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5、幼さに隠された悪意


5、幼さに隠された悪意



 東十条和義は、このような出来事を世の中に発信していくのは自分の使命だと感じていた。とにかく出来るだけ調べて、少しでも世の中の人々にその是非を問いたかった。


・・・”デリートマン”、こんな事が許されるのか でも、この国はそこまで病んでしまっているという事なのか とにかく、まだ情報が少ない 出来るだけ正確にこの出来事を伝えていこう ・・・


 東十条はマンションの部屋を出ると駐輪場に向かい自転車に跨がるとペダルを漕ぎだした。目指すは予測予防省。今日も会見が行われる筈だった。


・・・確かに大臣が会見で話している事には一理ある でも、それは極端過ぎる もう少し順を踏んで行けば良いのに、一足飛びにいきすぎる これでは批判が出るのは仕方ないのでは ・・・


 自転車を漕ぎながら東十条は考える。もし、このまま消去が進み、それが完了した時、どんな世界になっているのだろう。それは理想郷なのか、それとも……。考えても分からなかった。悪の、悪意のない世界。そんな世界は今まで存在しなかったのだから……。



 * * *



・・・ひひっ、偽善者め 思い知れ ・・・


女はパソコンで打ち込んだ文章をプリントアウトする。そして、その内容を確認し微笑んだ。これを読んだ時の男の姿を想像すると笑いが零れてしまう。


・・・被害者ぶって反吐がでる 有名になりたいだけの拝金主義者のくせに ・・・


女は封筒にプリントアウトした用紙を入れると封をした。手袋をして、用紙もプリンタも一般に広く普及している機種だった。ここから辿られる事はないだろう。女は気持ちの悪い笑みを浮かべていたが、そのうち本当に声を出して笑っていた。


・・・もし、私だと突き止められても、どうせ何も出来ない だって、私は…… ・・・



 * * *



 ある事件の遺族の元に封筒に入った手紙がポストに入れられていた。そして、それを読んだ男は恐怖に駆られていた。それは、男に対する殺害予告だった。男は当然、罪に問われるような事はしていない。それどころか、世間からは同情されて然るべき立場だった。なぜ、そんな男のところに殺害予告など舞い込むのか。世の中には普通の人間とは一線を画する人間が生息していると考えるしかないが、そもそもそれは人間と呼べるのだろうか。もはや、人間に擬態した他の生物であると云えるのではないか。そんな危険な生物は消去しなければならない。それが、ラクシュミーの思考回路だった。そして、この殺害予告の手紙の送り主が警察の捜査で判明する。そのあまりに意外な犯人に世間は驚愕し、その対応に頭を悩ませる事になる。しかし、予測予防省の出した結論はシンプルだった。


「これは、またマスコミが騒いで世間の批判を集めるのではないかね 」


 陸奥は、またエクサスケール・コンピュータである”ラクシュミー”の出した結論に苦い顔をしていた。


「まあ、風当たりは強いでしょうが 何にでも噛みついてくるのは彼らの仕事ですからね ただ、解る人には分かると思いますよ おそらく、この結論に反対する人は何か自分にも思い当たる節があるのですよ 」


 大貫は平気な顔で言うが、矢面に立つのは自分だと陸奥の顔はさらに険しくなっていた。


「しかしねえ、私個人としてもこれはやり過ぎなのではと思ってしまうがねえ 」


「大臣、我々は予測予防省ですよ 未来の悪行を予測して予防するのが仕事です 将来、火種となる悪を潰していくのです 今は批判を受けても将来的には国民に歓待されるようになるでしょう その為には大臣、私情は捨てなければなりませんよ だいたい、捕まらなければいいという考えは既に犯罪者の考えですよ 普通の人はそんな考えになりません 昔は法律なんかなくとも、人各々他人を思いやって生活していたものですがね それが、法律に触れなければ何をやってもいい等という考えの人間など言語道断です こういう犯罪者予備軍を芽のうちに消去するのが重要なのですよ 大臣もご自分の仕事に誇りを持って下さい 確固たる信念を持っていればマスコミなどなんでもありませんよ 」


 大貫に励まされ陸奥はすっかりその気になっていた。


・・・そうだ、ここで踏ん張れば私の名声は上がる 世論が私についてくるのだ ・・・


 陸奥は、大貫に背中を向け窓から外を見下ろす。その顔には笑みが浮かんでいた。



 * * *



 石橋陽子は小学校の校門を出ると自宅に向かって歩いていた。まさか、予告状を送ったのが自分だとばれるとは思っていなかったが、警察組織も陽子の予想以上に優秀だったという事だろう。しかし、その後は案の定、陽子に対して何も出来なかった。陽子は、ごめんなさい。こんな大事になるとは思っていなかったと泣いてみせていた。


