第100話「帰還」
俺が、特務捜査係の部屋を開けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。
寄せた机の上に散らばる資料や写真。
壁の予定表には赤ペンで書き込まれた大量の付箋。
壁際の折りたたみ机には、大量のドッチファイルとデスクトレーが並んでいた。
雑然としているはずなのに、どこか秩序があって、何より懐かしさで心がどこか温かくなった。
それは特務捜査係への思い入れなのだろう。
捜査会議の真っ只中だったのか、部屋の中央に立っていた山崎が、俺の気配に気づいて振り返る。
その一瞬の間に、表情が硬直し、次いで頬が緩んだ。
「……佐藤主任か?」
山崎の声には、驚きと、安堵の二つが混ざり合っていた。
俺が部屋の中に足を踏み入れると、より一層懐かしさが込み上げる。
ここを離れてから、期間にしては僅かだというのに、どれほどこの係を求めていたのか、今さらになって思い知らされた。
「辞令が出ました。今日付で当面の間、捜査第一課へ派遣となります。」
俺は気恥ずかしい気持ちもあり、事実だけを、淡々と告げた。
油断したら声が震え、後藤にからかわれる気がしたのも一つの要因だ。
俺の言葉の後、誰も言葉を発さない。
時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
時間にして3秒ほど経ったところで、後藤が椅子を勢いよく蹴り、ガタンという音を立てて立ち上がる。
「良かった!やっぱりその辞令だったんだね!」
後藤にしては珍しく顔いっぱいに笑みを浮かべている。
中村は声を出さず、唇を小さく震わせながら俺を見ていた。
何度も瞬きを繰り返し、ようやく一言「……本当に?」と発した。
中村の問いかけに、俺は静かに頷いた。
「よかった……本当によかった……」
それだけで中村は堪えきれなくなったように目元を押さえ、肩を小さく揺らした。
横峯、森下は顔を見合わせ、同時に息を吐く。
「佐藤が居ないなんてありえないよ。戻って来れてよかった……」
「私もそうなる気がしていました!これからもご指導お願いします!後藤部長の指導はもう十分なので!」
その声には、張り詰めていたものがほどけた後の柔らかさがあった。
後藤が、場の空気を読んだのか、森下の発言の後にわざとらしく咳払いをした。
「……まぁ、あんたがいないと全然回らなかったし、張り合いがないし。」
その少しいじらしい口調に、森下が即座に突っ込む。
「毎日毎日机を拭いてましたもんね!…あいたっ!」
森下の尻を後藤が蹴り飛ばし、小さな笑いが起こる。
山崎が、一歩前に出て、俺の目をまっすぐ見つめてきた。
「佐藤主任。」
いつもより少し低く、落ち着いた声だ。
「……本当に異動の辞令だったんだな。」
俺は、山崎の目を真正面から見返す。
「ええ。謹慎解除も捜一派遣も正式な辞令でした。」
山崎は小さく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「そうか……戻ってきてくれてありがとう。…また、よろしく頼む。」
それだけ言って、山崎は視線を伏せた。
俺は、この部屋に再び立てたことを喜ぶと同時に、同じ現場に立つ覚悟を胸に抱き、皆の顔を見回した。
「佐藤警部補は、本日より再び捜一の一員として派遣されました。またよろしくお願いします。」
少し大きく発した俺の声は、部屋の中によく響いた。




