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1/96〜男女比1:96の貞操逆転世界で生きる男刑事〜  作者: Pyayume
第七章「潜流」

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第97話「中村英子:再起の裏で」

5月19日、午後3時57分。


佐藤が異動してから1週間が経った今日は、監禁罪で逮捕されたLUXEの4人の勾留満期日だ。


LUXEの4人は監禁罪で起訴、さらに私達は詐欺罪で再逮捕した。


私は内山いまりの再逮捕事実についての弁解録取を終え執務室に戻った。


「中村主任お疲れ、内山の弁解録取書見たけど、もう完全に認めてたね。」


そう言って山崎が親指を立てて来たが、私は愛想笑いで返すことしか出来なかった。


胸のどこかでは、山崎の言葉が空を切るような物足りなさが残っていたためだ。


佐藤ならどう受け止め、どう判断するだろうか、その答えが欲しかった。


係長達が出張から戻ってきた時に、「佐藤主任はきっと戻ってくる。むしろ池袋でこっちにも池袋にも成果になることをやり遂げてくるさ。」と言っていたが、私は本気になれなかった。


警察署はそんなに甘い勤務ではない。


通常業務もある中で、次々に入る110番に右往左往しながら、まとめ方を見極め、部下を育成しながら、対処していく。


時間がいくらあっても足りない。


毎日何かに追われ心身ともにボロボロになる。


『便りが無いのは無事な証拠』なんて諺があるけど、警察官にとってそれは当てはまらない。


きっと佐藤はモチベーションも下がり、肉体も疲弊しているんだろう。


後藤が伝手を使って聞いた話では、精気なく出勤しており、周りからの好奇の目にも晒されているらしい。


警察署に勤務する男性なんて居なかったんだから、そうに決まっている。


そんな異動にGoを出した上層部にも腹が立つ。


でも、1週間経っても連絡が無いのは流石に心配だった。


「そういや誰か、佐藤から連絡が来たものはいるか?」


部屋の中で山崎が声をかけるが、手をあげる人はいなかった。


「誰か一度連絡した方がよくない?池袋の知り合いからは、かなり浮いてて腫れ物扱いになってるって聞いてるよ。」


後藤の言葉を受け、山崎が腕を組み、眉間にしわを寄せ始めた。


「私、メッセージ送ってみますよ。」


私は自然に手をあげ、提案していた。


「ちょうど、起訴日でもありますし、詐欺での再逮捕もしてます。話のネタにはなるでしょうし。」


「いや、一応所属外の人間だから再逮関連は伏せよう。それで何か様子を伺うメッセージにしてほしい」


山崎の提案に私は頷き、スマホでメッセージを打ち始めた。


<佐藤さん!お久しぶりです!といっても一週間ですが、調子はどうですか?新しい所属には慣れましたか?こちらは佐藤さんが居なくて寂しい毎日を過ごしています。で、本日>


ここまで打って、流石に慣れ慣れしすぎると思い、メッセージを削除した。


そのまま10分程頭を悩ませ、最終的には可もなく不可もないメッセージに仕上げた。


<無事、LUXEの4名は監禁と国家資源毀損で起訴されました。再逮捕等の情報は保秘の観点から伝えられません。ただ、間違いなく佐藤さんのおかげです。ありがとうございました。>


