国王暗殺
「ヘラルド王が……亡くなったぞおおおお!」
そう誰かが叫んだ。
その凶報は瞬く間に、スレイヤ王国中を駆け巡った。
スレイヤ王国国王、ヘラルド四世の崩御は多くの人に喝采と共に受け入れられた。
「なんで死んだんだ? 病気か?」
「あいつが病気なんかで死ぬとは思えねえよ」
国民皆がその凶報をネタに盛り上がっており、とても国王が死んだとは思えない。
「噂だけどよ。殺されたらしいぜ?」
「殺された? ヘラルド王の警備は大陸一で有名だっただろ。ありえねえよ。」
「なんでも構わねえよ、あの国王が死んだのならよ! これで少しは生活が楽になるぜ!」
国民が好き勝手話している一方、王城は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「ヘラルド王が……殺された!? 近衛兵と宮廷魔術師達は何をやっている! そいつ等の命だけで済む問題ではないぞ!」
怒った様子で登城したのは、豪奢な服を纏ったスレイヤ王国騎士団長である。
「大変申し訳ございません……今でも信じられません。確かに、王の寝室は十人以上の近衛兵が守備していたのです。全く音もしなかったため、いつ殺されたのかも……」
そう真っ青な顔で答えるのは王の寝室を警備する近衛騎士警備長である。
王国の盾と言われるほどの優秀な騎士の集まりである近衛騎士は、蟻一匹すら通さないと評判であり、この日も寝ずの番をしていたはずである。
「状況を簡潔に教えろ」
「朝、いつもの時間にお目覚めにならない王を心配した侍女が扉を開けたところ、既に……。死因は刃物のようです」
「誰か手引きしていたのではないのか?」
そう言ったのは、スレイヤ王国の宰相である。内部犯の線を疑っての言葉だった。
「それはありません。近衛兵は二人一組で護衛しておりますし、寝室に入るには最低でも二組以上の前を通らねばなりません。宮廷魔術師の結界も常時展開されています」
「なら、お前達近衛騎士と宮廷魔術師が共に裏切ったということか?」
「それはないな」
騎士団長の言葉を聞いて、顔を出したのは首席宮廷魔術師エルデイン。
数十年以上にわたって王国の魔法面を支えた国の重鎮である。
「なぜそう言えるのか教えて頂けますかな? エルデイン殿」
「王を守るこの結界は複数人でしか展開できんものでなあ。しかも誰か一人でも怪しい行動をとればすぐさま儂が察知できるようになっておる。だが、昨日は何ひとつ察知などできなんだ」
「なら、いったい誰が……」
騎士団長は頭を抑えて、呟く。
何が起こっているのか、全く分からなかったからだ。
「『死神』……」
そう、真っ青な顔で宰相が呟いた。
「ラモール? なんですかな、それは」
騎士団長が尋ねる。
「私は使ったことはないが、聞いたことがある。世界一と言われる暗殺者組織『アスガルド』の中でも、最高傑作と言われるその暗殺者はその恐ろしい腕から『死神』と呼ばれておるのだ。音も、気配すら、痛みすら全く感じさせずに標的を死に追いやるその芸術的なまでの腕からな」
「アスガルドの名は私も聞いたことがある、がまさか本当に可能なのか? この国トップの近衛兵の警備も、宮廷魔術師の結界も全てすり抜けて、王を殺すなど……そんな絵空事が」
「……結界に異変がないかずっと調べておったが、ほんの僅かに結界を書き換えた痕跡が見える。おそらく誰かが結界をすり抜けておる」
エルデインが苦々しそうにそう呟いた。
「『死神』……アスガルドの最高傑作。だが、そんな化物が居るのであれば、我々はどう、守ればいいのだ……!」
絶望した顔で、警備長は叫ぶ。
その悲痛な叫びに誰も答えられなかった。
ヘラルド王の死因は、結局病死と発表された。
