第118話「情報連鎖」
5月31日、午後3時52分。
俺は、午前中に祖母井の居宅に対する捜索差押えを終え、庁舎に戻っていた。
祖母井に対しては逮捕状も執行しており、現在は取り調べの真っ最中だ。
「佐藤主任!祖母井の弁解録取書上がりました!」
「ありがとうございます。」
書類を受け取りさっと目を通す。
弁解部分には、<私が、倉橋和美に資源庁の男性DBのデータ更新についてメールしたことは間違いありません。しかし、倉橋和美は医師で資源庁の管理する病院に勤務しており、情報漏洩になるとは思っていません。>とあった。
「事実行為は認めて、認識の否認……こちらの報道発表も視野に入れて、倉橋の身分関連を弁解で言ったのか…?」
俺が小声でつぶやくと、部屋に山崎が入ってきた。
「佐藤主任、こっちの押収物等はチャットに書いた通りだ。それと、皆がいるチャットでは書けなかったがこれを渡しておく。」
そういって山崎は、再教育対象男性リストと題された資料を手渡してきた。
リストの中には行方不明者は居り、その中に自分の名前があるのに気が付いた。
「再教育対象に私が居ると…そして福田弥生がその更新をしたということですか…」
頭の隅で、何か硬いものが音を立てて動いた気がした。
「ああ、私も今回初めて再教育という言葉を知ったが、どうやら資源庁は国家資源として不適当な人間を再教育するチームがあるようなんだ。」
山崎の言葉を聞きながら、俺は資料から目を離さなかった。
備考欄には、<ランク再設定済>、<金策>、<経過観察>、<競売>等といった文字が並んでいたためだ。
「……この備考欄から見ると、LUXEは金策と選別の場に見えますね。」
俺がそう言うと、山崎は小さく頷いた。
「再教育対象男性は抵抗の意思を削がれ、LUXEのような場所で金策を強要される。」
山崎は腕を組み、さらに言葉を続けた。
「そのうち一部を甘南備に飛ばし、最後には男性売買オークションに持っていくということだな。」
「ええ。そしてそこで必要となる薬や医療機器は甘南備が密輸するという流れなんでしょうね。」
俺は、再教育リストの更新者欄に再度、目を落とした。
俺と住田だけ、更新者が福田弥生となっている。
「再教育に関しては、住田と私だけ福田が更新していることが気になりますね。」
「佐藤主任はやけに冷静だな。行方不明者と同じ目にあう可能性があるんだぞ!?」
「今そんなことをしたらウチの組織が黙ってないと信じてますよ。」
俺はそう言ったと同時に、無線が短く鳴った。
『森下から佐藤主任。倉橋和美が甘南備へ踏み込んだのと同時刻頃におせおせ学園を出たとのこと。』
「了解。」
短く返すと、俺はそのまま視線を上げた。
「倉橋は何かを察知して逃げたか?」
山崎の言葉に、俺は即座に否定しなかった。
「……まだ、わかりませんね……ただの買い物の可能性もあります。」
そのすぐ後、再び無線が鳴った。
『……中村から佐藤。中村から佐藤。』
「こちら佐藤。」
俺が応答した直後、中村が淡々とした口調で言った。
『大原麻子が逃亡。こちらはガサ中で追尾要員出せず。』
俺は少しだけ考えを巡らせ「……了解。こちらで対処します。」と、短く返事をした。
中村は、『了解。』とだけ言い、すぐに無線が切れた。
俺はすぐさま公用携帯を取り出し、関統括へと電話をかけた。
「関統括、甘南備から大原の姿見ました?」
『ったく、急いでても名前くらい名乗れ。小路の出口固めてた防犯協会から連絡受けて、若いのが追っかけてる。俺も合流予定だ。』
「今の足取りわかります?」
今は時間が惜しいため、俺はなるべく短く質問した。
『池袋駅方面に小走りで向かってるらしい。わざわざ人込みの道ばっかり通ってな。』
「撒かれないよう気を付けてください。続報待ってます。」
『あいよ、切るぜ。』
相変わらずぶっきらぼうの関に少し笑いがこみ上げながら、切れた公用携帯を机に置いた。
「佐藤主任、中村主任からチャットだ。」
山崎に言われ、すぐにチャットを確認すると、甘南備に男性が意識混濁状態で監禁されていたことに加え、Sumida.edfなるファイルと薬を使って洗脳する手順が倉橋の名前で作成されていたことが書かれていた。
それによって、先ほどの繋がりがさらに色濃くなっていく。
「……再教育の手法を確立したのが倉橋…それを使って男性を再教育……繋がってきましたね。」
「ああ、それにSumida.edfってファイルはもしかすると…」
山崎はそこまで言うと涙ぐみ、言葉を止めてしまった。
俺は敢えて声をかけず、もう一度中村のチャットの情報を整理していると、関からの着信があった。
『おい。大原が誰かと合流して東京駅で降りた。いま新幹線の改札だ。このまま追尾するか?』
「お願いします。ちなみに新幹線は何に乗るかわかります?」
『後ろから覗いてたからな、のぞみの博多行きだ。じゃあ切るぞ。』
通話はまたもぶつりと切れた。
俺は、しばらく受話器を握ったまま動かなかった。
合流した人物が倉橋だと仮定すると、のぞみで博多まで行くのだろうか。
「……博多、と聞こえたな。」
「九州に何かあるとは今更考えにくいですね。大原の田舎というわけでもないですし。」
「じゃあ途中で降りるとして、佐藤主任は見当がついたか?」
山崎の質問に、俺は首を縦に振った。
「係長が資源庁で見た中で、香川拠点からのアクセスがあったと言っていましたよね。それなら目的地は弁天島と推測していいと思いました。」
山崎が、はっとしたように顔を上げた。
「岡山経由瀬戸大橋線か!」
「ええ、そのルートで四国に付けばもう弁天島は目と鼻の先です。あそこの建物はまだ電力会社からの請求がありますから、人が居ることは間違いないので。」
俺はさらに続ける。
「全てを詳らかにするために、すぐにでも弁天島に行くしかないですね。」
「いやいや、そうすべきだが、令状をどうするのかとか、上への報告とか、今日の逮捕者の送致手続きとかもあるんだぞ!そんなにすぐ決められないし、人もいない!」
俺の言葉に、山崎は真っ向から反対した。
「なら、私が都合をつけよう。」
その時、俺の後ろから落ち着いた声が響いた。
後ろを振り返ると、そこにはいつも通りきっちりとしたスーツに身を包んだ御厨が立っていた。




