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第72話 『古びた扉の向こうに』


 古びた扉の向こう、空気が変わったのをアコウは感じた。

 ひんやりとした静寂。閉ざされた空間特有の圧力が、肌にじわりと染み込んでくる。


 


 ミコトが一歩後ろからついてくる気配を確認し、アコウは慎重に足を踏み出した。


「……ここが、第5層」


 


 眼前に広がるのは、石造りの広間だった。

 天井は高く、壁面には意味のわからない図形や古代語のような彫刻が並んでいる。

 正面には、三枚の扉。そして、それぞれの前に一つずつ置かれた鍵。


 


 ──赤、青、黄色。


 


「どれかを選ばないと、進めないってことか」


 


 アコウがつぶやく。返事の代わりに、ミコトが一歩前に出た。

 彼女の視線は鋭く、まるで何かを見極めるようだった。


「ここ、罠がある。たぶん、間違った扉を選ぶと……何か起きる」


 


 アコウは頷いた。これまでの層もそうだった。

 “選ばせる”という構造には、常に代償が伴う。


 しかし今回、いつもそばにいた存在がいない。


 


 ──ユウはいない。


 


 ヒントも、導きも、気配すらなかった。

 その不在が、いつになく重く感じられる。


 


「……自分たちで判断するしかないんだね」


 


 アコウは、目の前の鍵を見つめた。

 どの扉が正解か、ヒントらしきものはどこにもない。

 直感で選ぶには、リスクが大きすぎた。


 


「でも……」


 ミコトが口を開く。少しだけ、言葉を探すように間を置いてから。


「私たち、ここまで来た。ユウがいなくても、進むって決めたんでしょ?」


 


 その一言に、アコウの中の迷いが少しだけ薄れた。

 覚悟を問われている気がした。


 


「うん。決めよう。正面の、青い扉にする」


「理由は?」


「……一番冷静に見えた気がしたから」


 


 それは根拠とは言えなかったが、判断に必要だったのは迷わないことだった。

 鍵を取り、扉に差し込む。重厚な音とともに、ゆっくりと開いていく。


 


 その先に広がっていたのは、静まり返った長い回廊。

 視界の奥、かすかに揺れる青白い光。


 


「……行こう、ミコト」


「うん。どこまで行けるか、確かめよう」


 


 二人の影が、光の向こうへと吸い込まれていった。


 


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