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憂鬱な狐

憂鬱に暮らす幼い頃に親を亡くした稲村岬は普通の高校生。高校一年生の最後の日。彼女の世界はある出会いと共に一変することとなります。

また朝が来た。重い瞼をこじ開け、体を引きずり起こす。一日で最も骨の折れるミッション。それは「ベッドからの脱出」だ。どうにかそれをクリアし、養母が仕事前に用意してくれた朝食を済ませ、制服に身を通し、身支度を終える。鏡に映る自分を見ると、やはり地味な自分がいた。そして、全ての準備を終え、私は高校へと向かう。今日は一年生の最終日。次に学校へ足を踏み入れる時は、二年生になっている。私の通う学校は、電車とバスを乗り継いで行く必要がある。家を出て、最寄りの駅に着く。電車の改札が近づくにつれて、足取りが重くなる。無理やり自分を落ち着かせ、改札を通り、電車に揺られた。なんとか学校に到着し、近くの席のクラスメイトに挨拶を交わし、ホームルームを終えると、修了式が始まった。そうこうしているうちに、一年生の最後の日が終わった。理由はないけれど、ひどく憂鬱で、家に帰りたくなかったいつもならバスに乗る駅まで、今日はわざと遠回りして歩くことにした。


私は稲村岬。かつては狐里岬とも名乗っていた。両親は、私が三歳の頃、事故で亡くなったらしい。それ以来、母の妹である稲村百瀬が、養母として私を育ててくれている。学校は嫌いではないが、ひどく億劫になる時がある。しかし、周りに心配をかけないように努めている。


「おーい、岬だよな」


そこにあるはずのない犬の尻尾が、ブンブンと揺れているのが見える気がした。茶色の髪に、同じ色の瞳をした、本当に犬のようなやつだ。


「岬!無視すんなよー!」


むっとした顔が、なぜかおかしい。


「ごめん。てか朝陽、今日はどうしたの?学校は?」


戌城朝陽。それが、この犬のような人間の名前だ。朝陽は、東京のよく知らない私立の高校に通っている。寮生活を送っているらしい。幼稚園から小学校、中学校までずっと同じ学歴の幼なじみだ。


「いや、今日こっちに用があって帰ってきたんだ。お前こそ、どうした?ここ、通学路じゃないだろ」


「気にしないで」


私は素っ気なく答える。朝陽は、貴重な気兼ねなく話せる友人だ。友人がいないわけではないけれど、私は警戒心が強い方だと思う。


「俺、こっちだから。じゃあな」


朝陽は手を振り、満面の笑みで去っていった。その後、一人で歩いていると、あまり人通りのない道に入り込んでしまった。別に、そんなに目立つ容姿でもないから絡まれることはないと思うけれど、念のため早足になる。しかし、その時、急に手を掴まれた。目を爛々と光らせた男だった。その男は、ニヤリと笑った。


その瞬間、ある過去の記憶を思い出した。


「怖い人に会ったらこう唱えてごらん。ちょっとまだ難しいかな。でも、覚えておいてね。こうやって指を相手の方に向けて『雪泥鴻爪』ってね」


そう言って父はにこにこ笑った。そうだ。あの頃の私は父のあの笑顔が大好きだった。





「雪泥鴻爪」




私は、魔法のおまじないを唱えた。その瞬間、周りの景色は一変し、誰もいない雪景色に変わった。まだ誰も足を踏み入れていない、ふっくらとした雪が積もっている。私が人差し指を外れ者に向けると、次の瞬間、男は意識を失った。そして、周りの景色は、元の普通の路地裏に戻った。


「へぇ、呪文が使えるんだ?」


目が隠れるほど長く伸びたボサボサの金髪に、大きめのパーカーとジーンズを身につけ、ヘッドフォンを首にかけた、長身の美青年が立っていた。


「次は誰?」


私は、警戒心をあらわにして声を出す。


「こっちのセリフだ」


彼は、からかうように返してきた。


「おーい、杏!外れ者は片付いたか?」


聞き慣れた声が聞こえた。


「なんか知らない女子がやっつけてた」


金髪の男は、ニヤリと笑って言った。


「えっ!岬!大丈夫なの?」


聞き慣れた声の主は、やはり朝陽だった。


「お知り合い?」


金髪の男が、朝陽に話しかける。


「うん。幼なじみ」


朝陽は、当然のように答えた。


「自己紹介がまだだったね。俺は木寅杏。明頼大学附属宗歴高等学校の一年。朝陽の幼なじみなら、同い年かな?よろ!」


木寅と名乗った、髪で目元が隠れたイケメンは、にこやかに話しかけてくる。宗歴高校は、確か朝陽が通っている東京の私立高校だ。


「なんで岬が倒したんだ?」


朝陽は、心配そうな、それでいて何か納得いかないような、複雑な表情をしている。


「さあ、私にもさっぱり」


本当に分からない。父に教えられたこのおまじないはなんなんだろうか。


「この子、狐族だよ」


四階建てのビルの上の方から、甘い声が降ってきた。


「夜半。狐族って、どういうこと?」


朝陽が首を傾げると、影が四階から落ちてきた。しかし、その影は、音もなく地面に着地した。


「この子、化けを強制されている。多分、問答無用と雲散霧消。何者かによって、この二つの呪文を同時にかけられて、ずっとこの狐族相伝の化けの技術を四六時中発動させているんだと思う」


甘い声が、すぐ目の前で聞こえた。目の前には、中性的で、神の使いと呼ぶにふさわしい、後光が差しているかのような美貌の青年が立っていた。男も女も、見惚れてしまうほどの美しさだ。そして、彼は手を差し出してきた。


「辰井夜半だ。挨拶代わりに握手を」


彼は、美しい微笑みを浮かべてきた。もしこの男が女性だったら、世界は滅亡してしまうかもしれない。でも、その微笑みには、どこか寂しげな色が滲んでいた。


「稲村岬です。こんにちは」


私は、無表情でその手を取った。すると、ふわりと、私の外見が変わった。地味な黒髪は、雪のように真っ白で、長く艶やかな髪へと変わり、瞳は翡翠のような色を宿し、肌は色白になり、頬は淡い桃色に染まった。唇は、鮮やかな紅色に変わった。まるで絵に描いたような美少女の出来上がりだ。


「えっ?」


これはどういうことだ?


