第104話「試問」
扉の開く音とともに、きっちりと髪をまとめた御厨理事官が部屋に入ってきた。
相変わらず無駄のない動きで部屋に入り、俺と山崎の元に来た。
「まずは佐藤係長、池袋から派遣ということで、またよろしく。私も今日の午後聞いたので驚いたよ。」
そう言いながら、明るい雰囲気を出されるが目元は笑っていなかった。
「早速で悪いが、オークションの日の流れを聞きたい。令状請求の決裁前に総監までの報告を求められていてね。」
「わかりました。ひとまずこちらに。」
山崎が御厨を打ち合わせスペースに誘導しながら、俺にアイコンタクトをしてきた。
それを理解した俺は、先ほどのダミー案に関する資料を持って席についた。
「では、簡単にご説明を致します。」
俺はそう前置きして、資料を机の中央に置いた。
あえて整えすぎない、少し粗の残るページを一枚めくる。
「まず、オークション当日ですが、中村主任が仮想身分証を使い闇バイトとして潜入します。さらに私がオークションの商品のフリをして、車に積み込んで貰います。」
話しながら御厨に目を向けると、既に眉間に皺が寄っていた。
「池袋の住人からの情報で、甘南備から複数台の車両が出ると聞いていますので、1台だけ出発させ、他の車両が出る前のタイミングで甘南備に踏み込みます。」
御厨の表情はさらに険しくなった。
「そして、一台は池袋の防犯イベントの人員を使いリレー形式で追尾、会場に着いたところで私が保護通報を発報します。もしくは、中村主任に手引きしてもらい捜査員を投入します。」
自分でも、現実味を削りすぎたと分かる内容だった。
だからこそ、御厨理事官にどう映るかが重要だった。
御厨の表情を確認すると、怒りを通り越して諦めや失望の色が見えた。
「なるほど……随分と……タイミングが難しく、さらに人手を使う方法だな。成功する可能性はどの程度だと考えている?」
じろりという視線が俺に向けられた。
「はい。9割を超えるとは言い難いですが、それなりかと。最悪、中村主任が潜入しますので、中の情報は取れますし、オークション会場へは正面からの尾行より、リレー形式の方がリスクは低いと判断しました。」
「ふむ。」
御厨は一瞬だけ視線を上げ、俺と山崎を交互に見た。
「オークション会場そのものの場所が割れたんじゃなかったのか?そこへの配置は?」
山崎が即座に回答する。
「可能性が高いと思われる2拠点には張り込み班のみ配置します。現地での動き次第では行方不明者の保護名目で踏み込みますが、原則は甘南備車両の向かう場所へ転身予定です。」
御厨は顎に指を当て、考える素振りを見せた。
「……人的リソースを使い切ってない理由は?」
「突発への備えです。オークションでは複数の男性や、医療機器等の押収も考えると先に配置するより、必要な箇所に現場から要請する方がスムーズだと考えました。」
山崎の声は淡々としており、御厨はその言葉を反芻するように、ゆっくりと頷いた。
「プランの概要は理解した。そうなると、また当日バタバタと令状請求するから現時点ではしないということか?」
御厨は、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「令状請求は祖母井の自た……あっ」
何かを測られているという感覚を覚える御厨の視線に耐え兼ね、山崎が思わず祖母井の名前を口走った。
「祖母井課長の自宅の捜索差押許可状請求か?犯罪事実と範囲は?」
俺は山崎をフォローするため説明を始める。
「水越係長が解析で見つけてくれたんですが、祖母井が資源庁の男性DBのデータを変更できることを倉橋和美という医師に伝達していました。そのことから、内山みのりの件は被疑者死亡で送致済みであるものの、結了した訳ではないと思っています。」
御厨の視線が少し緩んだのが分かる。
「そこで、国家公務員法違反として祖母井課長の自宅及び資源庁のシステム企画課に対して、捜索差押えを実施したいと考えています。余剰人員の一部はそこに投入します。」
「……オークション側は国家資源の保護を優先、全容解明の足掛かりとして祖母井課長をターゲットに捜索、そういうことだな。」
御厨はそう言って、資料からゆっくりと視線を上げた。
「……筋は通っている。少なくとも、机上ではな。」
その一言に、室内の温度がわずかに下がった。
御厨は指先で資料を揃えながら、淡々と続けた。
「だが、国家公務員法違反を追及するための資源庁への捜索は、警察内部でも相当な摩擦を生む。」
「承知しています。」
俺が即答すると、御厨は睨みつけるような鋭い視線を向けてきた。
「振り上げた拳のもって行き場がないということは許されない。令状による強制執行後の失敗は、警察組織全体に傷を残す。本当に、その覚悟はあるんだな?」
「はい。捜索差押えをするなら、送致まで、と思っています。」
俺の答えに御厨は小さく笑った。
「一点だけ確認だ。現状のあやふやな状態で資源庁へ踏み込むのは、尚早だとは思わないのか?」
「はい。ただ、はっきり『遅らせろ』と指示なさった場合は、是正いたします。」
「では、特段指示は無いと言ったら?」
「計画通り、進めます。」
短い沈黙が流れ、御厨は椅子にもたれながら、天井を見上げた。
「……なるほど。」
その声には、納得と、諦観と、そしてどこか愉快さが混じっていたように感じた。
「分かった。総監への報告は、この内容で上げる。」
御厨は立ち上がり、資料を手に取った。
山崎が思わず口を開く。
「……よろしいのですか?」
御厨は足を止めずに答えた。
「私は、当部が取り得る選択肢の一つとして報告するだけだ。」
御厨は扉の前で一度だけ振り返った。
「佐藤係長。」
「はい。」
「君の正義に基づいた仕事が、無駄にならないように気をつけろ。」
御厨から一瞬だけ、本当に忠告の色が滲んだ気がしたが、すぐに扉が閉まった。
「……止めなかったな。」
御厨が去った後の静寂を破るように、山崎が言った。
「ええ。ただ、係長が口を滑らせたせいで、どちらだったのか分かりませんでした。」
俺は椅子の背に体重を預け、山崎は苦笑する。
「すまなかったよ。あの雰囲気苦手でな…ただ、池袋での令状請求については言ってないぞ。」
俺は資料を閉じた。
「そうですね。ということで、オークション会場がどういう状況になるかを見定めないといけなくなりました。その状況次第によっては御厨理事官は資源庁の“S”ですよ。」
「……そうだな。さて、オークション会場は……佐藤主に…いや佐藤係長の言うとおりだと『おせおせ学園』跡か。誰か張らせるか?」
山崎が腕を組み、首を傾げた。
「そのあたりは既に考えがあります。任せてください。それと…呼びにくそうですし、“佐藤主任”で良いですよ。」
そう言って俺は山崎に少し微笑んだ。
そして、その裏では次の一手を計算し始めている自分がいた。




