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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第七章「潜流」

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第99話「疑念の萌芽」

5月26日、午後4時13分。


俺は、人事第二課長の部屋の前で一人で待機していた。


先ほどまで車で送ってくれた後藤はすでに捜査本部へ戻ってしまった。


廊下で立っているだけだが、腕時計の秒針の音が、自分の頭に聞こえる気がした。


その針は自分の感覚よりも、ゆっくり進んでいた。


「お待たせしました。お入りください。」


そう声をかけられ、人二課長室の扉を3回ノックした。


「どうぞ。」


淡白な返事を聞き、「入ります。」と声を張って部屋に入った。


中に入ると人二課長が立ったまま、机に立っていた。


俺の敬礼に、敬礼が返されると、先ほどの返事よりも低い声が響いた。


「佐藤警部補、池袋警察署から当面の間、捜査第一課への派遣を命ずる。」


「はい!」


人二課長から出された辞令を受け取ると、原籍は池袋警察署で変わらず、捜査第一課に限定的に派遣するという辞令であった。


「今世間を騒がせている資源庁がらみの件、君が中核を成していたことを警視総監がお知りになり、今回の辞令となった。きちんと報いる成果を出すように。」


「はい!」


「それから、君は御厨理事官に何かしたのか?」


突然の質問に、俺は面を食らった。


「そ、そんなことは無いと思います。会話も職務上の決裁等でしかしたことはありません。」


特に繕わずに正直に回答した俺を、人二課長は真っすぐ見てきた。


「そうか。いや、君を警察署勤務にするという方針は警察庁と御厨理事官の案だったものでね。池袋警察署の防犯というのも御厨理事官が池袋署長に掛け合ったようなんだ。バリバリの捜査員を、なぜそうしたのか疑問だったのでね。」


人二課長は、顎に添えた指をゆっくり滑らせながら続けた。


「……どうにも腑に落ちないんだよ。御厨理事官は、進んでいる事件の芯を無理やり剥がして、わざわざ警察署へ飛ばしたというのが。しかもよりによって、捜査ではなく防犯だ。」


その言葉が、俺の胸の奥に冷たい水のように染みた。


自分の中ではずっと思っていたことだったが、人に指摘された初めて疑問が確かなものへと変わった。


俺が下ろされる理由は何だったのだろうか。


LUXEの一連の捜査での動きは御厨理事官も評価していてくれたはずだ。


だからこそ、常に助けてくれていたのではなかったか。


そこで俺は、資源庁からの被害届が出された日のことを思い出した。


御厨理事官が資源庁に出向していたこと、俺の質問に明確な回答を得られないまま被害届を受理させたこと。


さらに、内山みのりの捜索差押えを、もっと早く着手することを望んでいたこと。


俺の中に『御厨は資源庁のために動いているのでは無いか』という疑念が生じた。


だが、御厨がLUXEの検挙のためにも動いていてくれたことは事実だ。


困惑する俺に対し、人二課長は少し声を落とし、言葉を探すように天井を見た。


「何か意図があるのか、それとも何か力関係でなのか、私にはわからないが、シンプルにおかしいと思っただけだ。」


話しながら人二課長は顎を手で撫でていたが、はっとした表情になった。


「あ、今のは聞かなかったことにしてくれ。ちょっと君のことを不憫な男性だと話過ぎてしまった。いや、失礼。」


そういいながら人二課長は笑った。


俺は「承知しました。この辞令の意味をしっかり受け止め、成果に結びます。」と言い、再び敬礼して踵を返した。


部屋を出るころには、俺の頭は御厨理事官のことでいっぱいになっていた。


---


派遣の辞令が出たことを特務捜査係に伝えるため、刑事部のフロアを歩いていると物陰になっている休憩スペースの人影に気づいた。


声が少し聞こえており、それが御厨のものであるとすぐに分かった。


俺はそっと近づき、耳をすませた。


「はい……その男は発表の通り謹慎処分になっています。……ええ、そのためもう池袋には居りませんので、ご安心を。……ではまた。」


電話の相手が誰かはわからないが、確実に俺の話をしていることがわかり、動悸が早くなった。


先ほど沸いた疑念が頭の中で成長するのがわかる。


御厨は静かにスマホをポケットへ戻し、「フォーラム…か…」と言いながら、ほんの短い溜息を漏らした。


それだけの仕草なのに、まるで何かを片付けたような空気が滲んでいたように感じる。


御厨の「謹慎処分の発表通り」という言葉も含め、今の会話は俺が謹慎すると誰かが安心するというように聞こえた。


この言い方は、『俺が現場にいないこと』を喜ぶ誰かが確実に存在するという口ぶりだった。


俺がそう考えを巡らせていると、御厨がゆっくりとこちらへ振り返ろうとした気配がした。


俺は咄嗟に、休憩スペース横の衝立の影へ身体を滑り込ませた。


心臓が痛いほど脈打っているのがわかる。


規則正しい足音が俺の横を通ったが、俺には気づかずに去ってしまった。


俺は、足音が遠ざかるまで、微動だに出来なかった。



御厨が去ってから1分程度だろうか、ようやく息をつけたため、俺は再び考えながら特務捜査係の部屋へと足を向けた。


もし、資源庁の誰かが捜査情報を事前に把握していたとしたら、それは御厨の動きと、奇妙に一致する部分がある。


もちろん、御厨が直接情報を流したとまでは言えない。


だが、仮にそうだった場合は、辻褄が全て合う気がした。



行方不明者をLUXEで使っていた資源庁が、山崎が男性DBの照会をしたことで捜査を察知し、御厨に調査を指示する。


捜査を中断させるより、御厨自身がにハンドリング出来るように山崎に便宜を図り、逐次捜査状況を報告させる。


その後、LUXEの4人と内山みのりに罪を全部着せて事件解決させれば資源庁のダメージは極めて小さい。


そもそも、ヘリコプターの準備、記者のプレス発表等、未来視に近い根回しだ。


それをしてもなお、未だに世間の評価は内山みのり1人が悪者で、彼女がランク改ざんをして、LUXEで男性セラピストを監禁した上、違法風俗で荒稼ぎをしていたことになっている。


甘南備が人身売買オークションを運営しているらしいことを裏付けていたら、俺を署の防犯に飛ばした。


タイミングは皆が出張に行っており、声を上げられないタイミングだった。


そして池袋署に転勤したことなど公になっていない俺が、水越との写真によりSNSで炎上騒ぎでの謹慎処分。


俺は、そのあまりに作為的すぎる経緯に身震いし、これ以上、捜査情報が利用されるのを見たくなかった。


「……皆に伝えないと。」


その一言は、ほとんど無意識に口をついて出た。


しかし、確かにそう決意し、俺は特務捜査係の部屋のドアに手をかけた。

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