第113話「山崎玲奈:サーバ室」
5月31日、午前9時42分。
システム企画課のフロアは、異様な静けさに包まれていた。
資源庁職員達は椅子に座ったまま、誰一人として言葉を発しない。
水越の指示を受けた捜査員達のキーボードを叩く音だけが、やけに大きく耳に残る。
私は水越と共にサーバ室の前に立ちながら、背後にいる母の気配を意識せずにはいられなかった。
母は何も言わず、ただここに立つことを分かっていたかのような落ち着きで、捜査の様子を見ている。
知らせを受けた、と言っていたが、それは誰から何の知らせを受けたんだろうか。
私はふと、佐藤の顔を思い浮かべた。
佐藤ならきっと祖母井の家で、秘密漏洩以外の何かを掴んでくれる。
「それならば…私達もここから何かを見つける……」
私達のところに、サーバ室の鍵とワンタイム入室カードを持った職員が近づいてきた。
「これが一時入室カードです。1名ずつしか入れませんので気をつけて下さい。カードをかざして前室に入り、丸部分に乗り、顔写真撮影と金探スキャンがOKであれば奥扉が開錠します。」
「ありがとうございます。しかし、随分厳重ですね。」
「当たり前です。ここは国内の男性関連情報全てが触れる場所ですから。」
職員の言葉は淡々としていたが、表情からは敵対心が読み取れた。
「……私が先に入ります。不要な操作を見落とさないために。」
水越はそう宣言して、一時入室カードをかざした。
水越の入室が終わった後に、システム企画課の職員、私と順番に一人づつ続いた。
私が無事に入室出来ると、2人はあるサーバの前で待っていた。
「お待たせしました。…しかし、凄いセキュリティですね。」
思わず漏れた呟きに、職員は即座に答えなかった。
数秒遅れて、事務的な声が返ってくる。
「内部不正対策です。USBや記録媒体の持ち込みは過去に問題になりましたので。」
「……これは案内されないと分からないですね。」
何台あるかも分からないサーバ群に、水越が小さく息を吐いた。
「ひとまず、本件に関係するシステム企画課全員分のメールデータおよび、触れるファイル群、取得しているログ関連の保全をしたいです。」
水越の意見に、私も同意した。
国家予算で割かれた設備故に、何からしていいのか分からない。
しかし、当初の目的は祖母井の国家公務員法違反の立件だ。
水越が付き添いの職員に確認をしながら、データ保全用に用意したらしい8TBの外付けを接続し、端末の操作を始めた。
少し手持ち無沙汰になった私は、その様子を横目に、サーバラックのラベルを一つずつ追っていった。
「…精液評価・トレース、…人口動態管理、…繁殖プラン適応プログラム評価、…医療データ、…再教育プログラム管理、……ん?」
再教育という文字を見た瞬間、私の背中に冷たいものが走った。
「……水越係長。」
私が声を落とすと、水越が画面から顔を離さずに「どうしました?」と返事をした。
「この再教育プログラム管理というのが気になった。念のため保全を頼む。」
私の依頼に資源庁の職員が反応した。
「すみません、再教育関連は当庁でも機微のため、私にはアクセス権限がありません。」
「誰が持っているですか?」
「アクセスするときには必ず事前承認と立ち合いが必要で、アカウントの払い出し権限は祖母井課長、秩父局長、福田管理対策官のみです。」
福田弥生、資源庁の管理対策官で、内山みのりの最後の証拠品に名前が記された人間だ。
私の勝手な推測ではあるが、福田に頼んでも首を縦には降らないだろうと思った。
「秩父局長に連絡は取れるだろうか?」
「本日は午前所用で外出していますので、午後になれば連絡可能かと…」
「午後……ですか。」
私がそう繰り返すと、職員は視線を逸らした。
その反応だけで、今日中に連絡がつく保証などないことが分かる。
「……分かりました。では、正式なアクセスは後に回します。」
そう言ってから、私は水越に視線を送った。
水越はわずかに頷き、端末の操作を続けながら、声を落とした。
「ログとメタデータだけ、確認してみますね。」
水越はあくまで保全作業の延長と言い訳が立つ範囲で、慎重にキーを叩いていく。
しばらくすると、水越の動きが、一瞬止まった。
「どうかしたか?」
私が近づくと、水越は画面を少しこちらに向けた。
「確認のために、再教育管理システムのアップデートログに記載されていた国家生殖資源登録番号《男性ID》と、男性管理DBの個人名を紐づけたんですが、見てくださいこの名前。」
「……何?」
私が画面をのぞき込むと、<処遇:RE-EDU>と更新された男性の名前が並んでいた。
見知った名前だけを挙げると、<住田正人>、<北村南人>、<丸山義春>、<橋本陽太>、<石田翔一>と名前が続く。
そして最終更新された人物の箇所に、私は思わず息をのんだ。
「……っ………<佐藤悠真>…だと?」
「はい、佐藤君の名前。しかも佐藤君と住田だけは更新アカウントがFukuda、それ以外はUbagaiなのにです。」
「……祖母井の余罪がある可能性を鑑み、これ…保全してもらえるか?」
言いながら、私は何か強大なものに近づこうとしている感覚に陥り、脇に汗がにじんだ気がした。
「……わかりました。ちなみに、再教育関連の業務ってあなたが担当だったりしますか?」
水越の質問に立ち合い職員が焦った顔で否定する。
「ち、ち、違います!それは特に機微な業務で、本当に担当と上長以外は分からないんです……前は内山係長……今は、望月係長が担当のはずです!」
「望月?……あっ、被害届出すときに居たあいつか!」
私がその名を繰り返すと、立ち合い職員は一瞬だけ言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「……望月係長は、今はフロアにいません。会議中か、外出中か……恐らく。」
職員の語尾が曖昧になる姿だけで十分危険度が理解できた。
「水越係長、望月のアカウント、ログで追えるか?勿論、祖母井課長の違反との関連性を確認するために。」
「……了解、やります。」
水越は即座に入力を切り替え、画面上に、アクセス履歴が時系列で並び始める。
「……ありました。」
水越の声が低くなる。
「庁内サーバに対する直近のアクセスは5月31日、午前3時32分。ただ、接続端末は…資産管理台帳と紐づけると……」
水越が少し無言になり、20秒ほど経ってから再び口を開いた。
「資源庁の香川拠点配備端末?」




