第103話「二案」
「で、だ。本当はどうするつもりか聞かせてくれないか?」
中村、後藤、森下が外に出たのを見計らって山崎が声をかけてきた。
「どうするつもり、とはどういう事でしょう?」
「LUXEの時より慎重になるべきなのに、全体的にプランが雑だ。流石に出たとこ勝負すぎる。それに、佐藤主任がオークションの商品になるって発想は良いが、非現実的すぎる。相手もさすがに商品の人数くらいは数えるだろう。」
山崎の視線が鋭くなり、さらに言葉を続けた。
「それに祖母井が本当に通じているなら、奴を考慮しないのはおかしい。倉橋に関しては何も決めていないのと同じだ。」
山崎の鋭い指摘を受け、俺は小さく息を吐いた。
「……ご明察です。あれは表向き、言うなれば理事官報告用のダミーです。」
山崎は腕を組んだまま、静かに俺を促す。
「私は理事官が裏切っているという件については懐疑的だが、まぁ続きを聞こう。」
俺は声を落とした。
「本当の狙いは、倉橋でも大原でもありません。理事官と祖母井です。」
山崎の眼がわずかに見開かれる。
「……さっぱりわからない。どういうことだ?」
「はい。先ほど言った通り私は御厨理事官を信用できなくなっています。そこで杜撰な計画を報告に上げ、是正指示があるか確認します。指示が有ればその通りに、無ければ私の池袋の身分を使って、池袋署での捜索差押許可状を請求します。」
山崎が腕を組みながら、顔を曇らせた。
「決裁ルートから理事官を無理やり外すってことか。そんなことをしたら人身売買の案件を池袋が横取りしたように見えるから、池袋署長が嫌がるんじゃないか?」
「適用法令が違います。『道路運送車両法違反』として、麻麻商事と甘南備の捜索差押許可状を請求するんです。廃棄ナンバーが使用された車両使用の端緒把握は池袋ですよ。」
山崎は軽く顎を触りながら考え込んだ。
「……そこでまた現行犯逮捕かまして丸ごと押収って訳か。捜索差押えのタイミングはどうする?それに男性売買オークション会場はどうするんだ?」
「甘南備からの車両が出る前に踏み込みます。オークション会場は張り込み班だけ用意し、放置します。」
山崎の瞳がこれ以上ないほど見開かれた。
「はぁ!?それじゃ、現地に来ている買受人は見逃すって言ってるのか!売る方も買う方も重罪だぞ!」
山崎が声を荒げたため、俺はゆっくりと口を開いた。
「オークション会場に客なんて来ませんよ。なぜなら、恐らく配信用の会場だからです。入札をする場所はダークウェブ上のフォーラムの可能性が高いです。」
「確かに!今日日非合法な取引はダークウェブのフォーラムを使うのが摘発の可能性が低い。盲点だった!」
俺の側で聞き耳を立てていた水越が、身を乗り出してきた。
「そのダークウェブのフォーラムって何だ?ネットとは違うのか?」
疑問符を浮かべる山崎に、水越が説明で返す。
「ダークウェブというのは、通常のインターネットとは別の層にある通信領域です。匿名化通信網、まぁTorなどを使わなければアクセスできないネットと考えて下さい。」
山崎は「ほう」と頷いて、椅子を引き寄せた。
「そこでは、法に触れるような取引が日常的に売買されています。オークション形式の掲示板も珍しくありません。」
俺が水越の説明を補足すると、山崎が腕を組み直した。
「なるほど……それで会場が外見だけの可能性が高いということか。実際の取引はオンラインで完結する。会場はライブ配信する部屋として使っているだけか。でも何で急にそこに思い至ったんだ?」
山崎の問いで俺の顔が曇ったことが、自分で分かった。
「御厨理事官です。先ほど話した理事官の電話の件、最後に『フォーラムか』と仰ってたのでピンときました。それが無ければ『おせおせ学園』の従業員のチャットにあった『受付のバイト』で対面形式とばかり思い込んでしまうところでした。」
水越が指を組みながら口を開く。
「なるほどね。理事官はやはり……まぁそれで、ライブ映像をフォーラム通じて見せて、金のやり取りは暗号資産って感じかな?オンライン開催でも受付や運営は必要だね。」
「私もそう思っています。内山みのりの部屋で見つかったシードフレーズから生成されたアドレス群。あの量の金の出所がオークションなら納得感があります。」
山崎は深く息を吐いた。
「……なるほど。つまり『現場を抑えたところで、買い手は一人もいない』から、会場を後回しにしても良いということか。」
「はい。その分、他の現場に人を割く事ができますしね。」
山崎が首を傾げた。
「他の現場ってどこだ?甘南備、麻麻商事が現状で踏み込める場所じゃないのか?」
俺は一拍置いて答えた。
「…祖母井の自宅及び職場である資源庁ですよ。」
「……おいおい、流石に無理だ。佐藤主任から言われたデータは水越から見せてもらったが、あれじゃ電子計算機損壊等業務妨害罪は無理だ。」
「それはそうです。あの程度では共同正犯も幇助も無理です。ただ、国家公務員法の秘密保持義務違反は別です。」
国家公務員法第百条、職務上知り得た秘密の漏示は、それ自体が犯罪だ。
勿論、直罰規程があるため、法執行機関が捜査することができる。
「でも、そんな事実行為あったか?佐藤主任の示したデータは、内山みのりが資源庁DBのシステム改善について意見具申したものだろ?」
「その情報を基に、倉橋へDB改ざん方法を連絡していたメールがありました。職務上知ることの出来る秘密は、体系化されたされた情報だけを指す訳ではないですから。」
山崎はしばらく考え込んでいた。
「……つまり、改ざん手順そのものが業務上得た秘密として管理すべき非公開情報であり、そのものが職務上の秘密に当たる、という理屈か。で、資源庁の息がかかっているとはいえ、庁内システムの仕組みを知るべきではない倉橋に教えたことが漏示にあたると。」
「はい。擬律判断の上で、これが『秘密に当たるのか』と、倉橋へのメールが『漏示に当たるのか』の2点がキーですから。」
俺と山崎の会話を聞きながら、眉間に皺を寄せていた水越が声をかけてきた。
「佐藤君が言ってるのは、要はNeed-to-Knowの原則を破ってるって理解で良いのかな?」
「そう言うことです。そこの違反を基に、祖母井に同時に捜索差押えを仕掛けます。関連場所として倉橋の根城も対象に含める方がいいと思ってますが。」
山崎が小さく息を吐いた。
「男性行方不明の捜査で明らかになったLUXE、甘南備、オークション、それら全て資源庁の影があり、祖母井が手引きしてると。」
山崎は、指で眉間を押さえた。
「……だから、資源庁自体をも捜索範囲に含めるということか。」
「はい。」
「だが、官公庁なら押収拒絶権があるぞ。それはどうするんだ。」
押収拒絶権とは、弁護士事務所、病院、官公庁等の秘匿性の高い情報を扱う職場は、強制執行である捜索差押えでの押収を拒否できる権利だ。
「拒絶されるにしろ、受け入れられるにしろ、どちらでも大丈夫だと思っています。要はこちらの本気度をアピールするだけですから。」
俺の返答に山崎が何かを言おうとしたとき、廊下の方から足音が近づいてきた。
その音に反応した山崎は立ち上がり、表情を切り替えた。
「……よし。とりあえず今の話はギリギリまで伏せるようにしよう。ここから先は、顔に出すな。」
その一言で、この場の空気が切り替わった気がした。




