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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第八章「包 囲」

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第111話「密輸」

祖母井の家は、妙なほど静かな雰囲気だった。


生活感がないわけではないが、整いすぎている。


整然とした書棚に、毛一本も落ちていないラグ。


リモコン類は壁に掛けられ、雑誌類すら置かれていない。


住居というよりモデルルームといった印象を受けた。



祖母井はリビングの椅子に腰掛け、背筋を伸ばしたまま、捜査員の動きを黙って見ていた。


腕を組むでもなく、落ち着かない様子もない。


自分の家が検められるという事実よりも、誰が、どこを見ているかを観察しているように見える。


「書斎、押収すべきものは見当たりません。」


「寝室も今のところは、特異な点が無いです。」


捜索担当の捜査員達から淡々と報告が入る。


祖母井の口元が、ほんのわずかに緩んだ気がした。


祖母井の手荷物にあったスマートフォンと手帳は押収しているものの、それだけで全容解明は困難だと感じている。



「……佐藤さん。書斎に何も見当たりませんが、念のため確認をしてもらえませんか?」


書斎担当の捜査員が、声を落として呼んだ。


俺は祖母井を立ち合いのため連れて、書斎に入った。


そこには大きな本棚が2架あり、ぎっしりと書籍が詰まっていた。


内容は、行政法、財政学、教育心理、ジェンダー論、それに西洋文学。


文庫本は一切なく、雑多なジャンルのハードカバーが並んでいる。


そして本棚の反対側には大きな鏡が壁に張り付いていた。


鏡の中心には1本の線が入り、2枚の鏡を張り合わせたようにも見えた。


「……壁に2枚の鏡を張り付けた?いや、埋め込まれているのか?」


俺が鏡に近づいて床材との間に手をかけると、取っ手のような感覚があった。


それを掴みそっと左右に動かすと、少し鏡がずれた気がした。


「みなさん、ちょっとこの鏡怪しいです。」


俺の声に反応して、近くにいた捜査員が二人、無言で寄ってきた。


鏡は床から天井まで一枚物のように見えるが、中央に走る一本の線がどうしても気になる。


「固定具、見当たりますか?」


「見えませんね。接着か、埋め込みか、でも動くかもしれません」


俺は指先に力を入れ、ゆっくりと鏡を押した。


すると、抵抗なく、数センチだけ横に滑った。


「可動式ですかね。洗面所の鏡棚の横スライド版みたいです。せーので開けましょう。」


捜査員が頷き、慎重に両側から鏡をずらしていく。


大きな鏡スライドすると、畳半畳程度のスペースに耐火ケースが3つあった。


「……中身確認しましょう。」


俺はそう言いながらケースを手に取り、祖母井の顔を見た。


祖母井は何も気にしていないと言いたげな涼しい表情をしていた。


「写真撮影もお願いします。」


そう言いながら1つ目のケースを開けると、中に入っていたのは、海外製薬会社名義の請求書だった。


社名は複数あるが、いずれも男性関連のグレーな治験等で話題になった企業ばかりだ。


品名欄には、薬品名ではなく、英数字のコードが並んでいた。


「……請求書の宛名は……CBD-THC株式会社、ですか。」


CBD-THC株式会社と言えば、LUXEの売上の一部が流れ込んでいた企業だったはずだ。


財務捜査の結果が、現実の証拠物と繋がりを見せ始めた。



2つ目のケースには、薄いファイルが束ねられており、中の紙片にはコード番号、投与量、反応時間という記載があった。


その横に、短い注釈に、<情動安定>、<従属性向上>、<拒否反応低減>等の言葉が並んている。


「……薬の作用を記したもの…ですね」


俺の言葉に誰も否定はせず、祖母井は沈黙を決め込んでいた。



3つ目のケースを開けると、中には手書きのメモと請求書、そして出納簿があった。


輸入関連のメモや請求書に見えるが、船荷証券や包装明細書は存在しない。


「……密輸みたいですね。」


メモによれば、各国から密輸したものを弁天島まで運び、そこから陸送で最終到達地は甘南備。


出納簿の数字を軽く追うと、LUXEの売上の一部が、この密輸ルートの維持に使われているようだ。


さらに、入っていたのは電気料金の請求書、それも月額1000万にも上る。


使用場所住所地は香川県小豆郡小豆島町馬木、弁天島だ。


請求年月日は先々月、まだ、何かが弁天島にあることに他ならない。


「……弁天島にも何かあるってことか?」


俺が小声で呟いた瞬間、背後から声がした。


「随分と楽しそうね。」


祖母井が退屈そうな表情で、こちらを見下ろしている。


その表情に、焦りは一切ない。


「それ、何だと思ってるのかしら?」


俺は振り返り、祖母井を見た。


「私視点では、薬機法や関税法に違反している何かの薬に見えますね。」


俺の言葉に、祖母井は小さく鼻で笑った。


「薬……そう呼ぶから、あなたたちは混乱するのよ。」


祖母井はゆっくりと立ち上がり、鏡の裏に現れた耐火ケースへと歩み寄った。


捜査員が一瞬、制止しようとしたが、俺は手でそれを制した。


祖母井はケースの中身に目を落とし、淡々と続ける。


「これは社会を安定的に回す矯正器具。社会適応のための補助具。教育の延長線にある、ただのツール。」


祖母井は一拍置いてから、俺を真っすぐ見た。


「この国で、『管理が必要な男』への、ね。」


その言葉に、部屋の空気が一段冷えた。


「男は、承認欲求が過剰で、被害者意識が強く、すぐに権利を主張し、それが叶わないと暴力に訴える。」


祖母井の声音には、憎悪も激情もなく、ただただ、何かを読み上げているような平坦さがあった。


「だから、教育が必要なのよ。抵抗しないように。従うことに安心を覚えるように。考えることを放棄できるように。」


俺は、無意識に拳を握っていた。


「……それを、甘南備で?」


祖母井は答えない代わりに、わずかに口角を上げる。


「さぁ?どうなんでしょうね?」


惚けたような口調の後、祖母井は深く息を吐いた。


「……佐藤警部補……あなた、本当に正義のつもりでやっているの?」


「はい。」


俺は即答した。


「祖母井さんの今の話を聞いて、少なくとも人を物として扱う思想を、認めたいとは思いませんでした。」


祖母井は、しばらく俺を見つめた後、静かに言った。


「なら、全て詳らかにできると良いわね。たかが警視庁警察官、たかが下っ端公務員、たかが男、それで国家生殖資源庁を取り締まれるのか、見ていてあげる。」


俺は祖母井の言葉に反応できなかった。


「さぁ、私の秘密漏洩でしたか?どうぞご自由に捜査し、自由に押収してくださいね。そして、次の捜査につなげてくださいね。ふふっ。」


祖母井は、ゆっくりと微笑んだ。


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