「やはり。お前は狐里岬だ。この白髪が狐族の証だ」


辰井はにこっと笑った。これは本当にどういうことだ?


「えっ?これ岬?えっ?」


朝陽も混乱しているようだ。


「ていうか、貴方たち何者ですか?朝陽は置いといて、お二方は」


まず、状況を整理しよう。


「俺らの事を説明するなら、まずこの話をしなきゃな。十二支って知ってる?」


木寅が問いかけてきた。


「十二支?はい、知ってますよ。あれですよね。子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の十二支であってます?」


そのこととこの人たちがなんの関わりがあるのだろうか。


「そうそう。正月めっちゃ出てくる動物たち。あれが俺ら」


なるほど…うん?


「何?動物ってこと?」


なんだ、このファンタジックな展開は。


「木寅。それは少し稲村さんには難しいと思う。つまり要するに、十二支は実は人間ってこと」


辰井が説明に入って来てくれた。木寅とかいう人の説明は簡潔すぎて分からない。


「十二支は大昔の十二人の英雄の総称。その子孫が私たちなんだ。私は辰井。ほら、辰という字が入っているだろ。それが証拠の一つだ。朝陽は戌、杏は寅だ。ちょっとした魔法というか呪文が使えて、それでさっきみたいな外れ者を処理しているんだ」


辰井がそう言う。


「じゃあ、私も十二支なんですか?」


呪文も使えたし、なんか化けてたらしいし、父の記憶から見てそういうことなんだろうか。


「いや、それとも少し違うんだよな。君は狐族。十二支ではないんだ。狐だからね」


辰井は美しさを撒き散らしながら言う。たしかに十二支に狐なんていなかった。


「じゃあ、どういうことですか?」


「狐族は黒子の一族の一つだ。黒子の一族とは、十二支ではないものの、呪文が使える一族たちの事だ。狐族の他にも猫族や、狸族なんかがある。黒子たちには十二支とは違う各一族相伝の能力がある。狐族は化けの能力だ」


「ふーん」


朝陽と木寅もあまり知らないらしい。


「はぁ、一年生の授業で出ただろ。テストどうしてたんだよ」


辰井が呆れたように呟いた。


「はい!先生!質問です!」


木寅が元気に手を挙げた。


「先生って…まあいっか。で、どうした?」


「じゃあ、岬ちゃんってなんで、生きてるんですか!」


木寅は、いつもの軽薄な様子だが口から出る言葉は深刻そうだ。


「そこは、私にも分からない。澤巳先生は知ってるかもしれないが、狐族は十三年前滅亡したはずだ。当時三歳の子供が一人であの地獄から抜け出すのは無理に等しい。誰か協力者がいたのか、または外れ者の情けなのか。どちらにしても奇跡が起こったといえるだろう」


辰井でも、私の存在は分からないらしい。


「えーっ、外れ者が情け?あいつらそんなことする?」


木寅は顔をしかめている。


「分からないじゃないか。杏。外れ者の事は一切解明されていないんだから。だから澤巳先生があんな頑張ってるんだろ」


朝陽は木寅をそう注意した。


「ところで、澤巳先生と外れ者って誰?」


今聞いててよく分からなくなってきた。


「澤巳っちは俺らの担任。外れ者はやばいやつ」


やばいやつって…どういうやつなんだろうか。


「やばいやつじゃ分からないって。やっぱ夜半が説明して」


朝陽がきょとんとしている私に気づいたのか、そう言ってくれた。自分の成長には気づかないが幼馴染みの成長は久しぶりに会うとすごくたくましくなった気がする。


「外れ者は、獣に宿れた十二支または、黒子の一族の者だ。たまに一般人でも外れ者になることがある。心の闇につけこんで獣はやって来るんだ。今のところ外れ者は殺すかまたは、拘束するしかない。それほど危険だということだ。外れ者は本当に何も分からないんだ。何も解明されていない。分かっていることといえば、獣が人の心につけこんで来るということくらいだろうか。獣とは呼んでいるもののそれも分かっていない。とにかく分からないんだ。しかし、私たちは学生だから、眠らせたりして本部に連れて帰るのが仕事だ。ところで君はなぜ呪文が使えたんだ?」


辰井は不思議そうな顔をして言った。


「なんとなく父親から教わった記憶があって。おぼろげなんですが、魔法のおまじないだよって教えられました」


私がそう言うと木寅が閃いたというように顔を輝かせた。


「どうせなら、岬ちゃん狐族なんでしょ。宗歴きたら?十二支なんてだいたい親戚か知り合いしかいないし、新しい刺激ってことで!」


そう言って木寅が、電話をかけ始めた。


「えっ」


ちょっと待ってどういうこと?


「いいんじゃないですか?転校生」


電話からそんな声が聞こえた。


「明頼大学附属宗歴高等学校は、狐里岬を歓迎する」


木寅が、ニヤリと笑った。それから、私の人生は大きく動き出すことになる。

初めて書いた物語です。暖かい目で読んで頂けるとものすごく嬉しいです。ゆっくり続けていきたいと思っています。いろいろミスや矛盾点も多いと思いますが申し訳ありません。ですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。これからよろしくお願いします。是非これからも読んでください!

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