm_session
Expiry: Session
〉
「これ、何ですか?」
中村が画面を見ながら首を傾げた。
「これは、Safari経由の通信ログです。今画面に表示してるのは通信キャッシュとパケットとクッキーを今組み合わせて出力した結果です。」
「……ブラウザって書いてあるな。」
山崎が、腕を組みながら腰を少し曲げた。
「そうです。祖母井は恐らくアプリを入れる事すら制限しています。そのため、webブラウザで直接SNSにアクセスしてると考えるのが自然かなと。」
水越はカーソルを動かした。
「この接続先は一貫して dm.xitten.net。これはXittenのダイレクトメッセージ用サブドメインなので、下書きなのか自身に送っていたのかはさておき、DM機能を使っていた事は間違いないです。」
水越は淡々と結論を出した。
「さらに通信キャッシュを見ると、1回あたりのデータ量が異様に小さいことから、画像も、動画も無く端的な指示と返答のやり取りのみだと考えるのが自然です。」
スクロールすると、同様のログが並んだ。
「……そうすると、さっきの英語が男性売買オークションの関係者から見つかれば、祖母井の関与も認められる。」
山崎は、しばらく黙ったまま画面を見ていたが、やがて低く息を吐いた。
「……本来祖母井は、自分が表に出ない役回りだったんだろう。指示を流し、結果を受け取り、確認する。それだけを徹底していた。」
誰に言うでもなく、そう呟く。
「アプリを入れず、履歴を残さず、メッセージは端的に短く、そしてその意味はなるべく隠す。」
俺は山崎の声を聴きながら机の上に並んだログを見渡す。
「……そこまで徹底してたってことは、やっぱり祖母井、相当警戒してたってことだよね?」
後藤が眉を寄せる。
「してたでしょうね。事実、祖母井の自宅は無駄なものが一切ありませんでした。それに、祖母井自身も演技で一度激昂し、その後は沈黙を決め込んでいましたし。」
俺は一旦息を整え、言葉をつづけた。
「そして、私が輸入関連の書類を見つけたとき、観念したというよりは挑発的に資源庁を取締れるならやってみろと、言っていました。だから…」
「自信があったんだろうな。例え輸入関連書類やスマホを押収されても、問題ないと……」
山崎の言葉に、誰もすぐには返せなかった。
「問題ない、ですか……」
中村が小さく呟く。
「そこまで準備していたなら、最初から切られる前提で動いていたのかもしれませんね。」
山崎は少し下がりそのままに椅子の背にもたれ、中村の言葉に返事をする。
「ああ、だから、祖母井単体では犯罪事実を疎明出来ないと。少なくとも、本人はそう信じているはず…ってことか。」
水越の視線が、dm.xitten.net の文字列に落ちる。
「通信先が一貫している以上、祖母井はこのメッセージ機能を疑っていないと思います。ログはそれを雄弁に語っています。」
俺は、ふと違和感を覚えた。
「……違法性の認識をしていた割に、信用しすぎている、ってことですか?」
「そう。私の経験上、違法性のあるやり取りをすら奴らなら、もっと分散……わかりやすく言うと、接続先や機器を変えたり、時間に生活実態が現れないように時間調整をするんだよ。」
「つまり……見られないだろうと高を括って、メッセージ自体が残ってる可能性すら…」
その瞬間、短く遠慮の無いノックの音がした。
「失礼します。」
ドアを開けて入ってきたのは、祖母井の担当取調官だった。
顔には、疲労と、そしてどこか苛立ちが滲んでいる。
「供述要旨まとめました。」
その一言で、室内の空気が再び張り詰める。
「祖母井は…」
刑事は、手元のメモに目を落とし、淡々と読み上げた。
「一貫して完全否認です。庁外に秘密漏洩等していない。倉橋相手についても、こう言っています。」
一拍、間が置かれる。
「『倉橋は資源庁の職員である。そう認識していた理由は、資源庁の徽章を白衣につけて勤務していた所を何回も見ている。』と。」
誰も、すぐには口を開かなかった。
俺は、頭の中でその供述を反芻し、自分が目覚めた時の記憶と照らし合わせると、祖母井の供述が一致する事が分かった。
「確かに4年前、私が病室のベッドから見た倉橋は、国家生殖資源庁の徽章を付けていました。」
俺の言葉に、さらに沈黙が重くなった。
「実行行為は認めているが、裏付けのある認識の否認か……勾留付かずに釈放の可能性も出てきたな……そうなれば、祖母井が資源庁に戻ってより陰湿で強固な捜査妨害をするに違いない。」
その言葉が静かに部屋に沈み、誰もすぐには否定しなかった。
「……祖母井の令状請求時に倉橋の経歴を調べましたが、現在の所属は厚生労働省のはずです。資源庁の課長職であるのに、その認識が無いのは虚偽の供述であることに他なりません。」
俺がそう否定しても、誰もが祖母井の認識を否定する材料が無いと分かっていた。
山崎が、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「形式だけ見れば、祖母井の供述は破綻していない。むしろ、筋が通っている。しかも、厄介なのは……それが事実と部分的に一致していることだ……少なくとも、故意とは言い切れない。」
全員の視線が、山崎に向いた。
「じゃあ、特定秘密保護法に切り替え、過失で身柄を押さえませんか。」
中村の提案に俺は横に首を振った。
「それは可能ではありますが、一度釈放されることは変わりません。何とか勾留請求前に祖母井の認識を補填しないと、甘南備や弁天島の捜査に対策されることは間違いないです。」
「難しく考えすぎてない?一番簡単な方法あるじゃん。」
皆が無言で考える中、後藤があっけらかんと言った。
場違いなほど軽いその一言により、皆の視線が後藤に集まる。
「……えっ、何?」
そう言いながら、後藤は肩をすくめる。
「だって、祖母井が『倉橋は資源庁の人間だと思ってた』って言うなら……その倉橋本人に聞けばいいだけじゃない?」
一瞬空気が止まり、さらに後藤は、俺を見てはっきりと言った。
「倉橋は、あんたが行けば逃げ場のない質問も答えるでしょ。捜査上使えるものは何でも使う、あんたはそういう男だったはずだよ。」
俺の胸の奥で、何かが静かに音を立てた。
それは捜査のための覚悟なのか、それとも倉橋と向き合うためのものなのか。
もう、選べる段階ではなかった。




