第13話 『ユウの日常』
ユウの日常 – 司書モード、時々バレかけ
図書館の朝は静かだ。
静かすぎて、たまに自分の尻尾が見えた気がしてヒヤッとするくらいには。
「……隠れてるよな、ちゃんと。耳も。うん。完璧な人間」
小声で確認しながら、ユウは返却本の整理をしていた。
職員用カーディガンの下には、ピッチリ固定用のしっぽ抑えベルト(市販品ではない)。
「……これ考えた自分、天才かもしれん……いや、悲しい天才か?」
独り言が止まらない。静寂な図書館にぬるっとこだまする。
そこに、ふらっと現れたのがアコウだった。
イヤホンをしたまま、制服姿で。ちょっと猫背で、見るからに「勉強以外の理由で来ました」感が強い。
そして目が合う。――いや、正確にはユウが“ガン見”してた。
「……また来た、例の子」
最近よく見る。毎回、夢とか自己啓発っぽい棚ばかり漁ってる。
「なんなんだろ。夢で世界征服でも狙ってんのか……」
思わず呟いたそのとき。
「え、何か言いました?」
まさかの聞こえてた。
「……いえ。司書特有の呼吸法です」
「それ、しゃべってるだけじゃ……?」
「……さすが、観察眼鋭いね。職業、探偵とかどう?」
ユウ、あせる。図書館というより、汗か館。
その後もアコウはふらっと文庫棚へ。
手にしたのは『夢をあきらめないための100の方法』。
背表紙にはキラキラしたフォントで「あなたも明日から覚醒!」とある。
(うわ〜〜〜買う気ゼロの人が読むやつ……!)
だが、アコウはパラパラと数ページめくると、ため息をついて棚に戻した。
「……いや、読まないんかい」
思わずツッコミそうになったユウだが、必死で飲み込んだ。
本棚に隠れながら、じりじり後退。
(やばい、普通に興味出てきてる……! これ、あれだ。夢の匂いだ)
司書モードのスイッチがカチッと入る。
が、そのとき。
カウンターで誰かが「本の返却お願いしまーす」と呼ぶ。
「……はぁい、いま行きますぅ!」
声が裏返った。
アコウがまたチラッと見た。ユウ、心臓が止まりかける。
午後。
アコウは何も借りずに帰っていった。
だけど、その背中を見送りながら、ユウは静かに笑う。
「……あの子、近いうちに“あそこ”に来るな」
そう予感しながら、カウンターの下でそっとしっぽをなでる。
「その前に、しっぽバレだけは……マジで気をつけよ……」