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伯爵家嫡男と契約結婚して初夜をすっぽかされましたが、伯爵家を守って跡継ぎを育てています

作者: 鷹羽飛鳥

 「君を愛することはない」

 ──契約結婚を扱った書物では馴染みのある台詞ですが、私はそんな言葉すら掛けられることなく夫婦の寝室で待ちぼうけしています。




 今日、私は、カノラス伯爵家子息であるオリエント様に嫁ぎ、ベリーザ・イオディス子爵令嬢からベリーザ・カノラス伯爵家嫡男夫人となりました。

 婚約は1年前、まだ私が貴族学園在学中の16歳の時でした。

 オリエント様は24歳で、大変優秀と評判の方なのですが、いえ、実際に大変優秀で、魔道具の開発・改良による様々な収入によってカノラス伯爵家を潤してくださっておられます。

 ですが、魔道具の開発・改良にしか興味のない、いわゆる研究バカで、魔道具以外の事柄に時間を取られることを極端に嫌うのだそうです。

 それでも学園時代は毎日きちんと通われていたそうですが、それは尊敬する教授がいらしたからで、卒業してからというもの、屋敷の離れに籠もって研究に明け暮れているそうです。

 食事も睡眠も離れでとり、倒れる寸前まで研究していらっしゃるのだとか。

 離れには小さな寝室もありますが、研究室の隅にもベッドが置かれているそうです。

 そんな方ですので、結婚にも伯爵家を継ぐことにも全く興味を示されず、お義父様は家督をオリエント様には継がせず孫に継がせようとお考えになりました。

 また、お義父様の妻、つまり伯爵夫人は既に儚くなられていますので、代理として家政を取り仕切れる者が必要でもありました。

 そこで白羽の矢が立てられたのが、私でした。

 実家は継母が産んだ弟が継ぐことが決まっており、家が裕福でもなく嫁ぎ先に困るであろう私なら、このような条件でもうなずくだろうと選ばれたのでしょう。

 婚約したとはいっても、私がオリエント様にお会いしたのは顔合わせの一度だけで、今日の結婚式で誓いのキスをした時がお顔を拝見した二度目でした。

 さすがに結婚式には出てきてくださいました──お義父様が引きずり出してこられたらしいです──が、帰宅されるなり研究室に籠もってしまわれました。

 本当は、初夜はこなしていただいて、明日から籠もられる予定だったのですが、式で2時間も浪費してしまったからその遅れを取り戻す必要があるのだそうです。

 私との式を時間の無駄と言われることに思うところがないでもないですが、婚約する際に、その辺はお義父様からしっかり言い含められましたから、傷つくほどではありません。

 オリエント様は、本物の研究バカ(そういう方)であるとわかっているのですから。

 決して私をないがしろにしているわけではなく、研究に関すること以外は等しく無価値と思われている方なのです。

 むしろ、結婚式場にオリエント様を引っ張り出してこられたお義父様にびっくりです。


 この分では、今夜オリエント様が寝室に来られることはないでしょう。

 私としては、それでも問題はありません。

 これは契約に基づく結婚であり、私にデメリットはないからです。

 私は伯爵家で、使用人からきちんと嫡男の妻と遇されていますから。

 子爵家出身だからと侮られることはありません。

 お義父様からも使用人に一言あったようですし、私付きの侍女となったレストは、お義父様に忠誠を誓っている古参というか腹心ですし。




 私の母は、私が2歳の時に病没しました。

 父は嫡男が欲しくてすぐに再婚し、3歳違いの弟が産まれました。

 嫡男が産まれたことで、私は政略結婚の手駒と見なされるようになったのです。

 その後、5歳違いの妹も産まれたことから、母親の違う私だけが異物となってしまいました。

 私は、父からは、駒として有用であることだけを求められるようになったのです。

 家族に疎外感を感じていた私は、せめて有用な手駒として良い家に嫁ぎたいと考え、家政を取り仕切るための能力などを磨いてきました。

 そうでないと、高く買ってくれる家が問題のある相手ばかりになるのが目に見えていたからです。

 まっとうな家から良い条件で求められるには、私自身の能力の高さが必要です。

 伯爵家から縁談が来たのは、そのお陰と言っていいでしょう。

 私達の結婚は、カノラス伯爵(お義父さま)から申し入れられたものです。

 呈示された条件は、

   学園の家政にまつわる成績が優秀で

   社交にほとんど出られなくても構わなくて

   恋人や婚約者がいたことがなくて

   子を産める若い娘

というものでした。

 私が子を産めるかどうかは未知数ですが、それ以外は全て当てはまります。

 努力の成果として、全体的に成績はいい──具体的には、常に10位前後──ですし、学園在学中ですから若さは折り紙付きですし、なにしろ父がおいしい相手を物色中でしたから男の影など欠片もありません。

 社交については、つまりはオリエント様がそんな暇があったら研究していると仰る方なので、なかなか顔を出せないということなのですが、私はデビュタントもまだですし、華やかな世界への憧れなどもありませんから、こちらも問題ありません。

