第14話「御厨理事官」
午後一時を少し回ったころ、電話が鳴り、山崎が2,3言かわすと受話器を置いた。
「御厨理事官が自席に来たそうだから、私はお迎えに行ってくる。」
そう言って山崎は立ち上がり、スーツの裾を軽く整えた。
「後藤部長はお湯、再沸騰させといて」
「了解です。」
朝の様子とはうってかわって少し緊張した面持ちで、山崎が部屋を後にした。
しばらくしてきっちりとまとめた髪が印象的な50歳前後ほどで中肉中背の女性が山崎と共に現れた。
無駄のない動き、白のブラウスにグレーのスーツ、視線は冷たくも穏やかで、その奥に計算された距離感がある。
「特務捜査係の皆さん初めまして。理事官の御厨です。」
凜とした声だった。
「こちら、男性初の警察大学から警察官となった佐藤主任、そして中村主任と後藤部長です。」
俺、中村、後藤は名前を呼ばれるごとに一礼した。
御厨は一瞬、こちらを見つめ目元だけでわずかに笑った。
「佐藤主任は警大を出てすぐの配属だと聞いています。まだ二日目だと思いますがストレスに感じること等はありますか。」
「まだ慣れませんが、経験豊富な皆さんから教えていただける良い環境だと感じております。」
俺は山崎の指示通りに微笑みながら返事をした。
「そう。何かあったらいつでも相談に乗るから心に留めておいて。」
「お心遣いありがとうございます。」
短い沈黙が流れ、その間に山崎が茶器を並べ、玉露の香りが静かに部屋に広がった。
後藤がお茶を出すと、それぞれ席につき、御厨は山崎と向い合せに座った。
「佐藤主任のことは庁内でも話題なのよ。プログラムを受けずに警大入校し、男性で刑事になりたいなんて言うものだから。」
「恐縮です。」
御厨の声は穏やかだったが、その言葉の下に何かを探るような響きがあった。
「さて、本題に入りましょうか。」
御厨はタブレットを開き、指先で数回スワイプする。
「昨日山崎係長は生殖特捜の知り合いに頼んで、石田と言う男性データを出力依頼をしていますね?…つまり、正規な手続きを踏まずに。」
山崎は軽く息を呑んだ。
「はい、申し訳ありません。佐藤主任を現場経験に慣らすためのつもりでもありまして、緊急に確認が必要で……理事官も休暇でしたし、課長も捕まらなかったもので…」
「まぁ、事件は生き物ですから、そういうこともあるでしょう。ただ、この件が国家生殖資源データベースの再編のトリガーになったみたいね。」
淡々とした口調のまま、御厨は視線を上げた。
「機微情報を出力するには相応の理由と上司の承認が必要になる。つまり、山崎係長は昨日、私に電話で出力の決裁承認を取った。そして今日、後閲になっていた決裁書類に押印された。いいですね?」
「……ご配慮くださりありがとうございます。」
「では、単刀直入に聞きます。特段事案の割り当てが無いはずの特務捜査係が、初日から公用車で緊急走行し、男性情報にアクセスすることになった理由は?」
山崎は顔に冷や汗をだらだらとかき、うろたえながら説明を始めた。
自身が気になっていた男性行方不明事案のこと、昨日の110番通報を聞いて男性保護支援の名目で俺を連れ出しついでに外での捜査をしようとしたこと、石田の元SPが一連の行方不明事案に関与していそうなことを。
「……で、今後の方針はどう考えているの?」
「ひとまず行方不明男性情報の精査をとSP関連の聴取をするのを私と後藤部長で、石田のランク降格の詳細調査を佐藤と中村に担当させようと思っています。一応、護衛法違反で石田のSPの身柄を抑えるような強引な手段はとらない予定です。」
「なるほど、わかりました。」
御厨はそれ以上は追及せず、音も立てずに茶を一口飲んだ。
だが、その沈黙が逆に、何かを計算しているようにも見えた。
「御厨理事官、再編の理由って通知されてないですよね?」
山崎が控えめに切り込む。
「ええ。ただ、風の噂では『監視体制の強化』と聞こえたわね。」
「強化ですか?」
「ええ。どうやら男性情報の更新フローを担う機能に欠陥が見つかったため、その修正と業務影響が出ないかの試験を実施するとか。要するに……山崎係長も目を付けたランク降格について何か隠したいことがあるのかもしれないわ。」
その瞬間、俺の胸に何か小さな棘が刺さるような感覚が走った。
「つまり、我々の捜査があの一回で気付かれていると?」
思わず口を飛び出た俺の言葉に御厨は微笑んだ。
「さぁ、どうかしら。ただ、間違いなく正規ルートじゃない照会、ましてや一課の新設係からの要請じゃ何かあると思われても不思議じゃないわ。」
御厨はタブレットを閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
「まぁ、起こってしまったことはしょうがないこと。ただ、私が署で強行の係長だったときの部下が、生殖特捜の共助担当管理官なのよ。朝一で頭下げにいってきたから安心して。」
そういって御厨は部屋から出て行ったが、最後の一言まで、表情は変わらなかった。
ドアが閉まり、静寂の中で山崎がふぅと息を吐いた。
「……ひとまず、各々始めようか。」
湯気の消えた茶の香りだけが、部屋に取り残されていた。
その静けさが、嵐の前触れのように思えた。