こんな感じなら、返事がありそうだと思い送信ボタンを押した。


緊張というより、何か背中を押してしまったような妙な感覚。


スマホを伏せながら深呼吸したが、心臓の鼓動はしばらく落ち着かなかった。


「……返ってくるかな。」と、私が思わず呟くと、後藤がそれに気づき、少しだけ笑った。


「あいつは……男とは思えないほど強いから、きっと返してくれるさ」


「そうだといいんですけど」


そう言いながらも、どこか不安を覚えた。



私が感じた不安通り、その日に返事が返ってくることは無かった。


---


5月20日、午前7時42分。


「おはようございます。」


眠い目をこすりながら、部屋に入ると既に山崎と後藤は出勤していた。


後藤は今日も佐藤が座っていた席の机を拭いていた。


出張から帰ってきた日から『いつ戻って来てもいいように』と言って、毎日拭き掃除をしている。


それを皆知ってか、佐藤の席はそのまま空席となっていた。


「中村主任おはよう、何か眠そうだね。」


そう言いながら、山崎がブラックの缶コーヒーを投げてくれた。


突然のことに驚きながらも、何とかキャッチできた。


私は「ありがとうございます。」と言い、一口飲むと苦みで少し頭の重みが取れた。


「なに?あいつと夜通し話し込んで眠れなかったとか?」


後藤がいつもの調子で笑いながら聞いてきた。


「その逆。いつでも連絡返せるように待ってたら朝日が昇ってたんです。」


佐藤なら短文でも返信が来ると思っていただけに、アテが外れて気分も沈んでいた。


報連相はきっちりする佐藤らしく無い対応に、不安もよぎる。


まるで送信した文字だけが宙に浮いたようで、まだ気持ちは落ち着かない。


「そんな調子で今日の取り調べ大丈夫か?」


山崎の心配そうな声が聞こえ、私は苦笑した。


「……頑張ります。今係長からコーヒーも頂きましたし。」


そう言いながら席に着き、端末を立ち上げたが頭は重く、胸の奥にはざらつきがあるような感覚が支配していた。


佐藤からの返信が無いのは、『忙しい』とか、『疲れている』とか、そういうレベルじゃない何かを感じている。


「……やっぱり、本部から外れたの……ショックだったんだろうな…」


そんな私の呟きは、朝の執務室には響かなかった。


---


同日、午後11時12分。


業務を終えて家に戻り、シャワーを浴び、ようやく布団に入った私は、スマホの画面を何度も確認した。


通知も無く、冷たく沈黙しているスマホを眺めて諦めかけていたその時、突然スマホが震えた。


私は、反射的に体を起こして、半コールも立たないうちに通話ボタンを押した。


「中村です!」


思わず飛び出した私の声から少し間があって、佐藤の声がした。


『……連絡せずにすみません。中村さん。調子はどうですか?』


その声は、聞き慣れた佐藤の声なのに、どこか掠れていて、少しだけ遠かった。


「佐藤しゅ…係長!ずっと連絡がなくて心配で……」


声がうわずったことが情けないと思いながらも、止められなかった。


すると、佐藤は少し息を吐くように言った。


『……着任してから色々あって、少し話しづらくて。ただ、もう大丈夫です。中村主任、お時間大丈夫ですか?』


「もちろんです。何でも言ってください。」


力を込めて返すと、佐藤は短く息を呑んだような気がした。


『……今日、池袋防犯協会の会長さんと話をしました。池袋の住人の間では、甘南備が怪しいことをしてるんじゃないかという話があるそうです。』


甘南備は捜査本部の裏付けが全然進んでいない場所だ。


肝心の内偵捜査に人が割けない状態で、このままだとオークション同日に強制捜査が危ぶまれていた。


「……住人からの訴え出ですか、具体的には何があったんですか?」


布団の上で膝を抱え、スマホを握る手に力が入った。


佐藤は一拍置いて、低く、慎重に言葉を紡いだ。


『……今日、池袋防犯協会の会長さんと話す機会がありました。住人の間で甘南備が不審だという噂が出ているらしいです。』


「噂ですか……?」


私は思わず布団の上で背筋が伸び、指先に汗がにじむ。


佐藤が淡々と、甘南備への荷物の積み下ろしの話や、ワゴンが止まる話、大原が地域との関わりを絶っている話をした。


「深夜に荷物、それに定期的なワゴンですか。甘南備で薬漬けにされた後、オークション会場に運ばれてる…とか…?…それがバレたく無くて大原は地域との関係を絶っていると?」


『私もその可能性があると思ってた所です。』


大原麻子は、PMDAの大原芥子の娘であり、PMDAは交配能力関連の薬や医療機器の関連で資源庁にも繋がりがある。


弁天島の薬は科捜研で鑑定中だが、あれが認可外の薬で資源庁お墨付きの密輸だという線もある。


知ってはいけないような線が、頭の中で一本につながる気がして、私は息を呑んだ。


そして、佐藤はさらに声を潜めた。


『……そして、甘南備の従業員についても話が出ました。男性の店員がちらほらいるらしいんですが……入れ替わりが激しいそうです。』


「入れ替わり……ですか?」


『ええ。昨日見た若い男が、今日はもういないとか、そんな話が常態化しているようです。』


私は言葉を失い、先ほどのシナリオにオークションの商品がどのようにキープされるかを知った気がした。


『……中村主任、ここまで来たら、リスク覚悟でしっかり内偵したほうがいいと感じました。』


私は布団の上で静かに膝を抱え、深く息を吸った。


「……分かりました。ただ正直、こちらでは要員調整が難しく、しっかりとした張り込みが出来そうに無いんです。でも、この情報は無駄にはしません。」


佐藤は、少しだけ黙った後、ゆっくりと息を吐いた。


『……そうでしたか。…中村主任、私は池袋の防犯係長です。その職責は住人に寄り添い、不安を解消することです。つまり…』


「つまり?」


『防犯担当として、きっちり成果を上げますよ。』


その言葉が何を言わんとしているか分かり、私は思わず涙ぐんだ。


彼はどこにいても彼なんだと、真面目で前向きで言い訳はせず、成果を上げる。


場所は変わっても、信頼できる最高の警察官なんだとわかる。


「…ありがとうございます。本当に。」


『判明したらすぐ連絡しますよ。では、また。』


佐藤との電話が終わり、スマホには午後11時39分と表示されていた。


私は眠気など完全に吹き飛んで、スマホを静かに握り締めていた。

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