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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第九章「空 蝉」

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第129話「預けられたモノ」

6月1日、午前5時30分。


目を閉じてはいたが、全く眠れなかった。


眠ったら自分がどこか崩れそうで、不安や葛藤に苛まれていた。


そろそろ時間かと近くに置いていたスマホを見ると、普段の起床時刻と一致しており、習慣の恐ろしさを痛感する。


署員に用意してもらった布団を畳み、ハンガーにかけていたジャケットを手に持った。


小さな部屋から廊下に出ると、部屋の前で約束通り関が椅子に座ったまま船を漕いでいた。


俺の気配に気づいたのか、あくびをかみ殺して関が言った。


「おう、その顔だと寝られなかったみてぇだな。まぁ顔色はまだ悪いな。」


そう言いながら、自身の疲れを見せない姿に、少し涙腺が緩んだ。


「とりあえず、今日は大原を東京まで運ばないといけないしな。倉橋も関係者として任同かけてる。俺とお前は倉橋担当な。」


関が立ち上がり、軽く背伸びをする。


「準備しろよ。給湯室の紙コップは使っていいってよ。表のレンタカーに先にのってるからな。」


「ありがとうございます。」


短く返して、俺は給湯室に向かった。



顔をざっと洗い、紙コップで白湯を作って飲み干すと、さっきよりは幾分動きやすくなった。


しかし、胸の奥のざらつきは取れなかった。


駐車場に俺が向かうと、既に倉橋は車両の後部座席に座らされていた。


窓の外を見つめたまま、こちらを見ることはない。


運転席に座っていた関が俺に気付き、親指で後ろを指示したため、俺は「遅くなりました。」と後部座席に乗り込んだ。


ドアを閉まると、車は静かに発進した。


「車のままフェリーに乗って、本土着いたら高速で行くぞ。」


関の発進時の一言からしばらく、誰も喋らなかった。



エンジン音と、早朝の都心を走るタイヤの音だけが続く。


俺は、ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を、ようやく口にした。


「……倉橋先生。」


倉橋は、ゆっくりとこちらを向いた。


「なぜ、あの船で話したんですか……今まで、距離を保っていましたよね。それなのに……」


慎重に言葉を選ぶ。


「いきなり、全部を打ち明けてきた。」


俺の言葉を受け、倉橋は目を伏せたまま、しばらく黙っていた。


「……あなたが弁天島に来た時、もう私は自分の罪から逃げられないと思いました。」


即答ではなかったが、迷いもなかった。


「医師としての罪、研究者としての罪、母親としての罪、……そして裁かれず逃げている犯罪者としての罪。」


倉橋は目を伏せたまま、答えを続けた。


「それらを放置するのは……怠慢であり、卑怯だと思いました。」


そう言って倉橋は、わずかに唇を噛んだ。


「そして、一度伝えようとして失敗した私の、我儘でもあります。」


「伝えようとした…ですか?」


俺の声は、思ったより低かった。


「メンタル検診に来たあの日、私はよくわからないことを言っていたと思いませんでしたか?」


俺は、その言葉を受けて、その日を思い出した。


確かにあの時、倉橋が言っていた不可解な言葉がいくつもある。


「思い出を振り返れ」、「調整済み」、「異分子」、「秩序が揺らぎを必要としている」、そしてあの一言。


『まだ背中は痛みますか?』


それらのやり取りを思い出した時、一つの可能性が頭に浮かんだ。


「もしかして、私に記憶の源泉について気付くか試していた……とか?」


これまで俯いていた倉橋が顔を上げ、初めて真正面から俺を見た。


「……ええ。その通りです。生き生きと働く貴方を見て、どうしようもなく母であることを打ち明けたかった。……許されないとは分かっていたのに。」


倉橋の言葉を聞いた瞬間、胸の奥がひどく重くなった。


「……それが、我儘と。」


俺の問いに、倉橋は小さく頷いた。


「ええ。……ただ、あなたが再教育対象として登録されたことで、資源庁の手に渡る前に自身のことについて知っておくほうが良いとも思いました。」


その言葉に、すぐ返す言葉が見つからなかった。


「資源庁の再教育とは文字通りの意味ではありません。私の研究をさらに強力な装置と薬を使って男性を国家資源産出のための廃人にしてしまうもの。」


俺はその言葉を聞いた瞬間、喉の奥がひくりと鳴った。


それに反応したのか、倉橋は一度、言葉を切った。


「それは……、目覚めてからあなたが自分で考え、憤り、迷いながら研鑽を続けた日々を否定するものに他なりません。……だから、それを壊さず立ち向かえるアイデンティティを取り戻して欲しい、とも思っていました。」


車内に、再び沈黙が落ちる。



「……他に、このことを知っている人は誰ですか。」


俺は視線を前に向けたまま、続けた。


「あなたに話す前であれば、資源庁の刑部、福田、後は分かりません。資源庁の中でもごく一部ではあると思います。」


「……なぜ、大原と合流して弁天島に行ったんですか。」


俺の質問に対し、倉橋は無言でスマホを取り出し数秒操作すると、俺に差し出した。


「私にはもう不要ですから、コレ……警察に提出します。」


俺がスマホを受け取り画面を覗くと、そこには資源庁の福田からのメッセージが表示されていた。


<資源庁にガサ入れ。そちらに手が回る前に大原と島の保全と処理を。望月にも伝達済み。>


「……都合のいいことを言いますね。……このメッセージが来たので、指示に従っただけ。それと……」


「それと……何ですか?」


俺はスマホから目を外し、倉橋の顔を見た。


「行かないと、住田さんが処分される。……それだけは避けたかったんです。……あなたを救ってくれた住田さんを……どうしても生かしたかった。その気持ちは本当です。」



倉橋の言葉が終わると、車内は完全な静寂に包まれた。


関は、何も言わず前を見たままハンドルを握っている。


エンジン音だけが一定のリズムで聞こえ、俺はしばらく言葉を探していた。


「……このスマホ、任意提出を受けるので、後ほど書類を書いて頂きます。」


それだけを、ようやく口にした。


倉橋はこくりとうなずき、それから何も言わなかった。



しばらくして、俺の目には、フェリー乗り場が見え、程なくして車が停止した。

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