第132話「痕跡」
「祖母井自宅から押収したスマートフォンです。」
水越の声を受け、室内の空気が、目に見えて変わる。
「えっ、押収したのって昨日ですよね!?流石に速すぎませんか?」
中村の指摘に対して、水越は同意の表情で頷いた。
「そう、速すぎるってことは容量が少ないってことだ。今使っているとは思えないくらい何もなかった。」
「つまり、押さえた意味が無いってこと?」
山崎の疑問に答えるように、水越は新しいウィンドウを開いた。
「焦らないでください。普段使いなのに、『何も無いってことがあった』ということです。」
「意味わかんないんだけど…」
後藤が腕を組み、不満を口にした。
「つまりですね、普段使いってことは何かしら残っているのが当然何です。しかし、このスマホにはほぼデータが入ってません。写真やメールというものも、です。」
それなら、祖母井がスマホ複数台持ちで、俺がメインのスマホの押収に失敗したということなのだろうか。
思わず疑問が口をつく。
「祖母井の本当のスマホがあったはず、ということですか?」
「それも違うよ。これは、押収されてもいいように日々使われているということ。使用したアプリは毎回消す、閲覧履歴は毎回消す、みたいなことをしているんだよね。」
そこまで黙っていた中村が口を開く。
「そうなってくると、そのスマホ自体が何らかしらを『隠したかった』、『やましいことがある』ということを表していますから、違法性の認識を疎明可能な証拠品ということですか。」
「んー、まぁ、そういう使い道も出来るかもしれないけど、これを見て欲しい。」
水越はそう言って、キーボードを操作しながら画面を切り替えた。
一覧表示されたのは、単語と数値の羅列だった。
「予測変換って、知らない人は居ないと思うんだけど、これがその予測変換DBの抽出結果。端的に言えば、祖母井がよく使う言葉の一覧だよ。」
「昇順に並んでいるのは優先度とか関連度みたいな扱いですか?」
俺は画面の右側に表記された数字を指した。
「そう、変換の時に優先順位が高い単語が左に並ぶ仕組みだから、この値で制御している。こっちが次に表示させる単語候補だ。回数も関連するけど、直近に入力されたかの方が強く作用する。」
水越はカーソルを動かし、単語をハイライトした。
「例えば、これ。上の方にある『鳥』って単語なんだけど、前後の検索キーを含めて表示させると、こんな感じ。」
<運搬時は鳥に注意>
「これ、『荷運びの時は警察に気をつけろ』って言ってるじゃ無いですか!」
その文章に反応したのは中村だった。
「そうなんですか?隠語なんだろうとは思ってたですが、意味は分からなかったので、読んでくれて助かります。」
「これ、入力日時は分からないんですか?」
俺の問いに、水越は少しだけ首を傾けた。
「残念だけど、予測変換DBそのものには入力日時は残らないんだ。あくまで、頻度と直近性を加味した文字入力データだからね。」
後藤がすかさず噛みつく。
「じゃあ、それを証拠とするのは難しいんじゃないの?」
「これ単体だったら、『こんな組み合わせで文字入力した』という意味にしかならないからね。」
水越はそう言って、別のタブを開いた。
「でも、スマホは予測変換だけで動いてるわけじゃないですよね。」
俺の言葉に水越は「その通りだ。」と返事をし、画面を切り替えた。
表示されたのは、スマホのOSの内部ログだった。
「これは入力履歴ではなく、キーボードが学習データを書き換えたタイミングのログ。」
「そんなものまで残るんですか?」
水越の説明に中村が目を丸くする。
「勿論、全部残るわけじゃ無いですよ。ただ、最後の更新日付は確実に残りますし、それ以外ではキーボードのキャッシュ更新の時に、断片的に残ることがあります。」
水越は、タイムスタンプを指した。
「この鳥が最後の更新であることはDB側の優先順位を見ればわかります。そして、学習データの最終更新はここ。」
「……5月31日、午前7時2分8秒。私が祖母井に令状執行する直前です。」
俺は自分の喉がごくりと鳴ったことに気付いた。
「この状態だとまだ証拠価値は低い。ただ送り先によっては、これは『男性と薬の運搬時に、警察に注意する』と言っている事になるな。そうしたら、繋がりが見える証拠品になり得る。」
山崎の言葉に室内が、じわりと重くなる。
俺は、画面の文字列をもう一度見た。
〈運搬時は鳥に注意〉の他にも組合せで浮かび上がるものがあるかもしれない。
「ここの、英語!もしかしてメアドの一部だったりするかも!」
同じように画面を見ていた後藤が声を上げた。
「私もそう思ったんだけどね、多分違うんだ。メール送信なら通信ログに必ずメールサーバが残るからね。」
そこまで言って水越は、軽く息を吐いた。
「それに祖母井は予測変換まで気に回っていないから、メアド自体が復元出来るはずだが出来なかった。」
「下書きならどうですか?」
「中村さん…えっと……下書きって、どういうことですか?」
「例えば、呟きを投稿するタイプのSNSであれば、一旦下書きに保存って言うのがあるじゃ無いですか。」
中村が口に手を当てながらさらに続ける。
「仮にIDとパスワードを複数人でシェアしていたとします。メッセージを送りたい人がまず下書きに保存、でそれを見た他の人が下書きを消して、新しい下書きを保存し直す。」
「なるほど、そうすればメールサーバとの通信を残さずにメッセージが送れるということですね。」
俺は中村の意見が的を得ていると感じた。
水越も同意見だったのか、急にキーボードを激しく叩き始めた。
画面が次々切り替わり、最終的に表示されたのは1つの通信ログの様に見えた。




