第5話 『夢を見ている途中』
『夢とか、言えんし。てか無理だし。』
次の日の朝。
「……学校、だりー」
アコウは眠そうに制服のリボンをいじりながら、駅へ向かっていた。
昨日の“ダンジョン観覧車バトル”の疲れが、どっと残っている。
「まじで筋肉痛だし……いや、そもそも夢の中で筋肉痛になるのおかしくね!?」
登校ラッシュの電車。ぎゅうぎゅう詰め。
目の前のおじさんが、寝息を吹きかけてくる。
「やっぱりこっちの方がよっぽど地獄」
教室に着くと、いつもの空気が広がっていた。
「アコウ、遅刻ギリギリだったじゃん!」
「またゲームやって寝不足でしょ~?」
友達が軽く声をかけてくる。
アコウは、いつもの調子で笑って答えた。
「いやー、昨日は異世界バトルしてて寝れなくてさー」
「は?」
「あ、うん、あの、RPGの話……てへっ」
席に着くと、机の中には昨日入れておいた**「夢のノート」**があった。
いつもなら持ってこない。
でも、今日はなんとなく入れてみた。見せるつもり……だった。
「いやでもなー……」
こっそり引き出しを開けて、中を覗く。
ペラペラの紙に描かれたヒーローの絵。線がガタガタ。恥ずかしい。
「やっぱ無理。これ、人に見せる勇気はまだないわ」
その時、後ろの席の女子・ミコトが声をかけてきた。
「アコウ、最近なんか……変わった?」
「へっ?」
「なんか、目がちょっとマジっていうか、前よりギラついてる」
「マジって何!? 怖い!アイライン濃すぎただけじゃない!?」
「ふーん、じゃあ気のせいかな。ま、あんたはいつも変で安心する」
ミコトはそう言って前を向いた。
アコウは少し口を開けて、ぽかんとその後ろ姿を見ていた。
「……変わった、か」
自分ではそんな気しなかったけど、誰かに言われると、ちょっとだけ嬉しい。
窓の外は晴れていた。
昨日、ダンジョンの観覧車から見た景色とはまるで違うけど――
今日も“何かを変えるチャンス”は、案外どこにでも転がってるのかもしれない。
「……よし、昼休みにちょっと描こ。ノート、開くだけでも」
アコウは、こっそりと机の中でペンを握った。
そしてその時――スマホが震える。
《本日20時、夢の怒り層が開きます!ご参加お待ちしてまーす》
「お前またメールかよ!!」
「アコウちゃん? なに一人でブチ切れてんの?」
「いや、ちょっと変なメール来ただけ!」
コメディと現実と、少しの成長。
今日も彼女は、“夢を見てる”途中だった。