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 勇者ルクシオの成人の儀が終わった。かの王女殿下に日々しごかれて、剣も弓もいっぱしになった。背丈はとうに私を追い越し、工房の梁にも手が届くようになった。山猿めと罵った日、鳴き声をあげながらぶら下がっていた梁である。


「なあヴィンさん、こういうのが最近貴族の男の流行りなんだってさ」


 差し出された図案とルクシオの顔を見比べる。ルクシオはそんな私の反応に苦笑いを浮かべていた。


「似合わないよな?」


 勇者の仕事は魔王の討伐だけではない。見目がよく、神託によって運命を定められたこの青年には、あらゆる政治の思惑がのしかかっている。魔王討伐ののち、彼を婿として手に入れられた貴族が、王族により近づけることは間違いない。

 彼にそんな気はなさそうだが。


「夜会か」

「俺、あそこ嫌いだ。男も女も着飾りすぎて誰が誰だか分からないし、四六時中香水臭くて吐きそうになる」


 それでも三度に一度は出席するあたり、この青年も律義である。


「似合うように形を少し変えてやろう」


 私は図案を受け取った。ルクシオは驚いたような顔になる。


「なんだ?」

「……ううん。流行りもの、嫌いなんだと思ってた」

「着飾りは富の象徴だ。悪い文化じゃない」


 ただそれを、戦いのための服にまで取り入れるなという話である。

 王城に住み込んで十一年。私はすっかりルクシオ専属の縫製職人だ。寝間着から儀式服、国王軍として討伐に赴く際の制服まで、全て私が手掛けている。今では背丈が小指の幅ほど伸びただけで気付くようになってしまった。


「勇者様もまだまだだね。師匠はむしろ新しい流行りが出ると図案をかき集めてるぜ?」

「それはお前も同じだろう」


 顔を出したファウは「当然」と胸を張る。この魔狩人(ワイルダー)くずれも職人が板についてきた。最近では貴族の娘からも仕立ての依頼が来ているほどだ。よく言えば素直、悪く言えば流されやすい性格だが、周囲に染まりやすいというのはつまり周りをよくよく見ているということだ。


「師匠忙しいし、こっちの仕立ては俺がやろうか? ルクシオに似合うようにするなら目と同じ色の刺繍をここにこう入れて」


 ファウが図案に指を這わせる。いい提案だ。しかし振り向いてみれば、神託の勇者は子どものように唇を尖らせていた。


「すまないが」


 私はファウの手をそっと押し返す。


「勇者殿は私をご指名のようだ」


 なあ、と見ると、ルクシオは満面の笑みになっていた。

 しかし忙しいのは本当だ。私の工房には、今日も着々と木箱が届いている。

 火炎鳥(フラッピュイア)の尾羽。一角獣(ユニコーン)の鬣。怪牛魚(オドント)の鱗に人影鹿(ペリュトーン)の毛皮。山間に住むニンフたちが紡いだ糸が十三巻き。九割は魔族の素材だ。どれもこれも、市場で揃えようとすれば代金だけで家が建つ。

 だが、それだけのものを使う必要がある。それだけのものを集める価値がある。

 これらは全て、旅立つ勇者を守る服になるのだから。

 ルクシオの出立まで、あと三か月を切った。




「ヴィンさんは、どうして縫製職人になったんだ?」


 誰かにも投げられた疑問を、夜会帰りのルクシオが投げてきた。


「どうして、とは?」

「いやぁ、陛下とこの間お茶したときにさ」


 バルタザール、こいつとお茶する仲なのか。


「国王軍最強って名高いあの第八師団、ヴィンさんが作ったんだって言ってたから」

「……あいつめ」


 事実だろうと、言っていいことと悪いことがあるものだ。第八師団に関しては最悪である。


「別に、特段理由はない。軍人をやっていると縫物が増える。だからそれで飯を食って行こうと思っただけだ」

「ふーん」


 実のところ、それ以上の理由はなかった。手に職があれば、余所者でも田舎町に受け入れられるだろうと思って選んだ。その程度のことだ。

 仕事に慣れて、都から流れてきた変な男がやっている店、という認識がそこそこ広まったころに起きたのが、魔王軍の襲来だった。国王軍が出動してようやく倒せるような怪物たちが、ぞろぞろと人の領域に踏み込んできたのだ。


 たくさん人が死んだ。


 人は普通の獣にも勝てない。だというのに魔族の獣は軒並み一回り以上大きく、頑強で、気性が荒かった。そんなものが畑を掘り起こしている。どうにか追い払えないかと慣れない武器を手にして、死んでいく。

 魔狩人(ワイルダー)とて例外ではなかった。武器の握り方を知った。英雄になれるかもしれないと思った。金に目がくらんだ。他にやりたいことがなかった。理由は様々。自分の人生が何か劇的(ドラマチック)なものになるのではと夢を見て、死んでいった。

 そんなものを見ているうちに、皮鎧を作っていた。

 剣を置いても、鎧を脱いでも、私はまだ、誰かの命を守りたいのだと自覚した。

 私が仕立てた服が、生き急ぐ若者の命を守ればそれでいい。私が剣を握らなくても、彼らが未来を守るだろう。

 ……そのくせ、まだ二十にもならない青年を死地に送り出すために、私は針を握っている。


「俺の旅衣装も、ぜぇんぶヴィンさんが作ってくれるんだって?」

「ああ。()()()()()もある。大事にしなさい」


 耐火服。これがあれば炎にも飛び込める。

 対刃服。これがあれば千の刃にも挑める。

 対魔服。これがあれば、瘴気などおそるるに足らない。

 都の流行りなど関係ない。すべて、ルクシオの命を守るための服だ。


「それは嬉しいなあ」


 サボってばかりだった授業を真面目に聞くようになり、国王陛下ともうまくやっている。定められた役割に不平の一つも漏らさず、擦り寄ってくる貴族たちはさらりとかわす。

 立派になったものだ。私の工房に毎日のように逃げ込んでいたのが嘘のようだ。


「きっと、魔王に勝ってくるからな」


 ……だからこそ。

 だからこそ私は、勇者の服など、仕立てたくなかったのだが。

ルクシオの社交界での戦績

参加回数:半年で5回

ダンスに誘われた回数:たくさん

ダンスに誘った回数:ゼロ

ワインとぶどうジュースを間違えた回数:14回

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