第114話「山崎玲奈:疑問」
サーバ室の空気が、わずかに変わった。
「資源庁の……香川拠点?」
私が、水越の言葉を確認するように繰り返した。
「はい。資産管理台帳上は、研究支援用端末として登録されているようです。」
「研究支援……か?」
水越が、キーボードを叩きながら画面を切り替える。
「しかも、この端末アクセス先が満遍なさすぎますね。再教育管理、医療データ、人口動態……大きな組織のこの手の端末は業務用途が固定されるのでアクセス範囲が偏るはずなんですけど…」
私は、サーバラックに背を預けたまま、無意識に腕を組んでいた。
「香川拠点って、もしや……」
私の言葉を、水越が引き取った。
「はい。私達が行った弁天島、もしかするとあそこに何かあるかもしれません。」
その言い回しが、やけに滑らかで、気持ちが悪かった。
「……地元民も近づかない島らしかったし、見落としはしかたないが。」
「もし行くとしたら、理由が必要ですね。捜査上の理由が。」
水越はそう言って、医療データの情報を画面に並べた。
個人名は記載されていないが、どのデータの臨床医情報にもDr.倉橋の名前がちらつく。
「……断片的ではあるが、祖母井、倉橋、弁天島が再教育というワードで繋がるような気がするな。」
私が呟くと、立会職員が咳払いをした。
「保全の進捗はいかがですか?そもそも祖母井課長の国家公務員法違反の捜査ではなかったのですか?」
その言葉には、確認というより牽制の色が濃かった。
私は、視線を水越の画面から外さずに答えた。
「ええ。その認識に間違いはありません。」
「でしたら…」
「だからこそ、です。」
私の声が、立会職員の言葉を遮った。
「祖母井課長がどのような業務をしていて、どのように違反に繋がったのか。その背景を含めて疎明できる資料を押収するのが、この捜索差押えの目的です。」
立会職員は、わずかに口を閉じた。
私の言葉に水越が、淡々と補足する。
「まして、倉橋医師とのメールのやり取りが頻繁です。この方は身分的には庁外の方ですから、一連のデータは保全し、押収します。」
画面には、時系列で並んだアクセス履歴が映し出されている。
水越の言葉に、立会職員は一瞬だけ視線を逸らした。
「わかりました。もう何も言いませんので、必要があればお声がけください。」
「……では、一つ聞かせて下さい。香川拠点という場所には何か研究目的でデータ連携することがあるのですか?」
私の言葉に、職員は目を逸らしたまま答える。
「昔は研究目的施設が島にあったようですが、そこでは穏やかな島の生活が男性の心理状態を安定させ、国家資源の安定供給が果たせるのではといった趣旨の研究がなされていたとか。…ただ、私の入庁前の話なので詳しくは知りません。」
私は、ゆっくりと体を起こし、立会職員を正面から見た。
「わかりました。では祖母井課長等に聞いてみることにします。」
立会職員は、小さく息を吐いた。
それと同時に、荒々しい足音が聞こえた。
「……あなた達ここで何をしているの?」
声のした方を向くと、60手前ほどに見える女性が、弁護士バッチを付けた女性を引き連れて睨みを利かせていた。
視線は冷たかったが、感情はそこになかった。
値踏みというより、処理対象を分類するような目だった。
「どなたかは知りませんが、捜索差押えです。祖母井課長の国家公務員法違反の件ですね。」
「ここは国家生殖資源庁ですよ。押収作業を辞めて帰りなさい。」
「お断りします。既に調査対策官の山崎さんより押収許可は頂いています。」
「私は管理対策官の福田です。サーバ等の管理運営は全て私の責任下にあります。実際の管理者がダメだと言っているのが分かりませんか?」
福田と名乗った女性の視線は、はっきりとこちらを値踏みしていた。
敵意というより、排除すべき異物を見る目だ。
「……管理対策官、ですか。」
私は一拍置いて、そう返した。
「ええ。この庁のシステム、サーバ、外部拠点とのデータ連携、全て最終的に私の管理責任です。」
福田はそう言って、サーバラックと水越の操作画面を一瞥した。
「人づてで令状の内容は理解しています。祖母井課長の秘密漏洩でしょう。その範囲を逸脱していませんか?」
「逸脱?」
福田は、淡々とした口調で言う。
「秘密情報の漏えいであれば、押収すべきはメールデータでしょう。今画面に出ているそれは、あなた方の捜査対象ではありません。メール以外の保全したデータを破棄しなさい。」
私は、福田を正面から見据えた。
「それは出来ません。もし不適当な押収だと言うのなら、証拠物に対して準抗告でもなさればよいのでは?都合よく弁護士先生も連れているようですし。」
福田の隣にいた弁護士が一歩前に出た。
「では、そのようにしますね。それと、以降の捜索差押えは全て弁護士の私が立ち会います。刑訴法に基づいてね。不要な捜索差押えではないか常に確認いたしますので、そのつもりで。」
そう言いながら、弁護士は胸に光るバッチを見せつけた。
私は鼻で笑いながら、返事を返す。
「捜査機関が行う捜索差押えの準用規程に、弁護士の立ち合いは含まれませんよ?事務所に戻られて刑事訴訟法222条を見返すことをお勧めします。」
その一言で、室内の温度が下がった気がした。
弁護士が恨めしそうな顔で私を睨んでいる。
一拍の静寂の後、福田が初めて感情の読めない声で言った。
「……あなた、山崎の娘ね。目鼻立ち、それに嫌味な言い回しがそっくり。」
私は一瞬、言葉を失ったが福田は続ける。
「このサーバ室の施設管理権は私にあります。以降の保全処理は認めませんので、作業を辞めなさい。」
荒くはないが、妙に人を従わせるのに長けた声色で福田が言った。
それを受けて、水越は作業を中断したのが分かった。
「分かればいいのです。今日はここまでにしておきなさい。たかが地方公務員程度では何も出来ないのですから。」
その言葉だけを残し、福田が踵を返し、弁護士ともに立ち去った。
扉が閉まったあとも、私はしばらく、その場から動けなかった。
「……水越係長、一旦外に出よう。」
「そうですね。」
水越が静かに頷いた。
私はサーバラックを見上げながら、思った。
国家生殖資源庁とは、一体、何を守るための省庁なのだろうか、と。




