2、13番目の省庁
2、13番目の省庁
1府12省庁といわれる、内閣府、警察庁(国家公安委員会)、防衛省、総務省、法務省、外務省、財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省という時代が続いてきたが、そこに新たに”省”が設立された。”予測予防省”と名付けられた新しい省は、陸奥武夫大臣を筆頭に、大貫惣五郎官房長が束ねる、既存の防衛省とは異なる新しい省であり、その性質上ひっそりと設立されていた。マスコミの報道も少なく、世間一般の人は特に気にする事もなく、ああ何か発足されたんだ程度の認識だった。
だが、その認識はすぐに変化する。予測予防省が実際に活動を開始してから、賛否両論。激しい議論が展開され連日、ネットやテレビ、ラジオを賑わす事になる。喝采を叫ぶ者もいれば、罵倒する者もいる。人間は、やはり全て善人ばかりではないと暗に認めているようなものだった。
「大臣、そんなに心配しなさんな 毅然としていれば良いのですよ あなたは間違いなく歴史に名を残す事になります 」
大貫官房長に言われ陸奥は苦笑いしていた。とにかく、もう設立されてしまい自分がそのトップに任命されたのだ。その責務はしっかりとこなさなければならない。
・・・歴史に名を残すか…… ・・・
陸奥は大貫に言われた言葉を思い出し悪い気はしなかった。
* * *
宮崎勝利は妻子を連れて街を歩いていた。まとまった収入があった為、たまには妻子にも良い思いをさせてやろうと思い立ったのだ。昼の時間はもう過ぎてしまったが、遅い昼食を外でとろうと出かけて来たのである。
「真美は何食べたい? 」
「うーん、プリン 」
「プリンはご飯じゃなくてデザートだよ プリンの前に食べたいものは何かな 」
勝利は娘と手を繋ぎながら、何を食べるか楽しそうに会話していた。妻の美子もその二人を幸せそうに見ている。
「あの、クルクル回るのがいい 好きなの食べれるもん 」
真美の言葉に勝利と美子は顔を合わせて笑っていた。
「回転寿司か プリンもあるしな 高級レストランと比べて安上がりでいいよ 」
「真美は玉子と海老が好きだからね それに、あのガチャガチャで景品が当たるのが真美は楽しいのよね 」
親子は楽しそうに大通りの脇の歩道を歩いていた。すると、大通りを走ってきた白いハッチバックの車が歩道に寄せて停まり、運転席から男が一人、助手席から女が一人降りてくる。そして、勝利たちの進路を塞ぐように立ち止まった。男は、グレーのスーツの上下に、綺麗に磨かれたストレートチップの革靴、黒地に金のペイズリーの柄が入ったネクタイ。オールバックの短い黒髪に、細い黒フレームの眼鏡をかけている。女も、グレーのスーツの上下に、スカートから覗く脚には黒のストッキングに黒いハイヒールを履いている。ショートボブの黒髪に柔和な瞳で笑みを浮かべている。どちらも、その物腰や仕草から一見、普通のサラリーマンには見えなかったが、その柔和な目付きから勝利は自分と同じ職業の人間ではないと思い警戒を解いていた。
「はじめまして、僕は予測予防省の三条薫と申します こちらは同僚の”リエ” 宮崎勝利さんでよろしいですか? 」
勝利は不審に思いながらも、質問に頷きながら考えていた。
・・・予測予防省? 最近発足された新しい組織だったな 確か国内防衛が目的だと発表されていたと思うが、実際の活動は何をするのか不透明のままだったな コイツらが、その予防省の人間なのか ・・・
勝利は改めて目の前の男女を見つめるが、暴力的な雰囲気は微塵も感じない。
・・・こんな人目のある大通りだしな それに国の機関の人間なら無茶な事はしてこれないか なにしろ、俺は普通の善良な一般市民だしな ・・・
実は裏で人に言えないような仕事をしている勝利は高を括っていた。
・・・警察でも証拠もなにもない俺を逮捕出来ないのに、こんな訳のわからん省庁に何が出来るというんだ ・・・
勝利は、何か御用ですかと笑顔で答えていたが、その後の三条の言葉に慌てる事になる。
「宮崎勝利さんで間違いないようですね 分かってはいましたが、念のため確認した次第です ええと、あなたは今、世間を騒がせている”トクリュウ”のサンジですね 何人も死者が出ている事件ですので、予防措置としてあなたを”消去”しに来ました 」
「ちょ、ちょっと、いきなり何を言ってる 妻や子供の前だぞ ふざけるのもいい加減にしろっ 訴えてやるぞ 」
「あれ、聞こえませんでした 訴えるもなにも、あなたはここで消去されるんですよ 」
いつの間にか三条とリエの手には拳銃が握られていた。それを見て、付近を歩いていた人々から悲鳴が上がる。
「ご心配なさらずに、リストに載っていない方には危害を加える事はありません 私たちは予測予防省の職員ですから 」
リエが笑みを浮かべながら周囲の通行人に言うが、周囲の人間は体を硬直させたように引きつった顔で硬まっていた。
「そんな物をここで射ったら、どうなるか分かっているのか ただでは済まないぞ 」
勝利は真美を自分の前に盾のように立たせ、自分を守ろうとする。妻の美子は震えてしまって動けないでいた。
「あなたは、こちらに来て下さい 」
震えている美子の手を引き、リエは美子を引き離す。
「あなたはリストに載っていませんので、ここにいて下さい あの二人は、ここで消去します 」
「えっ…… 二人って? 」
「目が悪いのですか 目の前にいる二人ですよ 宮崎勝利と宮崎真美 この二人です 」
「そんなっ 真美はまだ子供ですよ 何をしたと言うんですかっ! 」
