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1、闇よりも濃い闇


1、闇よりも濃い闇



「ホワイト案件なんて言って、これ、闇バイトじゃないですか 僕はこんな事は出来ませんよ 」


 五十嵐雄一はスマートフォンに向かって声を張り上げる。


「落ち着いて下さいよ あなたの身分証も住所も家族構成もこちらは全て把握しているんですよ ここで断ればどうなるか、分かりますよね よく考えてみて下さいよ 」


「そんな事、分かるわけないでしょう とにかく警察に連絡します それでは 」


 有無を言わせず雄一は電話を切ってしまう。どうせ、こんな奴ら、脅すだけで何も出来ないに決まっている。雄一は、電話を切ると一応警察と家族にも連絡しておくかと考えたが、馬鹿馬鹿しいと思い直し歩き始めた。駅から出れば自宅まで徒歩20分の距離だ。雄一が駅の西口から外に出ると冷たい風が吹いている。腕時計を見ると夕方5時を過ぎ辺りはもう暗くなっていた。


・・・そろそろ、コートが必要かな ・・・


 雄一は住宅街の中の細い道を歩き始めた。駅の西口ロータリーの周辺が1丁目で、それから2丁目、3丁目となっていき、5丁目まである。雄一の自宅は、その4丁目にあった。途中、道路を歩くより公園の中を突っ切った方が早い所があるので、雄一は夕暮れの暗くなった公園に足を踏み入れた。さすがに公園の中に人影はなく、冷たい風で誰も乗っていないブランコが淋しそうにゆらゆら揺れていた。砂場には昼間どこかの子供が忘れていったシャベルが砂に刺さったまま放置されている。雄一は早く暖かい家に帰ろうと急ぎ足で公園を横切っていくが、突然二人の人影が目の前に現れた。その人影は雄一の進路を塞ぐように立ちはだかる。黒っぽいスーツを着た男が二人、雄一を睨むように見つめている。


「すいません、五十嵐雄一さんでよろしいですよね 」


 体格のいい男が雄一に声をかけてくる。その物言いは丁寧であったが、恐ろしい威圧感のある声質だった。おそらく何か人に言えないような仕事をしている。そんな感じがビリビリと伝わってくる。明らかに普通の人間とは一線を画している。そんな人間だった。

 雄一は思わず後退りしたが、もう一人の痩身の男が雄一の後ろに回り逃げられないように雄一の退路を絶っていた。


「自分から応募しておいて、今さら止めるはないでしょう しかも、警察に通報などいけませんね 」


「いや、警察に通報はしてないですよ した方が良かったですか? 」


「随分度胸がありますね 五十嵐さん、あまり舐めてると大変な事になりますよ


 男はさらに凄みを効かせて雄一を脅してくる。


「まあ、あんたみたいな人間は少し厄介だから消えて貰いましょうか 私たち相手に突っ張ってくるとどうなるか 気付いても、もう遅いですけどね 」


 男は大型のナイフを取り出し雄一に見せびらかすように目の前でくるくると回している。いかにも殺傷能力が高そうなナイフである。


「両刃のダガーナイフですか それ、所持してはいけないナイフですよね それに販売もしていないと思いますが 」


「ほう、知識はあるようだけど、世の中は一般人の常識だけでまわってないんだよ こんなナイフも金さえ払えば手に入るわけだ まあ、あんたらには縁のない闇の世界だけどな 」


「闇の世界? なんですか、それ ファンタジーの世界ですか 絵本とかにありそうですよね 」


「本当に度胸だけはあるな まあ、それだけだけどな 」


 男はダガーナイフを雄一に向かって構えると、一気に踏み込んできて突き刺した。と思われたが雄一はほんの半歩後ろにさがりナイフの攻撃を避けていた。男は驚いた顔で、再びナイフを構える。


「なるほど あんた、落ち着いてると思ったら武道をやっているのか それもかなりの有段者だな だが、そうと分かればこっちにも手はある 」


 男は余裕の笑みをみせるが、雄一も笑みを返していた。


「実は僕もナイフ持ってるのですよ 小さな十徳ナイフのキーホルダーですけどね これ意外に役に立つのですよ 」


「はん、十徳ナイフ? そんな物なんの役に立つ 」


 男は小馬鹿にしたように笑うが、そのうちに顔が引きつってくる。


「ようやく認識したようですね アドレナリンが分泌されてて気が付かなかったのでしょうね もう、自分が死んでいる事に 」


 男の胸には小さな十徳ナイフの刃が正確に心臓に突き刺さっていた。雄一は素早く男の胸から十徳ナイフを抜くと、後ろの男の胸に突き刺したが、痩身の男は素早く左手を胸の前に当て雄一のナイフを受け止めていた。ナイフは男の手を貫いたが、当然、心臓には達していない。