 私としては、私の能力を求められ、相応の扱いをしてもらえるなら、それ以上は望みません。

 下手をすれば狒々親父の後妻(慰み者)に売られかねなかったのですから、上々です。

 父としては、持参金不要で、逆にカノラス伯爵家と繋がりができて支度金まで貰えるおいしい話だったので、一も二もなく飛びつきました。




 カノラス伯爵家が私に求めるのは、亡くなった伯爵夫人の代わりの女主人となることと、次期伯爵となる継嗣、できれば嫡男を産むことでした。

 私としても、女主人となれる能力があると認めていただいたわけですから、全力で期待に応えるつもりです。

 ただ、私に求められている最大の役割は嫡男を産むことですが、それは私の努力だけではどうにもなりません。

 最大の障害となるのがオリエント様ご自身であることを、お義父様はご理解なさっていました。

 なにしろ本邸にほとんど寄りつかず、離れに籠もっていらっしゃる方ですから。

 月に一、二回、閨を共にするようお義父様から命じられたにも関わらず生返事だったそうです。

 オリエント様は、私に限らず女性全般に関心をお持ちでないらしいのです。

 お義父様は、オリエント様が伯爵家にとって有益な方であることはともかく、爵位を継がせることには不安があるため、ご自分がご健勝なうちに子を作らせ、オリエント様を飛ばして孫に爵位を譲ろうとのお考えなのです。

 そのために一刻も早く継嗣が欲しいと、私との縁談をまとめたのでした。

 純潔を求めたのも、社交を制限するのも、万が一にもよその血が入るのを防ぐため。

 妻に関心のないオリエント様の目を盗んで男と関係を持つことなどたやすいでしょうから。

 そして、関心がないあまり、オリエント様が妻を放置するであろうことも、当然予想されていたのです。

 さすがに初夜まですっぽかすとは思いたくなかったようですが、その可能性が否定しきれないこともまたわかっておられました。


 「奥様、旦那様(・・・)のお越しです」


 侍女(レスト)廊下(・・)から声を掛けてくると同時に寝室の扉が開きました。

 レストは、私の教育係と監視を兼ねた優秀な人だそうです。

 監視──つまり、浮気の防止と口止めです。

 監視などなくても、伯爵家を裏切るつもりなど毛頭ありませんが、信頼はこれから築いていくのですから、今は仕方ありません。

 口裏合わせのためには、彼女の存在が必要なのですし。




 そして、扉から旦那様(・・・)が入ってこられました。


 「できれば避けたかったところだが…。

  覚悟はいいかね」


 お義父様が優しく声を掛けてくださいます。

 オリエント様が初夜さえ無視なさったときのための最後の手段。

 カノラス伯爵家直系の血を繋ぐための。

 私がお義父様の子を産み、オリエント様の子として育てる──私と、お義父様と、レストだけの秘密です。

 初夜さえ放り出したオリエント様は、私が誰の子を産もうが、カノラス伯爵家を誰が継ごうが、研究さえ続けられるならどうでもいいと思っておられるのです。

 私は伯爵夫人にはなれませんが、そんなことはどうでもいいこと。

 大切なのは、私が実質的に女主人となり、我が子が継嗣となることです。

 徹頭徹尾、私の役割は変わりません。

 狒々親父の慰み者ではなく、伯爵家嫡流の母にさせていただくのですから、相手がオリエント様だろうとお義父様だろうと、私にとって大した違いはありません。どちらも正当なる伯爵家の直系なのですから。

 私は子を産む道具ではなく、我が子が爵位を継ぐまでの女主人なのです。

 必要なのは、我が子の父が、揺るぎない後ろ盾となれる方であること。

 それだけです。

 元々政略結婚なのですし、愛など求めてはいません。

 大切なのは、家のためという共通認識と、互いを尊重する気持ちです。

 お義父様は、私をゆっくりと開いてくださり、初夜は無事終わりました。




 翌日から、私はレストの補助を受けながら、女主人としての務めをこなし始めました。

 お義父様に嫁と認められた次期(・・)伯爵夫人である私に無駄に逆らう者はなく、それなりに順調に進んでおります。

 閨の方は、月に二度お義父様がおいでになり、半年が経つ頃には、私は無事妊娠しました。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 あれから6年、息子コンセルの教育が始まりました。

 伯爵家の後継とするべくお義父様は厳しく育てています。

 その分は私が優しく対応し、バランスを取るのです。

 もちろん、厳しすぎないよう、甘やかしすぎないよう、お互いに気に留めてはいます。

 オリエント様のような学究肌の方は、たまに出るならよいのですが、2代続けてとなると困りますから。

 そのオリエント様は、ご自分に息子がいることは認識していらっしゃるのですが、いつ、どのように生まれたかは全く気にされていません。

 ご自分が何もしていないことなど記憶にないようです。

 たまに本邸にやってきてコンセルと顔を合わせても、「いくつになった?」くらいしか仰いませんし。

正直言って、年齢など尋ねられてもコンセルが傷つくだけですので、オリエント様はなるべくコンセルと会わせないようにしています。

 今のところ、コンセルは問題なく成長してくれています。

 このまま次期伯爵として立派に成長してくれることを願うばかりです。

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めちゃくちゃ好み、面白かったです!文句なしの★5。 ベリーザからしてみたら実父より義父の方がよほど好感が持てるのではないかと思いました。
オリエントは不摂生すぎて男性不妊になっていそうだし、早逝しそうなのでベターな判断かなと思いました 興味がないからって子作りしていない記憶すら曖昧になるなんて流石にやばい、脳みそに栄養足りてないから興味…
なんとかと天才はってやつですね。 全てがズレた為に一周回って噛み合ったような感じ!
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