「子供だろうがリストに名前がある以上消去します これは、ラクシュミー様が決められた事 それを執行するのが私たちになります 」
「なんですか、ラクシュミーって そんなの知りませんよ ふざけないで下さいっ 」
半狂乱になっている美子にリエは当て身を当てる。美子は意識を失い歩道に崩れ落ちた。リエは肩を竦めて苦笑いしていた。
「さてと、それでは執行しますか 君はどちらをいく? 」
「私は、やっぱり男が良いわね 」
「それでは僕は子供の方を 」
三条とリエは、拳銃を構え笑みを浮かべていた。早く射ちたくてたまらないというように。
「お前ら、正気か? 狂ってるだろう 俺に何かあったらただでは済まないぞ 」
「ああ、大丈夫ですよ あなたのお仲間も全て消去対象ですから 」
「なにを言ってる 本当に頭がおかしいぞ 」
「先程、リエが言ったラクシュミー様は完全な予測を立てて悪の種子を全て潰します 一粒残らずね 少し時間がかかりますが、いずれ誰もが平和に暮らせる世の中がやってくるでしょう 」
「ふざけるなっ なんだそのラクシュミーというのは 神にでもなったつもりなのか 」
「ラクシュミー様は神ではありません アーティフィシャル・インテリジェンス、AI、人工知能ですよ ビッグデータとディープラーニングで未来を予測していく、あの”富岳”を超えるエクサスケール・コンピュータの名称です そのラクシュミー様が導き出した危険因子が僕らの持つリストです この危険因子を消去するのが僕らデリートマンの仕事という訳です お分かり頂けましたか 」
「そんな機械の言うことが信じられるかっ こんな小さな子供まで対象にするなんておかしいだろっ 」
「今までは未成年だから、子供だからという事で甘くみられていましたが、やってる事は大人と変わらないじゃないですか これからは大人も子供もありません 全て消去します 」
「だから、真美はまだ子供で何もやっていないだろう 」
「そうですかね そのお子さんも、あなたの血を引いているだけあって小学校では随分な事をしているようですよ 酷いいじめを指示しているようです 」
「そんな、本当なのか 真美 」
勝利の問いに真美は答えず下を向いている。その姿は三条の言葉を肯定しているように見えた。
「それでも、こんな子供を対象にするなんておかしいだろっ 子供だから判断能力がなくて、ついやってしまう事もあるだろう もう、反省してやらないよ 」
勝利は必死に自分の子供である真美を弁護するが、三条は冷酷に告げる。
「何度も言わせないで下さいよ 大人も子供も関係ないと言ったでしょう 反省など必要ないです 消去すれば済みますから 罪を犯しても反省して更正すればいい これからは違います 罪を犯せば消去です 罪を犯しても、という考えがそもそもおかしい 罪を犯してはもう駄目です 簡単ですよ、罪を犯さなければ良いのです 罪を犯した人間、これから犯そうとする人間 全て消去します 良い世の中になると思いますよ ああ、少しお喋りし過ぎましたね それでは、消去させて貰います 」
薫とリエが拳銃の引き金に指をかける。
「逃げろっ 真美 」
勝利が真美を突き飛ばすように押し出すが拳銃の弾より早く逃げられる道理がない。
パシュッ、パシュッ!!
2発の弾丸で脚を撃ち抜かれ歩道に転がっていた。
「うわぁーっ 痛いよぉーっ 」
泣きながら転がる真美に近付いた三条は、にっこりと笑うと真美の頭部に銃弾を撃ち込んだ。
パシュッ!
頭を撃ち抜かれ真美はビクンビクンと大きく痙攣し動かなくなった。
「貴様ぁっ それでも人間かぁっ 」
勝利が三条に殴りかかろうとしたが、リエの銃弾の方が早く獲物を捉えていた。
パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ!
「あごぉぉーーーっ 」
リエの射った銃弾は、勝利の股間に全て命中していた。勝利は両手で股間を押さえて蹲るが、リエは足で勝利を仰向けにすると、勝利の両手をどかし、さらに股間に弾を撃ち込む。
パシュッ、パシュッ!
そして、弾倉を入れ替えさらに撃ち込む。
パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ、パシュッ
勝利は呻き声を上げ撃たれる度に体をビクンビクンと人形のように動かしていたが、やがて静かになっていった。リエは興奮したように紅潮した顔をしている。
「コンプリーテッド 」
三条とリエが車に乗ろうとすると、気を失っていた美子が目覚め、倒れている勝利と真美を見て悲鳴を上げる。
「こんなことして許されると思っているのっ! 絶対、地獄に堕としてやるっ! 」
二人の後ろ姿に向かって罵声を浴びせる美子に、やれやれというように三条が振り向く。
「今あなたが言ったその言葉は、そこに倒れている二人に対して、御遺族の方や犠牲になった方が言った台詞ですよ 今ならあなたにも、二人の犠牲になった方の気持ちが解るのではないですか でも、気を付けて下さいよ そんな気持ちを持ち続けていると、あなたもリストに載ってしまいかねません それに、良かったじゃないですか こんな犯罪者と別れる事が出来て、これからは普通に暮らして幸せになって下さい それに、僕らはいずれ地獄に堕ちますから安心して下さい 全ての消去がコンプリートした後、僕らも消去されます それでは 」
三条とリエは車に乗り走り去っていった。後に残された美子は血塗れで横たわるもう動かない勝利と真美を見て、涙を流し号泣していた。