第107話「森下萌:無言の息遣い」
私の見ているモニターには、音が無い。
大きなモニターが3枚並んだ画面に、様々な角度の監視カメラ18台分映像が一気に流れている。
池袋防犯協会の協力で設置されたカメラは、その2か所の全ての出入りを確認できるようになっていた。
しかし、甘南備はお店、おせおせ学園跡は繁華街だけあって、動体検知をかけているのに確認しなければいけない映像が相当数ある。
「……カメラ班、増員ほしいな。」
私は独り言のように呟き、キーボードを叩く。
映し出されたのはおせおせ学園の裏路地から地下に潜れる階段。
検知されたタイミングは昨晩だけで、196回もあった。
「…外れ、……外れ………外れ…」
酔っ払い、残業帰りの会社員、同性カップル、野良猫、そんな街の日常ばかりが映し出される。
映像を送るたびに見るべき対象であってほしいと願いながら、人差し指でキーを叩いた。
指で何回叩いたか数えてはいないが、時刻表示部分を見ると昨日の23時25分。
「まだ23時なの……今日中に映像全部の確認終わらせないと、また明日溜まっちゃうのに…」
正直、ひたすら画面と格闘するこの作業は泣きそうだ。
これならまだ後藤と内偵に行くほうが100倍良い。
そんなことを思いながら、おそらく100回目くらいになる『次へ』の押下をした。
「……んー?」
そこに映し出されたのは、背の高い女性が小走りで階段を下りていく姿だった。
「今の動き…酔っ払いじゃないよね……少し焦ってる感じもあった?」
私の独り言は、誰にも返されなかったが、特に気にはならなかった。
「時刻は23時32分11秒……引きの方も見ないと。」
隣のモニターにおせおせ学園裏口の別のカメラの映像を映した。
時刻を23時30分00秒に合わせ、通常速度で流す。
街灯の光に照らされて、小路のアスファルトが鈍く光っている。
「……この辺りからかな。」
そう呟いた直後、画面の右端がわずかに揺れた。
「……あっ。」
私は、画面の表示が23時31分47秒あたりで反射的に再生速度を落とした。
小路を早歩きで進む背が高めの女性。
髪はまとめており、服装はマキシ丈のワンピースで色は黒。
街灯が少しずれていたら見逃していたかもしれない。
23時31分55秒あたりで、女性は一度だけ、周囲を確認するように首を振った。
その仕草がスムーズで、私には妙に慣れているように見えた。
「……これ、さっきの人かな?」
私はさきほど見た地下階段付近の映像の時刻を23時32分11秒に戻す。
階段を下りていった背の高い女性の服の色、歩幅。、肩の動き。
「……同一人物、だよね」
胸の奥が、じわりと熱くなる。
私は未だに画面が6分割されていた残りのモニターに甘南備裏口の映像を出した。
「甘南備までは10分前後かな?ちょっと前から流そう。」
甘南備裏口の映像を23時10分00秒に合わせ、再生する。
裏口の扉は閉じたままで、通りには人影も少ない。
遠くを走る車のヘッドライトが、たまに光を投げてくるだけだ。
私は無意識に、椅子から背を離した。
画面の中で、何も起きない時間が続き、神経を削る。
何かが映ると分かっていても、その瞬間までは、ただ待つしかない。
23時23分12秒、そろそろ見えるかもしれない。
「……来た?」
私は、すぐに再生速度を落とす。
23時23分20秒、裏口の業務用扉が、音もなく開き出てきたのは、さっきの映像と同じ女性だった。
「……スクショ、スクショ」
スクショを取りながら映像を追うと、女性は一度だけ、左右を確認し、迷うことなく小路へと足を向けた。
画質が荒くて顔まで確認はできない。
「甘南備を出て……おせおせ学園跡に向かってる…」
私は、二つの映像を並べた。
甘南備裏口、23時24分。
おせおせ学園地下階段、23時32分。
移動時間は約8分。
「……急いでるのに歩き…しかもスマホで道確認もしてない……行き慣れてる証拠だよね。」
さらに、車を使わないのはおそらく、一通や小路が多いことが理由だと思った。
「……ならこの動線で、定期的な行き来は濃厚。」
そう呟いたとき、自分の声が少し震えていることに気づいた。
証拠、と呼ぶにはまだ弱いけど偶然ではない。
これは、習慣だと直感が言っている。
甘南備からおせおせ学園まで行った女性は誰なのか、手がかりを探すためにカメラ映像の続きを流す。
23時43分。
おせおせ学園の階段から出てきたのは2人の女性。
2人とも大きめのリュックを背負っている。
片方は先ほどの女性、もう1人はだった。
目深に帽子を被り、顔はほとんど見えない。
でも、歩き方と肉付きから年齢は少し高めのような気がした。
おそらく、40から50代。
「……倉橋?」
2人はリュックを背負ったまま、次に現れたのは甘南備前のカメラ映像だった。
そして2人は迷いなく甘南備の裏口から中に入っていった。
ただ、おせおせ学園から出てきた2人とは違い、片手にビニール袋を持ち、袋からペットボトルの頭が出ていた。
「……途中コンビニでも寄ったのかな?」
私は、スマホで周辺地図を呼び出し、コンビニを探すと、甘南備最寄に3軒あることがわかった。
私は、すぐに後藤部長に連絡を取る。
『森下、なに?』
「甘南備近くのコンビニで、昨日の23時30分頃、おせおせ学園から甘南備に荷物を運んでいた二人組がおそらく買い物してます。確認できますか?」
受話器の向こうで、一瞬だけ間が空いた。
『……わかった。直接行って防カメとPOS確認するから、人着送っておいて。』
そのまま電話が切れ、私がデータ送信用のファイルを作成しているとふと、水越の顔が思い浮かんだ。
「そういえば、これ歩く姿から何か分からないのかな?」
その気付きに、私の胸の鼓動が少し速くなっているのが分かった。
私が解析ルームへの内線をかけると、2コールもしないうちに水越が出た。
『はい、水越です。』
「あ、すみません。カメラ確認していた森下ですが、ちょっと顔が不鮮明で分からない人物が居て、歩く姿とかで何かわかることが無いか聞きたくて……」
私の何となくの言葉に、電話の向こうで少し考えていた様子が伝わる。
『んー、やってみなきゃ分からないけど歩容認証って手があるかな?』
「ほよーにんしょーですか?」
聞きなじみのない言葉にオウム返しになってしまった。
『そう、歩く姿の特徴をAIが判定する技術だ。特定元の歩く映像があれば、その映像の人物の特定に至るかもしれない。』
「分かりました。お忙しいとは思いますが、お願いできますか?確認してほしい二人組の映像があるんですが、片方が倉橋和美ではないかと私は思っています。」
『倉橋医師か、学会発表等もしていたはずだから、何とかなるかもしれない。とりあえず送ってみて。』
「ありがとうございます!」
私はお礼をいって電話を切ると、データをもう一つ切り抜き始めた。
きっといい成果になると信じて。




