遊園地?お化け屋敷かもしれない
「……ホラーじゃん」
アコウは肩をすくめて、錆びた観覧車を見上げた。
地面には笑ったピエロの看板が転がっている。よく見たら歯がギザギザだった。
「うわ、絶対これトラウマ系ボス出るやつでしょ」
「うん、夢を捨てた人たちの“夢の残骸”っていう設定らしいよ」
「うわ説明がエモい。でもここだけ本気出さなくていい」
足元から、ヒョコッと何かが飛び出した。
「おわ!? なにこのキャラ!?」
「夢を諦めた者のなれの果て、ユメダマちゃんです」
それは、全身がドロッとしたスライムのような物体で、
中に“履歴書”“受験票”“日記帳”といった人生の残骸が混ざっていた。
「やば、リアルで攻めてくるタイプだ」
「ちなみに喋ります。『ムリ…どーせムダ…ねむい…』って」
「うわ!高校生の朝5時くらいのテンションじゃん!」
襲ってきたユメダマを、アコウは反射的に剣で一閃した。
――でも。
「やめて」
その声がした瞬間、手が止まった。
ユメダマの中から、小学生の頃のアコウが顔を覗かせていた。
『漫画家になりたいって言ったら笑われた。だからやめた』
『だって、才能ないし。ムリだもん』
ドロドロに溶けた“自分”の声が、脳に直接響く。
「……」
「これは“夢の残骸”じゃなくて、“捨てた夢の自分”だよ。倒してもいいし、向き合ってもいい」
ユウの声はいつになく静かだった。
アコウは剣を握りしめたまま、一歩、ユメダマに近づいた。
「ねえ。あんた、私なの?」
『うん。夢見てバカ見て、黙ったフリして、自分から引いた私』
「そっか」
アコウはしゃがみこんで、ユメダマの頭をぽんと撫でた。
「でも、今こうして剣持って、わけわかんない世界で戦ってる私が、ちょっとはカッコいいでしょ」
『……わかんない』
「わかんなくていい。でも、ちょっとだけ、続き見てみたい」
ユメダマの目が少し潤んで、すぅっと消えた。
代わりに、アコウの剣に一瞬だけ模様が浮かび上がる。
それは――小さな星マーク。かつて夢のノートに描いたものだった。
「……成長イベント、入ったね」
「黙れユウ。台無しになるだろ」
けれど、アコウは少しだけ笑っていた。
“本当はまだ夢を捨てたくなかった”
そんな気持ちが、今さらになって、胸の奥でチクチクしていた。
「さあ、次は観覧車よ。ボスっぽいの、あそこにいる」
「まって、戦わせる前にまずホラー克服させて?」
「無理。むしろホラーの中で成長して」
「鬼教官かお前は!!」
観覧車が、不気味にギィィィ……と回る。
中にいるのは、夢を諦めた大人か、子供か、それともまたアコウ自身か。
それはまだ、わからない。