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老衰のない世界

 ある日、自宅でなんとなくネットを眺めていたらこのような記事が目に入った。クリックするとAIがそれを自動的に読み上げてくれる。

 

 『――老衰をなくす医療の成果。

 自らの細胞のクローンで製造した臓器の移植手術が成功した。被験者は自ら名乗り出た内生蔵猛うちうぞうたけるさん(96歳)で、術後の経過は非常に良好であるという。研究者の言葉を信じるのであれば、この技術により人間の寿命は250歳まで伸びるらしい……』

 

 「へー」と僕は思わず声を上げた。

 そのような技術がある事は随分前から聞き知っていたが、そこまで進んでいるとは思っていなかった。

 “250歳”ねぇ…… 

 凄いとは思うけど、正直、少なくとも僕はそんなに長生きはしたくない。

 そこで、ふと僕は内生蔵うちうぞうという変わったその苗字に覚えがあるの思い出した。知り合いに一人いる。そこまで深く関わった訳じゃないけど、一度だけ一緒に飲んだ事がある。

 そして、酔っていた彼は、僕にこんな愚痴を語ったのだ。

 

 「父親がなかなか死なないんだよ」

 

 酷い話だと思うかもしれないが、彼の境遇を知れば納得できると思う。彼の父親はアルコール依存症な上、躁うつ病を患っており、しかも躁状態の時は暴力を振るう。母親を見捨てられなかった彼は、家に残って家計を支え続けたが、人生を犠牲にするつもりはなく、その選択には「アルコール依存症の父親が長生きするはずがない」という打算があったのだそうだ。

 “父親が死んで、解放されたら、結婚相手を見つけよう”

 そう思っていたらしい。

 がしかし、彼の父親は何年経っても死ななかったのだった。結局、彼は年老いた両親の面倒を見続け、気付くともう結婚は手遅れという年齢になっていた。

 「……ただ、まぁ、流石にかなり高齢になって昔のような元気はなくなって随分とマシにはなっているよ。何か欲しい物があると“金を出せ”って言って来て、断ると罵詈雑言を浴びせて来たりはするけど。

 もう独り身はほぼ確定だけどさ。それでも、あの父親が死んだら、老後は悠々自適に暮らせると思う。それだけが救いだ」

 そのような事を彼は語っていた。

 

 ……もし、このニュース記事の“内生蔵うちうぞう”が彼の父親だとしたら。

 そう思った僕はやや心配になった。それで久しぶりに彼に電話をかけてみたのだ。ところが電話が繋がらない。“まさか”と思って、彼と近しい関係にある友人に電話をかけてみた。

 すると、

 「――知らなかったのか?」

 スマートフォン越しに驚いた声が響いた。

 「あいつは死んだよ。自殺だ」

 それを聞いて僕は愕然となってしまった。

 「ニュースは見たろ? あいつの父親が老衰で死なないって分かってさ。それで絶望して自殺したんだ。父親が死ねば解放されるって思っていたのだろうな……」

 

 “老衰をなくす医療の成果”を称えるニュース記事は、彼の自殺には一切触れてはいなかった。

 それで僕はとても嫌な気持ちになった。更に調べてみたら、神経倫理学の観点から、今のところ“脳細胞の復活”までは、老衰をなくす医療の範疇に含まれていないのだそうだ。

 つまり、いつまでも死なないが脳は若返らない。生産活動に加わってはくれないのだ。これでは医療費も増えるだろうし、現役世代の年金負担も益々重くなる。

 

 ……現役世代は、果たしてどうすれば良いのだろう?

 

 そのような点には一切触れず、“老衰をなくす医療の成果”をニュース記事は称えていた。

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