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4、動き出す闇


4、動き出す闇



 予測予防省の活動は世間に衝撃を与えていた。問答無用で、危険因子と判断された人間は消去されていく。その数はもう数十人に上っていた。予測予防省の陸奥大臣は連日記者会見を開き、メディアの対応に追われているが、ネットワークでもSNS で様々な意見が飛び交っていた。現実を見た上での意見や批判であれば、それは個人の意見として尊重されるのは勿論であるが、匿名である事を隠れ蓑に根も葉もない創られた情報や憶測で他の者を煽る投稿も目立つようになり、予測予防省もその方面の消去にも乗り出す事となった。


「今の世の中はネットワークで何時でも情報を調べられる便利な世界になりましたが、そこに虚偽の情報を流し、他人を扇動するような情報も確認できております 裏サイトと呼ばれるようなものも多数確認しております それらが危険因子と判断されれば消去の対象となります それは、小学生だろうが、それ以下であっても同じです ただし、あまりに数が多いため、今すぐにサイトを閉鎖すれば不問に致します 」


「大臣、それは発言の自由を奪うという事になりませんか 憲法21条で保証されている表現の自由を侵害する事に当たりませんか 」


「プロのジャーナリストである、あなた方が言う事とは思えませんな 自由に何でも発信して良いわけではありませんよ 刑法で制限されているものもあるでしょうし、他人を貶める目的の発言など許されません 勿論、あなた方が私の言った事に対して意見を述べるのは自由です 反対意見であれば、それを基に活動していくのも良いでしょう ただし、憶測で判断し記事を書くのはいけませんな この会見も全て録画しているので、言った言わないはありませんので安心して下さい 」


 陸奥は、記者の顔を見回しながらニコリと微笑んだ。



 * * *



 山間部の山道を銀のセダンが走っていた。ぐねぐねと曲がった山道を軽快に走っていく。セダンを運転している一条亨は、今時珍しいマニュアルトランスミッションをシフトし楽しそうに山道を走行している。


「今回のターゲットはH町の町長らしいですけど、そんな人でもリストに載るのですね 」


 セダンの助手席から”エミ”が問い掛けてくる。


「誰だろうが、どんな立場だろうが関係ないからな ラクシュミー様に、その人間が危険だと判断されればリストに載る訳だ 後は、将来危険になる因子を持つ人間も対象になるがな 」


 一条はセダンを運転しながら、エミに言葉を返す。一条にしてみれば、相手がどんな人間で、どんな職業だろうが関係ない。とにかく、人間を消去する事が出来る。それが全てだった。エミも特に興味があった訳でもないようで、助手席の窓から車窓に流れる外の景色を眺めていた。外には綺麗な溪谷があり、透明な水が優雅に流れている。その景色を眺めているうちにエミは、ふと先日起きた事件を思い出していた。

 それは、反社会的勢力を担当していた6班と7班が返り討ちにあい殺害された事件だった。いかに強靭な人間でも、その数倍の人間が相手では敵わない。6班と7班の人間はズタズタにされ殺された。しかし、ターゲットの反社会的勢力の人間も半数以上が消去されていた。6班と7班の人間は心臓が止まるまで相手を消去し続けていたようで、その死に顔は楽しそうに笑っていた。そして、彼らが死ぬと発信される信号で、残った反社会的勢力も駆け付けた省庁の職員と警察の連合隊によって一掃されていた。予測予防省と警察とは、その性質上相容れないものがあるが、悪を憎むという気持ちでは一致していたのだ。


・・・最高の死に方ね 羨ましいわ ・・・


 殺された職員を思い、エミは心からそう思った。人を殺しながら死んでいく。ゾクゾクするほど興奮する最高の死に方だった。しかも、こんな自分が間違いなく正義の側に立って死んでいける。それは、自分が異常であると理解しているエミにとってたまらない魅力であった。

 エミが、そんな考えに耽っているうちに一条の運転するセダンはH町に入っていた。町長の予定はすでに把握してある。夕方5時過ぎに庁舎を出て、自分の車に乗り帰宅する。それがほぼ毎日のルーチンだった。一条とエミは駐車場に車を停め、見張っていると、町長である横山好彦がスーツ姿で颯爽と歩いてきた。まだ若い町長である。一条とエミは車を降り、横山の前に立った。


