7、警告
7、警告
ある地方で虚偽の記載が発見された。きっかけは匿名の一通のメールであった。そのメールの真贋を確かめる為に、調査が行われたが、結果、そのメールが真実である事が確認されていた。どういう事かというと、この地方の首長が学歴を詐称していたのだ。それは、驚きであったが、それ自体それほど問題になるとは思われていなかった。だが、それは思わぬ方向に進んでいく。学歴など本人が一番分かっているのだから、素直に非を認め謝罪していれば、多少の批判はあっても、そのまま続投する事が出来たのでは思われるが、その首長は自分の非を認めず、あくまで記載された内容が真実であると主張していた。その学校からも否定されているにも関わらずだ。ここにきて、この話題は全国的に広がっていく。
「あなたは、卒業されたと仰っていますが、学校側はそうではなく除籍であると言っていますが、どういう事でしょうか 」
記者からの質問にI市市長である久保田早紀子は神妙な顔で答えていた。
「その点につきましては先日、議長を含めた数名の方に卒業証書を確認してもらっているので、学校側の勘違いなのかなと思いますが 」
はっきりと答える早紀子に記者は食い下がる。
「お言葉ですが、学校側が間違えるとは思えません。それに、除籍の者に卒業証書を発行した事実もないと言っていますよ もし、卒業証書を持っているなら、それは問題になりますので是非見せて頂きたいという事です 私も是非見せてもらいたいのですが…… それが勝手に作成された物であれば公文書偽造にも問われますよ 」
記者は食い下がっていたが、結局この件について回答を得る事は出来なかった。
* * *
三条薫とリエは白いハッチバックの車を東海地方に向けて走らせていた。
「あなたの車の趣味には呆れるわね。前から言おうと思っていたけれど、何この古い車。近場なら良いけれど、この車で遠乗りはしんどいわよ 乗り心地が悪くて腰が痛くなるわ 」
「おいおい、この車の良さがわからないのかい 日産チェリーX1クーペ、素晴らしい車だろう 最近の車とは一線を画したこのスタイリッシュな造形 ずっと見ていても飽きることないじゃないか 特に斜め後ろからの姿は言葉もない程に素晴らしいよ しかも、この時代に先進のFFで、ツインキャブエンジンですからね このA12型エンジンも傑作で、もうゾクゾクするじゃないですか 」
三条が蘊蓄を語り始め、リエは助手席で肩を竦めていた。リエにとって、こんな古い車より最新の乗り心地の良い快適なセダンの方が遥かに良いのだが、なぜかデリートマンの男性職員はこういった古い車を好む傾向があった。好みの車を貸与してくれるのだから最新のハイブリッドカーのずっと良い。それが女子職員の共通の思いだった。
* * *
陸奥は、予測予防省が発足してから一年、毎日会見の連続であったが、当初に比べれる風当たりは弱くなってきているのを感じていた。それは実際に世の中が良くなってきているのではと皆が感じている証しでもあった。
それは凶悪犯罪が減ってきている事も顕著であり、未成年の犯罪やネットによる誹謗中傷も減ってきていた。そして、罪を犯し服役中の者に対する印象も大きく変わりつつあった。以前は出所した者に対して再就職の道は厳しいものがあったが、今ではむしろ歓迎される傾向にあった。デリートマンに消去されていないという事は、更正出来ると保証されているのと同じである。罪は一時の迷いで犯してしまったが、再び罪を犯す事はないと保証されているのだ。実際に出所した者たちは、身を粉にして真面目に働き、一層評価が上がっていった。
東十条和義も、デリートマンを追いかけ取材し、それをネット配信しながらそれを感じつつあった。
・・デリートマンの存在は明らかに抑止力になっている やはり、犯罪を犯すような人間には、同じ力で対抗するのが一番だったのか それでも犯罪がなくならないのが恐ろしい 本当におかしい人間にとってはデリートマンの存在すら関係ないのか 正直今では僕も、そういう頭のおかしい人間を始末して欲しいと思っている ラクシュミーというコンピューターの凄い所は感情に左右されないという点だ 誰かを陥れようとしてもラクシュミーは簡単に見破る 人間なら感情的に信じてしまいそうな嘘でも看破する もしかしたら本当に神なのではとさえ思ってしまう存在になっているよ ・・
東十条は、しかし危惧することも忘れなかった。
・・このままいって人類は生き残る事が出来るのだろうか 犯罪も悪も無くなったけれど、人類も一人もいなくなっていた、なんて笑えない事態にならなければいいけど ・・
東十条もI市に向かって古い軽自動車を走らせていた。スズキフロンテクーペ。ポルシェと同じリアエンジンの車だ。東十条も何故かデリートマンと同じように古い車を好む傾向があったのだ。今日、東十条がI市に向かっているのは、デリートマンが一組I市に向かったという情報を得たからだった。
* * *
三条とリエはI市市役所の駐車場で久保田早紀子の公務が終わるのを待っていた。そして、定刻を過ぎて姿を現した早紀子に向かって歩いていった。
「久保田早紀子さんですね 予測予防省の三条薫といいます こちらは同僚のリエ 」
三条とリエは頭を下げてお辞儀をしていたが、早紀子の顔は強張り、体はガタガタと震えていた。もう予測予防省の人間が何をするのかは知れ渡っている。早紀子も、彼らが何の為に現れたのか瞬時に理解したのだ。
「そ、そんな…… 私は消去されるような事はしていない…… 」
早紀子は震えながら小さな声で呟く。何かの間違いだと逃げ出したいところであるが、足も震えて動く事も出来なかった。
「今回、我々が足を運んだのは…… 」
「ひいぃぃぃぃーーっ! 」
三条が話しかけると早紀子は悲鳴を上げ、顔を手で覆ってうずくまってしまった。
「あっ、ちょっと久保田さん。話を最後まで聞いて下さいよ。今日僕らは消去しに来たのではありません。警告に来たのです。久保田さんは、将来世の中の害になる存在は少ないとされていますが、今のままでは消去される可能性はあります。ただし、これから心を入れ替えて真摯に仕事を続けていけば、その可能性は限りなく”0”になるでしょう。良いですか、自分の事だけを考えていては駄目ですよ。周りをよく見て考えるのです」
三条とリエは、うずくまる早紀子を残して歩いていき車に乗った。
「今度はM市? 忙しいわね 」
「でも、今度は消去出来るから良いじゃないか 今度のは被害にあわれてる人の事をまるで考えていないからね いくら仕事が出来てもそれじゃ駄目だろう 」
「そういえば、またあの配信者来ていたわね 今回私たちが消去しなかったので、がっかりしてたりして…… 」
「二条が言うには、あの東十条という配信者は僕らとはまるで違う人間という事だ がっかりなんてしないだろうさ むしろホッとしていると思うよ それより、もう一人いつもの奴がいただろう 」
「ああ、あの大型バイクに乗っている奴ね 私たちを殺したいなら早く仕掛けてくれば良いのにね 楽しめそうなのに ゾクゾクするわ 」
「本当に君は刹那的というか…… 僕も人の事は言えないが、いったいどんな育ち方をしたのか見てみたいもんだね 」
「育ち方も何も、私の家族は私が殺しちゃったからね 両親も、兄さんも…… 」
リエは薄ら笑いを浮かべると、窓の外に目を向けた。三条は、そんなリエをチラッと見ると自分も同じ様なものだと思っていた。