「参りましたね、五十嵐さん どうやら、あなたは私と同じタイプの人間のようだ 躊躇いなく人を殺す ここで始末するのは惜しいですね まあ、私もバイトで雇われている身ですから、上の者に別に義理もありませんし、今日は退かせて貰いますよ 」


「おや、僕を始末しなくて良いのですか それなら、帰らせて貰いますが、僕がまた心臓を狙うとよく分かりましたね 」


「簡単ですよ そのナイフでは斬って致命傷を与えるのは不可能でしょう 一撃で仕留めなければ反撃を受けてしまう だから、刺す以外にないですが、刺して一撃で倒せるのは頭と心臓 頭は動いて避けられる可能性が高い上に硬い頭蓋骨で守られている ならば、動きの少なく骨にも隙間のある心臓一択でしょう もちろん、それなりのスキルは必要ですがね 」


「なるほどね 咄嗟にそこまで考えていたのなら、そのポケットに入れた右手のナイフで僕を始末出来たのでは 」


「いや、これを使っていれば、あなたは狙いを変えたでしょう あなたとは、もっと違うところで殺し合いたいですね ですから、お互いお楽しみは後に残しておくという事で その男の死体は処分しておくので早く帰った方が良いですよ あなたの自宅にも別動隊が家族を始末する為に向かっていますから 」


「ああ、それはお気遣いありがとうございます それでは、帰らせて貰います 」


 雄一は男の手からナイフを抜くと、公園の出口に向かって歩いて行った。公園に一人残った男は込み上げてくる笑いを必死に堪えていた。


・・・これだから世の中は面白い 普通の仮面を被った生まれながらの殺人者が、何処に何人潜んでいるのか それを思うと楽しくて仕方がない ・・・


 痩身の男は、倒れている男を持ってきていた雄一の体を入れる筈だったバックに詰め、それを背負うと闇の中に消えていった。



 * * *



 雄一は自宅の前まで来て、憂鬱な気分になってきたが、気を取り直して玄関への石段を上がり、玄関ドアを開く。玄関のドアに鍵はかかっていなかった。雄一は靴を脱いで玄関から上がるとリビングに向かった。そこで、倒れている二人の男の姿を発見する。


「ただいま 」


 雄一がソファに座ってテレビを視ている両親に声をかけると、二人から不満のこもった目で睨まれた。


「雄一、こんなのじゃなくて、もっと楽しめる物を送ってきてくれないか 」


「威勢だけよくて、まったくの素人じゃないの 拍子抜けだわ 」


 両親からの非難を浴びて雄一は頭を下げた。


「梨絵はどうしたの? 」


 雄一は妹の梨絵は何処にいるのかと思ったが、母親の返事を聞いて、訊いた事を後悔した。


「梨絵なら自分の部屋で楽しんでるわよ もう、終わった頃だと思うから、降りてきてご飯食べちゃいなと言ってきて貰える 」


 雄一は不承不承頷いて、階段を上がり2階の梨絵のドアをノックした。


「はーい 」


 中から梨絵の元気な声が聞こえたので雄一はドアを開ける。途端に呻き声と血の臭いが鼻についた。部屋の中では男が血塗れで横たわっており、その前で下着姿の梨絵が楽しそうにニードルを手にして男の体に突き刺していた。男は手足の健を切られ動けなくされてから梨絵にニードルを刺されて遊ばれていた。男は梨絵を始末する前に犯そうとして返り討ちにあったようだ。男の目や鼻、口には大量のニードルが突き刺され、そして、男の股間も顔面以上の針山になっていた。どうやら、自分を犯そうとした男の性器に集中的にニードルを刺し楽しんでいるようだ。ニードルを刺される度に男の体がビクンと震える。


「また遊んでるのか もう終わりにしてご飯食べないと母さんに怒られるぞ 」


「はーい、もう少しお股にニードル刺したら、とどめをさして、ご飯に行きまーす 」


 やれやれだ。雄一は、この家に押し込んで来てしまった男たちを哀れに感じた。老夫婦に若い娘、自分たちの方が圧倒的に有利だと思い、暴力で従わせようとしていたが、その自分たちより遥かに上の本物の化け物に遭遇してしまった。人を殺す事を少しも躊躇いもしないどころか、楽しんでいる化け物たちだ。帰宅したら自分の家族が皆殺しになっていたという事態を夢見て帰ってきたが、やはり夢は現実にはならなかったのかと落胆する雄一だった。


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