第11話 『帰り道』
ダンジョンを出た途端、夕焼けの匂いが鼻をくすぐった。
生ぬるい風。遠くでセミの声。現実世界に戻ってきたのに、足元はまだ浮いているような気がする。
ミコトは、アコウと別れて一人歩き出した。
住宅街を抜ける帰り道。制服の袖を引っぱって、ふと自分の手のひらを見つめる。
「……おかしいのよ」
声は誰にも届かない。けれど、頭の中では誰かと話しているみたいに思考がぐるぐると回る。
「アコウの“ダンジョン”なら、彼女の心の中にあるものでしょう? それなのに、なんで私が、他人である私が入れたの?」
あの場にいた理由は、ただ後をつけていたから――それだけのはずだった。
けれど、普通の人なら、あの“裏の扉”すら見えなかったはず。
「ユウって子は、うやむやに笑ってたけど……。
“繋がってたからじゃ”とか“気になってたからじゃろ”とか、適当なこと言って……」
でも、それって。
「つまり、私が……アコウの“夢”に引っかかったってこと?」
言葉にした途端、胸の奥が少しだけざわめいた。
誰のでもない、自分自身の心が、アコウに反応していた――そんな実感。
「……まさかね」
けれど、あの世界に入れたこと。戦えたこと。
そして何より、自分の中にも“消えてない夢”があったことが、証明していた。
「わたし、まだ……終わってないんだ」
遠くに自宅の明かりが見える。
ミコトは息を吐いて、歩くスピードをほんの少しだけ緩めた。
「アコウ、次もあの場所に行くつもりでしょ」
なら、次は――
「ちゃんと聞かせてよ。あんたが何を夢見てるのか、何を信じてるのか」
ミコトはそうつぶやいて、ただの帰り道をまっすぐに進んだ。