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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第九章「空 蝉」

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第125話「消えないモノ」

望月の声を合図にするように、職員たちがじりじりと距離を詰めてきた。


それを警戒しながら、俺は出来るだけ冷静なトーンで返事をした。


「違法捜査ではありません。逮捕状の現物呈示が困難である場合、発付された逮捕状に基づき、通常逮捕ができます。これは適法であり、逮捕状の緊急執行と言います。」


俺はそう言いながら、望月の顔を見ながら続けた。


「この後は、速やかに大原さんを引致せねばなりません。この手続きは被疑者の人権を守るためのものです。それを妨害することは誰であっても許されるものではありません。」


望月の表情は憤怒から徐々諦念に変わった。


「さて、これから護送になりますので、望月さんのお話は呑めません。そしてこちらの男性の救護もしなければいけませんので。」


「国家資源程度が生意気ですね。犯罪者に関しては理解しましたが、その男性は資源庁の管理下にあります。それを連れて行く意味が分かっていますか?」


更に噛みつく望月に、俺は冷たく言い放つ。


「そちらこそ、分かっていますか?この男性は、先ほど倉橋医師が病院に連れていくべきだと話していました。つまり、この男性に必要な保護をしなければ刑法218条(保護責任者遺棄)、にあたる罪を犯すことになります。」


その時、制御盤から、「ピー」と、短く鋭い警告音が鳴った。


「……心拍、さらに低下……待てません。」


倉橋の声が初めて抑えきれずに揺れ、その言葉に望月が小さく笑った。


「残念ですがその資源モデルは、もう間に合わないのでは無いですか。」


「……違います。彼は…れっきとした人間です…」


倉橋が、はっきりと言った。


制御盤から視線を離さず、それでも言葉だけは鋭かった。


「彼は資源ではありません。今はただの、重篤な患者です。」


一瞬、部屋の空気が凍りついた。


望月の笑みが、わずかに歪む。


「……倉橋さん。あなた、自分が何を言っているか分かっていますか?」


倉橋は答えなかった代わりに、ベッドのキャスターロックをつま先で弾いた。


「このままでは、ここで死にます。」


ガチャリという音と、その一言が、場を支配した。


関が一歩、倉橋の横に立つ。


「御厨理事官!大原を頼む!佐藤と俺は今すぐ搬送だ!」


俺は頷き、望月を真っ直ぐに見た。


「これ以上妨害するなら、その瞬間から、あなたは犯罪者です。覚悟はできていますか?」


望月は、数秒、何も言わず、職員たちも動かない。


その沈黙の中で、モニタの警告音が、さらに高く跳ね上がった。


「……それでは、行きます。」


倉橋が静かに言い、俺と関はベッドに手をかけストレッチャーに乗せ換え始めた。


望月はただ恨めしそうな視線を向けるだけだった。


---


俺たちが廊下に出た瞬間、空気が変わった気がした。


ストレッチャーを押すたび、キャスターが低く鳴った。


「……倉橋さん。」


俺は前を向いたまま誘導する倉橋に話しかけた。


「いろいろと聞きたいことがありすぎます。」


「……そう、でしょうね。」


少し間が開いて、緊張した声が聞こえた。


ベッドの上で、住田の胸が不規則に上下し、それにシンクロするようにモニタの数値が静かに上下を繰り返していた。


「この男性は住田正人さん…本人なのですか……?」


「……えぇ…間違いなく。」


倉橋の声が、わずかに震えた。


「そうですか。……あと、なぜ我々の手助けを?」


「その方が、『明るい未来』に近づくと思ったからです……。」


LUXEの捜索差押え前も聞いた、明るい未来という言葉に引っかかる。


ただ、この言葉の真意を聞けば、倉橋がそこで立ち止まってしまう気がした。


「……佐藤さん。」


倉橋が、ほんの一瞬だけこちらを見る。


「あなたに……伝えないといけないことがあります。」


その言葉に、背中の奥が、ひくりと痛んだ。


だが、それ以上を問う前に、前方から足音が聞こえた。


「佐藤、船の確保手間取った。すまない!」


捜査本部内唯一の同期である横峯を先頭に、捜査員が前方から走ってきていた。


「横峯!助かった!男性の救護と大原の護送手伝ってくれ!」


「わかった!」


その瞬間、廊下の緊張は資源庁の施設ではなく、警察の現場へと完全に切り替わった。


俺は一度だけ、後方を振り返る。


閉ざされた研究区画の奥で、立ち尽くす望月たちの姿がやけに小さく見えた。


ベッド運搬を他の捜査員に変わってもらった俺は、腰縄を託し終えた御厨に近づいた。


「…すみません。これで弁天島の証拠品、保全できずに全て散逸してしまいます。」


俺の言葉を受け、御厨は胸ポケットに手を当てた。


そこには、大きい万年筆、微かに光っていた。


「……佐藤、何事も準備が8割だ。」


俺は一瞬、その意味を理解できず、目を細めた。


「……それ…ですか?」


「そう、記録用のカメラだ。映像と音声、どちらもな。」


御厨は淡々と答えた。


「研究室内、望月とのやり取り、住田の状態、全て記録されている。SSBCの水越係長に頼んで、既にバックアップも飛ばしてある。」


胸の奥に溜まっていた重石が、少しだけ外れた気がした。


「証拠が何も残らない、なんてことはない。」


御厨は視線を前に向けたまま続ける。


「物自体は消せても、証言と記録は消せない。そして、『その物がそこにあったこと』もな。」


前方で護送準備中の大原は、抵抗もせず、ただ一度だけこちらを振り返った。


その視線は、怯えでも怒りでもないようだった。


「……まだ終わってない、って顔に見えますね。」


俺が小さく呟くと、御厨は頷いた。


「そうだな。それに、我々の職務もまだ終わっていない。」


その言葉の意味を噛みしめていると、倉橋がストレッチャーの脇からこちらを見た。


その顔には、疲労と、恐怖と、それ以上に決意が見えた。


「倉橋さん。」


俺は倉橋を呼びながら近づく。


「……さっきの話の続きは?」


一瞬、倉橋の視線が揺れた。


「……ここを出てから、お話しします。」


俺は、その理由を聞かなかった代わりに、静かに頷く。


「分かりました」


倉橋は、ほんの僅かに、安堵したような息を吐いた。


その時、住田のモニタが一瞬、大きく波打つ。


「…血圧低下。……でも、まだ反応があります。」


そう言う横顔は、研究者でも、管理者でもなく、ただの医師だった。



やがて、夜の桟橋に船が停留しているのが見えてくる。


冷たい海風が、研究所の空気を押し流していく。



そこに残されたのは、望月たちと、消しきれなかった真実だけだ。


船に乗り込む直前、俺はもう一度だけ、島を振り返った。


この島で起きたことは、もう無かったことにはさせないと思いながら。

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