第116話「後藤由紀:突入」
5月31日、午後3時02分。
さっきまで位置情報を発信していた中村の公用携帯が、沈黙した。
最終地点は甘南備の裏手、電波遮断か、電源を切らされたか分からないが、どちらにせよ、想定通りだ。
「……入ったな。」
あたしの呟きに、車内の空気が一段引き締まった。
中村が潜入に成功した合図は、「連絡が取れなくなること」最初からそう決めていた。
「踏み込むぞ。」
各捜査員宛てに短く指示を出す。
本件の踏み込み理由は、あくまで形式的な『廃棄車両プレートの不正使用』だ。
甘南備は、本日定休日で店舗入り口のシャッターは下り、店内の照明も落ちている。
表向きには、完全に閉まっている店だ。
あたしは、シャッター横にあるインターホンの前に立ち呼び出しボタンを押す。
ガリ、と音がして、通話が繋がった。
『……はい?』と面倒そうな女の声が聞こえた。
「池袋警察です。こちらに廃棄された車両ナンバープレートが付けられた車両があったので、お話をお伺いしたいのですが。」
あたしは間を置かず、淡々と告げる。
『……はぁ…今日、店は休みなんだけど。』
「承知しています。定休日の方がお話がしやすいと思って伺いました。車両の使用状況について、確認が必要なので中で話せませんか?」
沈黙少しの時間続いた。
その後、インターホン越しに、舌打ちする気配がした。
『……はい。…今、店の入り口開けるからちょっと待って。』
その声に、諦めと苛立ちが混じる。
しばらくすると、ガシャリと解錠音とともに店舗入口のドアが開き、大原麻子が姿を現した。
捜査資料で何度もみた顔だ。
定休日という割には化粧をきちんとしており、服装も外行きで、完全に仕事モードに見えた。
「どうぞ。」
大原が投げやりな口調で言いながら、道を空ける。
「ありがとうございます。」
あたしはそう言って、一歩踏み込んだ。
その直後、あたしに追従する形で捜査員が次々と店内になだれ込む。
「ちょ、何この人数!?車の話するんじゃなかったの!?」
「勿論話もお聞きしますが、まずはこちらを見てください。ここに対する捜索差押許可状です。」
あたしは茶封筒から書面を取り出し、大原に示した。
心の中で
「道路運送車両法違反…この店舗に頻回に駐車していた車両のナンバープレートが廃棄されたものということで、この店舗で関連するものの捜索を行います。」
大原の表情が、さらに険しくなった。
「……は?それどこの車?ウチのなの?」
「廃棄前は麻麻商事という名義です。しかし、こちらに頻回に停まり、使用者はこちらに出入りしておりますので。関係先として捜索を開始します。」
あたしがそう告げた瞬間、キィンと鋭い電子音が、微かに聞こえた。
どこかで異常を知らせるために鳴っている警告ベルだろうか。
あたしは内心で、中村がまだこの中にいると確信した。
「では、関係するものがあるか確認しますので。」
あたしが言うと、大原は一瞬だけあたしを睨み、それから肩をすくめた。
「そんな車も会社も知らないわよ。他のフロアの間違いじゃない?」
「間違いかどうかはこっちが判断するのでお気になさらず。」
あたしは一歩前に出る。
「我々は、捜索を開始します。立会人として見ていてください。」
それを合図に捜査員たちが、それぞれの持ち場へ散っていく。
あたしはさっき鳴った音が気になり、店舗の奥へと進んだ。
店舗の奥、左手側に閉まりきってないドアを見つけ、手をかけた。
「ちょっと、そこは関係ないんだけど!?」
後ろからついてきていた大原が声を上げた。
「中を見てから判断します。邪魔はなさらないように。」
あたしがそう言ってもう一度手をかけた瞬間、バタッと音を立てて内側からドアが思い切り開いた。
「うわっ!」と思わず声を上げ、中を見るとそこには、見知った顔の見知らぬ姿があった。
脱色したての髪に、濃いめの化粧、グレーの安っぽい作業着を着ながら、肩で息をする女性。
中村だ。
「後藤部長!人足こっちに寄越して!」
正直、今回は行き当たりばったりすぎて中村の安否は心配になっていた。
しかし、中村の顔を見た瞬間、胸の奥に張りついていた緊張が、ふっと抜けた。
言葉にしたら、多分声が乱れる。
だから、あたしは何も言わず、ただ一度だけ頷いた。
「店舗は最低限の人数だけ残して、それ以外は全員、奥の左の部屋だ!」
あたしが大声で指示する姿を見た中村は、すぐに視線を部屋の奥に戻した。
「急いで!こっちから地下に行ける!早くしないと逃げられる!」
その視線の先、開いた扉の向こうから、冷気が流れ出てくる。
「分かった!皆、急げ!」
そう言って、あたしは中村と2人で、部屋の中に隠れていた階段から下に降りた。
「で、何があったの?」
階段を降りながら中村に聞いた。
「多分薬で眠らさらた男性が居る。黒いコンテナ4台だから4人監禁されてると思う。」
「まじか…石田は?」
「分からない。いま休憩中だけど、探す暇はなかったの。まとめ役は慌ててたから、甘南備班が来たって思って。」
中村の回答を聞きながら、あたしは再び前を向いた。
階段を下り終えると、一気に空気が重くなった気がした。
天井は低く、蛍光灯が間引かれて点いている。
近くには女性が2人、床に座り込んでいたが、こちらを見ながら気にする様子も無い。
中央に並んでいた黒いコンテナに近づき、留め金に手をかけた。
「……あけるよ。」
あたしは中村に言うと、「慎重に。」と返事が聞こえた。
ガチャリ、と音を立てて蓋を開き、中を覗き込む。
人だ、若い男。
目を閉じ、呼吸は浅く、腕には点滴の跡がいくつも見える。
首元には、電極のような痕が残り、ゆっくり喉が動いている。
「……生きてる。」
中村の声の震えを感じながら、あたしは、歯を噛みしめた。
こんなことを、人間相手にやった連中がいる。
あたしは、その事実に、取り締まるべき存在をはっきりと意識した。
捜査員が到着したのか、後ろからドタドタという足音が聞こえた。
「誰か至急119して救急要請!他のやつは作業着着てるやつ全員に手錠かけろ!監禁で現行犯逮捕だ!」
「待って!バイト達には、自由を奪っているという故意が無い!コンテナの中身は知らされてないから!」
あたしの怒鳴り声の後、隣から中村が静止する声が聞こえた。
「じゃあどうするの!送致前釈放になるの前提でも、身柄押さえるのが普通でしょ!」
「任意同行かければいいでしょ!」
「任意同行でどうすんのよ!物も押さえる必要あるでしょ!その消極さで、あんたホントに組対出なの!?」
言い争うあたし達を見て、捜査員だけでなく作業着姿のバイト達もこちらを気にし始めた。
あたしは、こういう時に佐藤が居たら、明快な指示を出してくれるはずだと心の中で思った。
「早く!どうすんの!あんたの方が階級上なんだから、さっさと決めてよ!」
「わかったわよ!未必の故意ってことでとりあえず現行犯逮捕!」
中村の悲鳴にも近い指示を受け、捜査員たちが一斉にそれぞれのバイトを取り囲んだ。
その直後、あたしは一人の人影が奥に消えたのを視界の端でとらえた。
「ねぇ、あの扉の奥にだれか消えた!行くよ!」
中村が、一瞬だけこちらを見て、「ついてこい。」とその目が言っていた。
あたしと中村は奥の扉に向かって走り出した。