「失礼します、町長 私は予測予防省の一条亨と申します こちらは同僚の”エミ”です 早速ですがお話があります 少しお時間よろしいですか 」


 二人の突然の出現に面食らったようだが横山は二人を睨みつける。


「予測予防省? ああ、噂は聞いている そこの人間が何の話しかわからんが、私は忙しい アポもとっていないような人間とは話す時間などない 」


 高圧的に話す横山に、一条とエミは肩を竦めるが辛抱強く話しかけていた。


「忙しいと思いましたので公務の終わったこの時間に声をかけさせて頂きました お話しする時間がないのでしたら、すぐに消去しますので問題ありません 」


「消去だと ふざけるなっ まったく”デリートマン”などと呼ばれていい気になっているようだが、貴様らのような人殺しが大手を振って外を歩いているなど許されん 貴様らの省庁など私が潰してやる 私を誰だと思っているんだ、横山好彦だぞ 次は国政にも出ていくつもりだ 首を洗って待っていなさい 」


「威勢のいい方ですな町長は でも、国政に出る事は叶いませんね 今、ここで消去されますので 」


「いい加減にしろっ 貴様らの戯言に付き合っている暇はない 一条亨にエミと言ったな すぐにクビにしてやる 私を支持してくれている与党の先生もたくさんいる もう貴様らはクビだ だいたい私が消去されるなどあり得ない 」


「あなたのその自分しか見ないパワハラ気質が問題だと思いますがね こうして少し話しているだけで、それが分かりました あなたの部下はさぞや大変でしょうね 」


「私の中ではパワハラなどしている認識はない ふざけるなっ 」


「あなたが認識していようとなかろうと関係ありません あなたの名前はリストに載っている それが全てです それでは消去を開始します 」


 一条とエミは懐中からナイフを取り出した。そして、ナイフを手にした途端二人の顔つきも変貌する。


「ひぃぃーーーっ、やめろっ 私は何もしてないだろう 」


 その二人を見た横山は、それまでと打って変わって情けない声を上げ、後退りする。


「私たちは予測予防省の人間だと言ったでしょう あなたのその性質が将来に危険になると判断されたのではないですか トップに立つ人間が周りの者に気を配れないようでは失格ですよ あなたのような人間は自分に不利益になると、それまで尽くしてきた者も平気で切り捨てていくのでしょうね 私も、この短い会話であなたの本質が見えましたよ やはり、ラクシュミー様の判断は正しいのだと思い知りました 」


 横山はそれまでの威勢は何処かに消え、蛇に睨まれた蛙のようにぶるぶると震え動けなくなっていた。


「そうそう、いい子ですね 最後くらいはいい子でいましょうね 」


「あわわわわわっ 」


「そんなに泣かなくてもすぐに楽になりますよ 」


 エミは、すっと横山に近付くとトンッとナイフを心臓に突き立てた。横山は糸の切れた操り人形のように地面に倒れ、ビクンビクンと痙攣していたが、やがて動かなくなっていった。


「コンプリーテッド 」


 一条とエミは銀のセダンに乗ると清々しい気分で車を発進させ駐車場を出ていった。



 * * *



「横山が消去されたようだ どうやら本気で我々に牙を剥くようだな 」


「信じられんが、そういう事だろうな 横山をあそこまで押し上げるのにかかった資金も回収する前に手を打ってくるとは、なかなか動きが早いな 」


「半グレ連中もだいぶ消去されたようだが、どこまでやる気になってるのだろう 」


「予測予防省か そんなものを本当に設立するとはな 何れにしろ、我々に牙を剥いた以上潰していくほかはないな 」


「まず大臣に圧力をかけて動きを止めていこう まあ、あの陸奥という大臣は飾りだろうがな 」


「官房長の大貫も抑えた方が良いでしょうね 上を抑えておけば、下は勝手には動けないでしょうから 何処の組織でもそれは同じですからね 」


「我々の周囲は”凶獣”に警戒させておこう 奴らなら”デリートマン”相手でも引けは取らないからな 」


 ある閉ざされた薄暗い密室の中で数人の男女が話し合っていた。話している言葉とは裏腹に彼らの顔は楽しそうに笑っていた。


「我ら”マレフィック”に牙を剥いてくるなど面白い ”ベネフィック”にでもなったつもりなのか 」


 一人が笑いだすと、他の人間も笑いだし、それは部屋中に響き反響していた。


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