序章
序章
僕は自分を異常者だと認識していた。幼い頃から命を奪うという行為に心を惹かれていた。自分が命を支配しているという思いが、たまらなく優越感を刺激していたのかも知れないが、僕は幼い時から異常であったのだ。おそらく、世の博識者と呼ばれる方々は、僕が異常者となった因子を探そうとするだろうが、そんなものは何処にも存在しない。僕は生まれながらに異常者なのだ。生まれた瞬間から他の人間とは異なっている。善と悪を分けるとすれば、生まれた時からの悪。認めたくはないだろうが、そういう人間も現に存在するのだ。心の中に恐ろしい化物を飼っている人間が……。
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捕まえた蟻を蟻地獄に落として、必死に逃げようとする蟻が努力及ばず蟻地獄に捕まってしまい体液を吸われていき干からびた姿になって、ポンと外に放り出される。幼い頃、僕はその様子を飽くことなく観察していた。田舎の実家の縁の下にいくつも出来ている擂り鉢状の穴に蟻を落とす。それが僕の楽しい日課になっていた。
でも僕はそれを人に話した事はないし、その行為は両親にも知られないように行っていた。幼いながらも僕は、それがいけない行為であると感じていたのだろう。僕にとっては何でもない行為でも、世間から見れば異常な行為であると認識していたに違いなかった。
同じ様にクモの巣に他の虫を貼り付けた事もある。虫がクモの巣にかかると潜んでいた蜘蛛がサッと出てきて獲物に糸をぐるぐる巻いていく。捕らわれた虫は逃げる事も出来ず蜘蛛の餌になっていく。僕はその様子を見て興奮していた。命が失われていくその姿が僕をひどく興奮させていたのだ。
小学校高学年になった僕は、対象が小さな虫からもう少し大きなものに移っていった。田舎にある僕の実家の周りは水田が広がり、森や沼もある自然が豊かな土地だった。時期になると周囲の水田から蛙の合唱が聞こえてくる、のどかな田舎であるが、僕はその蛙を命を奪う対象にしていた。
水田の周りの用水路から蛙を捕まえ、その口に爆竹を挿して火を点ける。手を放すと蛙は火の点いた爆竹を咥えながらピョンピョンと跳びはね、バンッと爆発して死ぬ。ちょうど飛び上がった瞬間に爆発すると、花火のように空中に血と肉片が飛び散り、僕は興奮で歓声を上げていた。蛙以外にも、用水路に潜んでいるアメリカザリガニも対象になっていた。ザリガニのハサミに爆竹を挟ませて点火する。ザリガニも蛙同様パンッと爆発して死ぬ。僕は一人で幾度となく殺戮を繰り返していた。
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この頃から僕には大きな目標があった。僕には人が全て善人だなんてとても思えなかった。僕自身、自分を善人だとはとても思えない事もあるが、それでも弱い者を苛めている者には怒りが込み上げてきた。自分は圧倒的に弱いものの命を奪っているのにだ。まったく矛盾しているのだが、そういう気持ちになるのだから仕方がない。よく、いじめられる方も悪いと訳知り顔で言う者もいるが、バカであるとしか言いようがない。いじめる方が悪いに決まっているだろう。こんな事を言うバカも含めて、僕はとにかくこんな奴を殺してやりたかった。こんなバカを全て殺してしまえばすっきりするだろうが、それをやれば僕が裁かれる側になる。僕は、そんな思いを胸に秘め毎日学校に通っていた。
僕は、クラスでは人気者というわけではないが、そこそこ信頼され、頼りにもされていた。成績もトップではないが上位に入り、教師にも同級生にも頭がいい子供と認識されている。同級生たちと草野球チームを作り、他の学校のチームと試合をして親交も深めている。女子にも疎まれないように身綺麗にして、教室の掃除も当番でなくても積極的に参加していた。とにかく、僕は自分の本性を隠して、周りには大人も子供も含めて良い人間であると印象付けるように注意していた。
ある時、クラスの女子が僕の前に来て「小川くんがいじめられているみたいだよ」と教えてくれた。僕は女子から、そんな報告も受ける程には信頼されているのだ。小川は目立たない大人しい男子で僕も全然気にしていなかったので気付きもしないでいた。それから、注意して観察していると確かに小川は宮内とその取り巻きに何やらやられているようだった。僕は、それから上手く小川に近付いていった。そして、程なく小川の信頼を得る事に成功し、小川からいじめについて聞き出し、宮内の罪が確定した。そう、罪。それは罪だ。僕は周りには小川の味方になっていると見せかけて、人知れず宮内にも近付いていた。そして、宮内の信頼も得る事に成功する。そうなれば、後は簡単だ。それから程なくして宮内は電車に轢かれ、グシャグシャになってこの世から消えていった。僕は大袈裟に、宮内くんにいじめは止めろと何度も言ったが効かなかった。それで、警察に行くと言ったらショックを受けたみたいでした。その日です。彼が電車に飛び込んだのはと泣きながら言い、僕が彼を追い込んでしまったと悔いてみせた。クラスのみんなも僕が小川をいじめから守っていたのを知っているので口を揃えて僕を弁護してくれた。まったく簡単なものだった。宮内のような奴は生きていれば将来必ず世の中の害になるだろう。早めに排除出来て喜ばしい事だった。
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小学校を卒業して、中学、高校、大学と進学していっても僕のスタンスは変わらなかった。勉強に励み、部活にも汗を流し、周囲の人たちともトラブルを起こさないように注意を払っていた。必要なのは、勉強も運動も、そして、人脈もだ。人間は何をやるにしても一人では出来ない。天才的な素晴らしい絵画を描ける人間も、その絵画を認め、称賛し、購入してくれる人がいなければ、餓えて死んでいくのが道理だ。自分の力を最大限に発揮するのは、自分の周囲にも有能な人間を集める努力が必須の条件だ。その為には労を惜しんではいけない。古代中国の三国志時代、有能な人財を集めた三国が残り、覇を競いあったではないか。
それからも僕は、幼い頃に立てた目標の為に邁進していたのだ。そして、それは現実のものとなった。今までの努力はこのためにあったのだ。これからは大手を振って”人を殺す”事が出来る。世界はこれから変わっていくのだ。
後の歴史学者がここから始まった時代をどう評価するのか。人類史上、最悪の暴挙と評されるのか、または画期的な快挙であると評されるのか。それは後世の人々の判断に委ねるとしよう。僕にとってどちらでもかまわない。だって、これは僕の心に潜む化物(欲望)を満たす為にする事だから…………。