第9話 『第2層クリア』
怒りの瘴気を纏った獣が咆哮を上げる。
「来るよ!!」
アコウが叫び、ミコトが横っ飛びで回避する。
床が割れ、黒い火花を散らして爪が振り下ろされた。
空気そのものが尖っている。触れたら切れそうなほどの、濁った憎悪。
「なにこの空気……殺気だけで息詰まる……!」
「“怒り”が具現化してるんだよ、多分……!」
アコウは剣を構え直す。
ミコトも短剣を構えるが、手が震えていた。
さっきから、何度も見せられている。
“あんたって何がしたいの?”
“結局、人の顔色ばっか見てるだけじゃん”
“本当は誰のことも信用してないくせに”
「……うっさいっての!!」
怒鳴りながら、ミコトが突っ込んだ。
短剣を滑らせるように獣の脚へ――が、弾かれた。
「硬ッ!? なにコレ!?」
「攻撃が浅い……!」
その瞬間、獣の尾がしなる。
――ブンッ!!
「ミコトッ!!」
アコウが跳び込み、ミコトを抱きかかえて転がる。
ぎりぎりで直撃を回避。
「……っ、なにやってんのよアンタ! 危ないでしょ!」
「助けたんだってば!」
「別に助けられたくなかったし!」
「じゃあ死ぬの!?」
「それは嫌だけど!」
口論しながらも、2人は起き上がる。
息を整え、視線を交わす。
「……もう、わたし全部ムカついてる」
「……わたしも」
静かに、でも確かに。
怒りは、ただの破壊衝動じゃない。
伝わらなかった想い。言えなかった本音。
それを押し込めて、腐らせて、ずっと黙ってきただけ。
「ぶつけてやろうよ、全部。あいつに」
「アンタにじゃなくて、ね」
「うん。アンタは……あとで文句言うから」
「言うんかい」
二人が同時に駆け出した。
ミコトは前へ――敵の死角に滑り込み、足を払う。
アコウは上へ――空中で一回転しながら、剣を振り下ろす。
「“夢を笑うな”!!」
「“器用って言われたくなんかないのよ!!”」
怒りの叫びとともに、
アコウの剣が、ミコトの蹴りが、獣の身体に食い込んだ。
獣は、悲鳴も上げずに崩れた。
怒りの瘴気が晴れ、空間が静寂に包まれる。
肩で息をしながら、二人は立ち尽くした。
「……やった、のかな」
「多分ね」
「っていうか今のセリフ、ちょっとカッコつけてなかった?」
「は? そっちこそ、気合い入れすぎ」
お互いに、ちょっとだけ笑った。
怒りは消えない。でも、少しは軽くなった。
それは、誰かにちゃんとぶつけて、受け止めてもらえたから。
ダンジョンの奥で、淡い光が差す。
“第2層 クリア”
そのメッセージが宙に浮かんで、ゆっくりと光に変わっていった。