第3話 『未来の自分』
観覧車は、音を立てながら不気味に回っていた。
アコウはそっと乗り込む。ドアが閉まり、世界がゆっくり上昇していく。
「すごいね、あの高さ。落ちたら死ぬやつだ」
ユウは隣の席でのんきに言った。
ケモミミのくせに、揺れにも強い。
「どうせ夢見るだけで死ぬとか言ってた世界だし、今さらだよ」
「お、それちょっとカッコいい。でも死亡フラグっぽい!」
「やめろ!!」
観覧車が頂点に達した瞬間、目の前の座席に“誰か”が現れた。
それは、アコウ自身だった――
髪は乱れ、目は虚ろ、スーツ姿でコンビニ袋をぶらさげている。
「誰よこれ。私!? なんか負けた顔してる!!」
「うん。夢を完全に捨てて、超安定志向に染まった未来の君」
「まって、ダメージでかい!あたし将来こんな!? 湿気た豆腐みたいな目してる!!」
「正確には、夢を馬鹿にすることで自分を保ったアコウだよ」
未来アコウは言った。
「夢なんて、どうせ叶わない。現実は、やりたくないこと我慢してやってくもんでしょ?」
「……それ、誰かに言われたの?」
「違う。自分で気づいたの。“期待しなければ、傷つかない”って」
アコウは目を見開いた。
その言葉は、自分が何度も繰り返してきた呪いだった。
「……それ、ずるいよ」
「ずるい?」
「夢が叶わないからって、夢見るやつ全員バカにするの、逃げてるだけじゃん!」
未来の自分が、立ち上がる。
スーツが闇のように染まり、巨大な書類の山が剣となって腕に変わった。
「バカにされたのが、どれだけ悔しかったか知ってる?」
「知ってるよ!! 私だから!!」
アコウの剣が光る。
ユウが叫ぶ。
「いけー!主人公っぽくなってきたぞー!」
「茶化すなー!!」
観覧車の中で、過去と未来の自分が激突する。
紙の剣と、光の剣がぶつかり合い、火花を散らす。
書類の束が渦を巻き、夢のかけらが空に舞う。
――でも、その中で、アコウは一瞬だけ目を閉じた。
「私は、ほんとは――」
かすかに、小さな声で。
「まだ……夢、見たかった」
その瞬間、光が観覧車を包み込んだ。
未来アコウは、目を見開き、少しだけ笑った。
「じゃあ、もうバカにしない。……せいぜい、夢見てなさいよ」
静かに、消えていった。
そして、観覧車の扉が開いたとき――
「おめでとー! 第一層クリアー!」
ユウが両手を広げて叫んでいた。
「ごほうびはこれです!アコウ様専用の、夢の剣・改!」
「ネーミングセンスが小学生か」
アコウは剣を見つめる。
それは、前より少しだけしっかりしていて、
刃の根元には、小さなペンのモチーフが刻まれていた。
「……マンガ、描いてみようかな。ちょっとだけでも」
ユウは笑った。
「そっか。なら、次の階層へ進もう!」
「えっ、まだあるの!?」
「あるよー!第二層は『怒り』だよー!」
「いやあたし今ちょうど怒ってるわお前に!」
「いい傾向! 感情が強いとダンジョン進むよー!」
笑いながら、アコウはユウを殴った(軽く)。
そしてふたりは、次の階層へと続く光の階段を上がっていった。