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6、断罪


6、断罪



 東十条は、まだ迷っていた。このままではあの少女の命は失くなる。が、警官も黙認しているデリートマン相手に自分が何を出来るというのだ。東十条は、もう逃げてしまおうかと考えた。知らない振りをして逃げてしまっても誰にも咎められることはない。そう逡巡しているうちに、デリートマンの女の方がナイフを取り出すのを見た。シースナイフを鞘から取り出し固く握り締め少女に近付いて行く。もう一刻も猶予もない。東十条は本能のまま物陰から駆け出していた。



 * * *



「大臣、本当にあの少女が消去対象なのですか 大臣はそれをおかしいと思いにならないのですか 」


「君はそれを少女の年齢や性別だけで判断していますね それでは、この犯罪を犯したのが仕事をしていない40代の独身男性で消去対象だったらどうでしょう あなたたちの考えも変わってくると思いませんか あなたたちの考えは罪の大きさを年齢や性別で歪めてしまっています ”富岳”を超えるエクサスケール・コンピュータであるラクシュミー様は、我々と違い感情に左右されません ある意味、冷酷に判断を下されるのです そこには一切の疑いの余地はありません 推定無罪等という甘えた言葉はないのです 犯した罪は罪 その罪の重さと、更正する余地がないと判断された者は消去対象となります これからは、そういう時代になります あなたたちもきちんと自分を律して生きて下さいよ 」


「それはもう犯罪者には生きるなと言っているのと同じではないですか 誰だって罪を犯してしまう事は有り得ますよ 」


「あなたは何か勘違いしている 誰もが犯してしまうという小さな罪でも、それを何回も繰り返せば重罪です もう、その罪を犯す事が慣習になっているからです それに、もう一つ言わせて頂ければ、今無差別の殺人が多くなっていますよね 飲食店や駅や街頭などで突然襲われたりします それを防ぐ為にもこうした予測予防は必要になってきます 我々は全ての犯罪者、犯罪者予備軍を一掃します 誰もが安心して暮らせる世の中にするのが我が予測予防省の使命でありますから 」


「殺人は理解出来ますが、他にも色々消去されているという情報が入っていますが この少女もそうですしょう 」


「今はSNS のチェックにも力を入れています 不思議なもので人間は匿名となると本性が出てくるのですよ おぞましいですね 警察は事件が起きないと動けませんので、その為の我々になります 酷い誹謗中傷やデマを拡散している輩は全て消去対象に致します もう逃がしませんよ そんな者がいなくなればネットも遥かに便利で有効なものになるでしょう 」


 とにかくもう動き出してしまったのだ。あとはとことん突き進む以外ない。陸奥は胸の奥でそう考えていた。



 * * *



 陽子は、どうせ逮捕されても何も出来ないだろうと高を括っていた。そして、カグラがナイフを出したのを見て、そんな物で脅さなくても着いて行きますよと余裕で考えていた。とにかく、大人は子供のした事には寛容だ。陽子は、神妙な顔で立っていた。また泣いて反省してみせれば良い。そこで、陽子はカグラの顔を見てぎょっとした。普通にこういう時、大人は辛そうな顔をするものだが、このカグラという女性の顔は嬉しそうに微笑んでいた。


・・・えっ、えっ、どうして ・・・


 陽子は、ここへきて自分の考えが誤っていたのではと不安になる。


・・・今までの大人とは違う 何、この人 ・・・


 ナイフを持ったカグラが迫ってくる。二条は、陽子の退路を塞いでいた。


・・・えっ、えっ、嘘、そんな事出来るわけないよ ・・・


 その時、陽子はクラスの女子が話していた噂話を思い出していた。普段、同級生の女子とはほとんど会話をしない陽子だったが、その時はつい耳に入って会話に参加していた。


「悪い人を事前にやっつけてくれるんだって、凄いよね 」


「悪い人がみんないなくなれば安心だよね 」


「でも、子供も殺しちゃったって聞いたよ 怖くない 」


「えぇ、怖くないよ だって私、悪い人じゃないもん 」


「そうか、私たち、関係ないか 」


 無邪気に話す同級生たちの中で陽子は一抹の不安を抱いたのを思い出した。


・・・そうだ、新しく出来た省庁 予測予防省と言っていた それじゃ、この二人…… ・・・


 陽子は、自分が死地にいる事にようやく気が付いたが、時すでに遅かった。迫ってくるカグラの眼、あれはもう狂人の眼だ。陽子は背筋が凍りつき動けなくなっていた。瞳から涙が零れ落ち体が震えてくる。


・・・私、手紙書いただけなのにぃ ・・・


 陽子は思わず眼を瞑っていた。カグラは陽子にナイフを突き立てようとしたが、突然陽子の前に割り込んできた男の為に、ナイフを引き地面に転がっていた。


「危ないですよ、急に飛び込んで来ては もう少しで刺してしまうところでした 」


 スーツの汚れをはたきながら立ち上がったカグラが男に言う。


「ぼ、僕は東十条和義といいます この女の子が消去対象なんておかしくないですか まだ小さな子供ですよ 僕にはこの女の子が消去されるなんて見過ごせません 」


 鼻息荒く叫ぶ東十条を見てカグラは呆れたように両手を広げる。二条も同じ様に呆れていたが、東十条に声をかける。


「東十条さん、僕らは公務で動いています 僕らの邪魔をすると公務執行妨害で逮捕されますよ 」


「そんな事は分かっています それでも僕には目の前で失われる命を放っておくことは出来ません お願いします この女の子を見逃してくれませんか こんな小さな女の子なんですよ 」


「東十条さん、僕の個人的な意見を言えば、あなたは素晴らしい人です あなたのような人ばかりになれば世の中は良くなるでしょう だから、あなたのような人が気を病む事がないように悪の芽を摘んでいくのですよ その少女は残念ながら、摘むべき悪なのです 」


「いや、でも子供ですよ まだ良いも悪いも理解出来ない子供ですよ これから立派な大人になるかも知れません 」


「お言葉ですが、子供だって良いことと悪いことは分かりますよ もし本当に分からないなら、それこそ消去対象ですね 子供でもやっている犯罪は大人と同じですよ それを今までは子供だというだけで罪を逃れたりしていました それが公平になった それだけの事です 犯罪に大人も子供もありません 」


「でも、子供には可能性があるじゃないですか その可能性ごと芽を摘んでしまうのですか 」


「もちろん可能性を考慮していますよ その可能性が悪い方向に向かっている人間を消去しているわけです 」


 その時、東十条は自分に倒れ込んでくる人の気配を感じた。


「はひゅー、はひゅー 」


 ナイフを突き立てられた陽子が東十条に凭れかかっていた。そして、微かにしていた呼吸が止まる。


「コンプリーテッド 」


 陽子の心臓を貫いたナイフを仕舞いカグラが呟いた。


「あなたと話している間に消去が完了したようです 今回の公務執行妨害の件は不問に付しますよ 」


 東十条は動かなくなった陽子を抱き締めて涙を浮かべていた。



 * * *



・・・なるほど、あれがデリートマンか しかし、あんな兵隊を潰しても意味がないな 上を潰さなければ、いくらでも再生する ・・・


 物陰から二条とカグラを見ていた男は、自分の顎を指で擦りながら思案する。


・・・さて、これからどう動いていくか 慎重にいかないといけないな ・・・


 男は考えながら道路に停めてあった大型バイクに跨がる。そして、4サイクル6気筒エンジンを始動し、そのリッターバイクを発進させた。男は大型バイクを軽々と乗りこなし、冬の冷たい空気を切り裂きながら、街の雑踏の中に消えていった。


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