直前まで元気な姿を多くの者が目撃していたこともあり、多くの憶測を呼んだ。
だが、その真実は歴史の闇に葬られた。
まさか、一人の少年によって暗殺がなされたとは、誰も思わなかったからだ。
山奥に一つの孤児院があった。
生い茂る森を超えた先には、石造りの重厚な施設が立っている。
孤児院というより、どこか軍事施設のような趣が感じられる。
その施設内にある大きな吹き抜けの一室に、一人の少年が呼ばれていた。
「今回の任務、ご苦労であった。大変であったか?」
そう少年に声をかけたのは、長身痩軀の壮年男性である。
「ありがとうございます。いつもと変わらぬ任務でした」
少年は跪いたまま、淡々と答える。
「そう言えるのはお前くらいなものだ。あの鉄壁の警備を超えての暗殺など、この『アスガルド』内でもお前しかできまい。なあ、『死神』よ」
男はそう言って笑う。
孤児院は表向きの姿でしかなく、その正体は大陸一と言われる暗殺者養成組織『アスガルド』である。
才のある赤子を世界中から攫い、幼い頃から暗殺者として育てることで精鋭を生み出している。
その手腕は見事なもので、アスガルドはどの国でも上層部はお世話になるほどの組織に成長した。
アスガルドの上位陣は皆、世界の頂点とも言える実力を持っていたが、その中でも頭抜けた存在が居る。
それこそが『死神』と呼ばれる少年である。
「お褒めの言葉ありがたく。ですが、里長よ……なぜ、周囲を囲まれているのですか?」
少年は眉一つ動かすことなく、里長と呼ばれる男性に尋ねる。
「お前の実力は素晴らしいな。アスガルドの長い歴史でも、お前程の才能は居なかっただろう。暗殺不可能と言われていたヘラルド四世の暗殺。お前以外では決してなしえなかった。
だが、お前は凄すぎた。警備を固めて居れば自分は大丈夫と思っていた各国上層部が、今回の件でアスガルドに恐怖を覚えたのだ」
「アスガルドの次の標的は俺、という訳ですか」
少年は自分の命が狙われていることに気付いたにも関わらず、全く表情が動かない。
アスガルドの徹底した命がけの訓練は彼から感情をいうものを奪った。
「ご名答。うちはあくまで暗殺集団。国と正面からぶつかったら勝てはしない。なので、お前の首を持って安全を証明し、金を貰うわけだ。光栄だろう? お前一人のために上位十人全員を集めた」
里長の言葉と共に、周囲に潜んでいた十人の暗殺者が姿を現す。
誰もが淡々と獲物を狙うような顔で少年を見つめていた。
「序列一位は俺だから、上位十人は間違いだ」
少年はそう言うと、愛刀を抜く。
次の瞬間、周囲を囲む十人の暗殺者が一斉に少年に襲い掛かった。
姿は見えず、ただ剣戟の音と爆発音だけが響き渡る。
常人では何が起こっているか、すら理解できないだろう。
十分ほどに及ぶ戦闘の後、そこには十人の死体が横たわっていた。
「まさか……上位十人が同時にかかっても倒せんとは……」
里長は静かに唾を呑んだ。
「あんたが言ったんだろう。俺以上は居ないって。じゃあな」
少年は先ほどまで跪いていた里長の首を躊躇なく刎ねた。
(上位陣はだいたい殺したが……騒ぎになる前に逃げた方がいいな)
そう考えた少年は、すぐに孤児院を出た。
(流石に血を流しすぎた。早く逃げないと……)
少年の腹部からは血が溢れ、服は真っ赤に染まっている。
いくら死神と言われる少年であっても、精鋭十人との戦いは楽ではなかった。
少年は刺された部位を無理やり火で焼いて塞いで進む。
そこで少年は気付く。
(どこへ逃げたら……?)
自分には戻る場所も、行きたい場所も何もないことに。
少年はしばらくあてもなく走り続けた後、気を失った。
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