・・・本当に世の中なんてチョロいわ ・・・


 陽子は、何の不安もなく道を歩いていた。そして、細い路地に入った時、陽子の前を塞ぐように男が立っていた。きちんとしたスーツ姿の男であるが、その男が普通の会社員であるとは、全身から醸し出す雰囲気から到底思えなかった。陽子は、急いで大通りまで引き返そうと後ろを振り向くと、後ろにはスーツ姿の女性が立っていた。この女性も明らかに普通の女性とは思えない気配に包まれている。


「こんにちは、石橋陽子ちゃんだよね 僕は予測予防省の二条渉といいます 後ろの女性は”カグラ”さん よろしくね 」


 その雰囲気とは裏腹に明るく言いながら身分証を見せる二条に不審感を抱きながらも陽子は、コクンと頷いていた。ともかく、大人に対しては子供の振りをしていれば良い。陽子の中ではそういう考えが固まっていた。大人は子供に対しては何も出来ない。いざとなれば泣いて謝ればそれで終わりになる。陽子は頭の中で素早く計算し、この怪しい気配の男女から逃れる方法を考えていた。


「予測予防省なんて聞いたことがないです 本物なんですか 」


「そうだね、最近発足された新しい省庁だからね 陽子ちゃんは知らなかったかな それなら、陽子ちゃんが信じられるようにお巡りさんを呼んで下さい そのお巡りさんが僕たちを証明してくれると思いますよ 」


 陽子は、なにやら得体の知れない男女が警察を呼んでいいと言っているので、勿論警察にすぐ電話した。それも、不安で泣きそうな声を創って……。


「あの変な男の人と女の人がいるんです すぐ来て貰えますか 」


 電話の先の相手は連絡してきたのが子供だとわかり、すぐに向かわせるからと慌てて電話を切っていた。子供の危機と分かった時の大人の対応は早い。それこそ、スクランブルでやって来るだろうと陽子が思っていると、本当にすぐに自転車に乗った警官二人が全速力でやって来た。おそらく、ちょうど付近を警邏中の警官に連絡が飛んだのだろう。警官たちは、陽子を守るように陽子の前に自転車を止め、二条とカグラを睨み付けた。


「失礼ですが、あなた方のお名前を伺っていいですか 」


 一人の警官が尋ね、もう一人の警官は陽子の前に立ち、二条とカグラに目を配っている。その、子供を守ろうとする姿勢から、二条とカグラはこの二人の警官に敬意を持った。このような人間ばかりになれば世の中は良くなるのに、そう思わずにはいられなかった。


「僕は予測予防省の二条渉といいます 」


「同じく私はカグラと申します 」


 二条とカグラは警官に陽子に見せたものと同じ身分証を提示する。その二人の身分証を見た警官の顔色が変わっていた。そして、顔を見合わせる。それは信じられないという顔だった。


「まさか、この女の子が対象なのですか 嘘ですよね」


 警官が小声で二条に訊いてくるので、二条もカグラも頷いていた。警官二人はまた顔を見合わせる。


「立ち会っていかれますか 」


 二条が逆に警官に尋ねると、警官は絶対遠慮するというように大きく首を横に振っていた。そして、陽子に振り向くと、この人たちは偉い省庁の人たちだからね、いうことを聞くんだよと告げ、複雑な表情をしながら逃げるように自転車に乗り走り去っていった。残された陽子は、警官の表情から何かよくない事が起こるのではと敏感に感じ取っていた。


・・・もしかして、逮捕されちゃうのかな ・・・


 陽子は的外れな事を考えていたが、まだ小学生の陽子であれば仕方のない事だった。



 * * *



 東十条は物陰から事の顛末を撮影していた。この後にどのような事態が起きるのか。それは今までの事例から想像がつく。それはあまり想像したくない結果であるが、おそらくその想像通りの事が起こるのだろう。


・・・どうする このままでいいのか 僕はただ見ているだけでいいのか ・・・


 東十条は自問自答していた。この後の結果が分かっていながら警官は帰っていった。東十条がこのままでいたとしても、それは誰にも咎める事は出来ないだろう。それでも、東十条は迷っていた。人として本当にするべき事はなんなのか。それは、今目の前で失われようとしている人の命を救う事ではないのか。東十条の頭の中では、同じ問答が繰り返し行われていた。





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