第124話「緊急執行」
選択の時間、そう聞こえた。
ここで住田を見捨てるか、それとも俺が資源庁の再教育送りになるか、と言うことか。
俺は、どちらとも選びたくは無い。
「……来ます。」
倉橋の声に反応し、関は無言で徒手の構えを取り、御厨もわずかに姿勢を変える。
その瞬間、ガラス越しの区画から、警告音とは別の音が鳴った。
ピッ、ピッ、ピッと一定だったリズムが、わずかに乱れる。
「……住田のバイタルが下がっています。」
倉橋が制御盤を睨む。
「なるべく早く病院に移さないと……。」
「どうやってだよ。」
関が低い声で唸ると同時に、扉の向こうで声が響いた。
「倉橋さん、そこにいるんですよね?警視庁の人……佐藤と一緒に。」
聞き覚えのある女の声だったが、冷たく、抑揚のない声。
「……望月…小津枝さんでしたっけ。」
俺の回答を聞き、倉橋の表情がほんの一瞬だけ強張った。
そして、扉を開く音がゆっくりと聞こえた。
「ああ、私の様なものも覚えててくれたんですね。流石、優秀な刑事さんです。…ですが、資源庁の正式手続きに基づき、当施設の無断侵入者は排除します。」
部屋に入ってきたのは望月と大原、それに数人の職員だった。
「倉橋さんがまさか、警視庁の手引きをしてるなんて思いませんでした。資源庁の上層部はそれをどう思うんでしょうね。」
望月は被害届を出すときと変わらず、タブレットをわきに抱えていた。
「……手引き?…何のことかわかりませんね。」
倉橋は、望月の方にすぐには振り向かなかった。
制御盤の数値を一度だけ確認し、それから、ゆっくりと背筋を伸ばす。
その声は、驚くほど落ち着いていた。
「私はこの弁天島研究所の管理責任者です。現在、不測の事態が発生しているため、その対処をしたまでですよ。」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
「不測の事態?」
沈黙を破った望月の声はわずかに尖っていた。
「ええ。警視庁の方が、どうやらこの施設に用があったみたいです。」
「……つまり、それはどういう意味ですか?」
望月の声が低くなる。
その声を受け、無言のまま倉橋は、ようやくこちらを振り返った。
その視線は、俺を試すかのように正面から見ていた。
俺が何を話そうか迷っていると、御厨が口を開く。
「…私から説明しましょう。……大原さん、あなたに逮捕状が発付されています。被疑事実は甘南備における男性の監禁です。」
その言葉を受け、俺が追従する。
「その大原さんが、この建物に潜伏していると聞き、我々は逮捕に至るよう、偶然出くわした倉橋さんに協力を要請しただけです。」
その言葉に大原が反応した。
「ふうん、倉橋さんは私を売ったってことか。随分、手際がいいじゃん。」
低く、乾いた声に俺の背中が、ひくりと反応した。
「倉橋さんがまさか、警察を庇っているとはね。一緒にここまでやってきた仲なのに、可笑しな話ね。」
倉橋は、大原の声に即座に答えなかった。
その沈黙が、部屋の空気をさらに重くする。
「……庇っているつもりはありませんよ。」
倉橋は、ゆっくりと口を開いた。
「私はここに犯罪者が潜伏しており、警視庁の方が中を探したいと言っていることに協力しただけ。ここは重要な研究施設ですから、協力すれば早く研究に戻れるでしょう。」
「はっ、ずいぶん、都合のいい事実ね。」
大原が、鼻で笑った。
「誰のおかげでここまで研究を続けられたと思ってるの?」
その言葉に、倉橋の指先が、わずかに白衣の上で強張った。
「……望月さん。この研究は資源庁の意志でやっていたもの。犯罪者の方とは関係が無いのでは?」
振られた望月は一瞬焦ったような表情になった。
「……本当に警視庁は逮捕のために来たのでしょうか?」
望月の声のトーンが少し高くなった。
「確かに、ここは犯罪者の方とは無縁の施設です。ですが、ここには本当に逮捕しに来たの?」
そう言いながら、望月はタブレットをスワイプし始めた。
「だって、逮捕するには逮捕状がいるんでしょう?それが無いなら、警察が不法侵入したことになるんじゃないですか?」
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、近づいてくる望月に、俺がスマホの画像を見せた。
「……本来は被疑者にしか見せないものですが、この通り逮捕状は発付されています。」
「そんなの、作られた画像か判断付きませんよ。それに、逮捕状は直接示さないといけないっていう法律があるんじゃないですか?」
望月が淡々と言うと、大原も便乗してきた。
「警察が法律破って不法侵入して、私を拘束したらクビだけじゃすまないね。本当に出来るならしてみたらどう?」
俺は、一瞬だけ目を閉じた。
「……御厨理事官、関統括、緊急執行します。」
俺は、左側の腰後ろにつけていた手錠入れから、手錠を取り出しそのまま大原に近づいた。
「午後10時16分、大原麻子を監禁の事実に基づき、逮捕します。」
そう言って、大原の片手に手錠をかけると、大きな声で反論してきた。
「ちょっと!逮捕状の本物見せなさいよ!こんなの違法でしょ!」
「適法です。逮捕状は取調室でお見せしますよ。」
俺はそう言って、もう片方の手にも手錠をかけた。
「へぇ、逮捕状も見せずに人を逮捕するんですね。法を守ることができない警察であるあなたは、やっぱり再教育が必要ですね。このまま、資源庁の特別適応プログラムを受けてもらいますよ!」
徐々に声を荒げながら望月が俺を睨んできた。
それと同時に、望月の後ろにいた職員が一歩前に出た気がした。




