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ホラー

元カレの誕生日を祝おうとする恋人と穏便に別れるには

作者: めみあ

夏のホラー2024参加作品です。


 今お付き合いしている和史は、お人よしで感謝の言葉をよく口にする。はじめはそういうところを好ましく思ったのだけれど……


「米澤さんの誕生日プレゼントを買いに行こう」


 その日、開口一番に彼から言われた言葉に耳を疑った。

 米澤は私が以前付き合っていた人でいわゆる元カレ。得意先の営業だった人で和史は顔を知る程度。その米澤に和史は誕プレを買うと言い出したのだ。


「……色々と聞きたいことはあるけど、まずはなんで米澤くんの誕生日を知ってるの?」


「去年男性に喜ばれるプレゼントは何かって質問されたときに日にちを聞いたから」


「あ、そうだった……」


(なんか気まずい。あのときは和史のことを何とも思ってなかったんだよね……それに和史が私に気がある感じだったから恋人がいるってアピールしたんだった)



 去年の話をされ、米澤に上司の娘と結婚すると別れを告げられた日を思い出し、少しだけ胸が痛む。

 同時に和史の無神経な発言に苛立ちを感じた。


「でもそういうこと、普通はしないんじゃない?」

   

 そこは正直に言う。常識的に考えてもこれはない。


「そっか、ごめん。米澤さんがいなければ僕の想いが未那さんに通じることはなかったと思うと、彼の生まれた日を感謝せずにはいられなかったんだ。気分が悪いならやめる」


 シュンと項垂れる和史。 


(えー……なんかちょっとこの人どうなの?)


 いつもニコニコして物腰は柔らかく、人とは分け隔てなく接するし、マメなタイプで嫌がることを率先してやる。あと感謝の言葉を口にしてくれる。だから旦那さんにするならこんな人がいい、なんて社内の女性陣から話題に上ることが多かった。


 もちろんそういう人だから人気がある。彼に二人で飲もうと誘った子が、好きな人がいるから誤解されたくないと断られたという話も聞いたことがあった。


 その好きな人が私だと、周りも私もわかっていた。分け隔てなくしているつもりでも、私に対する態度だけはわかりやすかったから。

 

 米澤に振られて、つい和史を飲みに誘ってしまったのが悪かった。もちろん誘いは快諾。あげく、身体の関係までもってしまった。もちろん誘ったのは私。


『僕の気持ちが通じたということ?』

『そうそう、そういうこと』

『僕のこと好き?』

『うん、好き』


 事後にこんな会話をし、軽い感じでお付き合いを始めたけれど、これは下手打ったかもしれない。






「森野くんとはどう?」


 同僚の沢村さんは和史と私が付き合いはじめたことを知っている。私は社内恋愛を秘密にしたかったけれど、ホテルからでたところを見られたから仕方ない。この日も目を輝かせた沢村さんからランチに誘われた。


「ああ、うん……」


 歯切れの悪い返事をしたことで察したのだろう。「話、聞くよ」と相談モードになった。


「優しいけど考え方が合わない気がして。長引かせるのも悪いからハッキリ言おうと思うんだけど、言える雰囲気じゃないというか」


「その気がないなら長引かせない方がいいのは賛成。今ならまだ傷が浅いだろうし。あ、そうだ。縁切りの石の話、知ってる?」


「急になんの話?」


「裏通りの神社の噂。私も後輩から聞いたんだけど、社のそばに石があってね、その石を撫でながら縁を切りたい人の顔を思い浮かべて名前を言うと、穏便に別れられるらしいよ」  


「また怪しい話? 毎日あの神社の前を通るけど、そんな話聞いたことないし、噂になってる割に人もあまり見ないよ。別の場所だよ、きっと」


 沢村さんは怪しい話をどこかで聞いてはこうして人に話すのが好きなタイプだ。聞き流すのが正解なのはわかっていても、私はいちいち反応してしまう。


「よくわからないけど、今までなかったのに、気づいたらあったんだって」

 

 話し始めたときは真剣な表情だった沢村さんだが、今は少し恥ずかしそうだ。いい大人が真剣に話すことでもないと思ったのかもしれない。


「そんなんで縁を切れたら楽だけどね。とりあえず自分でなんとかするわ」


 



《夕飯、一緒にどう?》


 ランチを終え、携帯をチェックすると和史からメッセージが届いていた。

 

 OKのスタンプを返し、どう別れ話を切り出そうかと考える。

  

 ――あ、でも誕プレの話では感じ悪い怒り方したから、あっちも合わないって思ってる可能性あるよね。結構スンナリ別れられるかも。


 

 ピコン、と

 すぐにまたメッセージがきた。


《あとこの前のお詫びもしたい。来月に温泉旅行はどう? 行きたいって言ってたよね》


 ――やっぱりスンナリはないか。

 

《温泉いいね、じゃあまたあとで話そう》





 先に退勤した和史から、駅前のカフェで待っているとメッセージがあった。


 少しあとに退勤した私の足取りは重かった。別れても社内で顔を合わせることを考えると気まずい。だからといってこのままうまくやれる気がしない。

 

 どうしようか決めかね、立ち止まりため息をついたとき、小さな社が目に入った。


 沢村さんが話していた神社だ。  

 狭い敷地に鳥居と社と石碑がある。

 小さな神社だし、たまに通りすがりに手を合わせている人を見かけることがあるが、縁切りとかそんな不穏な雰囲気はない。

  

 昼の会話を思い出したことで、そういえばと地面に視線を向ける。確かに石があった。実家にある漬物石と似た感じだ。


(お母さんは20㎏の重さもあるのに軽々と持つんだよね)


 そんなことを考えて、なんとなく親近感をおぼえ初めて鳥居をくぐる。


 『縁を切りたい人の顔を思い浮かべながら石を撫でて名前を言うだけ』


 沢村さんの言葉を思い出す。馬鹿馬鹿しいと思いながら、少し気になった。それだけで穏便に別れられるなら。

 私はなんとなく辺りを見回す。近くに人はいないようだ。けれど遠くからこちらに数人向かってくるのが見えた。


 ――名前を言うだけ。



「もりの……かずし……と縁を切りたいです」



 言われたとおり、和史の顔を思い浮かべながら石を撫でる。

 一瞬、周囲の物音が消えた気がした。



 ――なんか、言葉にだしたら勇気がでた。これなら普通に言えそう。他の人も石の力じゃなくて、こうやって自分の力で解決したのかもね。



 

  


「森野くん、急に辞めちゃってビックリしたね」  

「うん」


 私も正直驚いていた。

 あの日、願いを口にしたあと、和史から親が倒れたから今日は会えないと連絡がきた。週明けに出社すると、和史が会社を辞めるという話になっていた。


《待っていてほしいなんてワガママは言えないから、僕たちの関係はここで一旦区切ろうと思う。未那さんは好きなように生きてほしい》


 和史からのメッセージもこれだけ。

 

「もしかして……神社に行った?」 

 沢村さんが小声で聞く。

「……うん」


「なんて言ったの?」

「言われたとおり名前だよ。もりのかずしと縁を切りたいって」


 沢村さんが目を見開き、「はあ!?」と大声をだした。


「森野くんの名前、かずふみだよ! 知らなかったの!?」

「え……」

  

 知らなかった。まだ付き合って間もないし、名を呼んだことがないかもしれないとようやく思い至る。


「言い忘れてたけど、もし間違えたら自分に跳ね返ってくるって……」

「やだ、怖いこと言わないでよ。でも間違えたのに願いが叶うなんておかしいし、やっぱりただの偶然だよ」





 それからも和史から連絡がくることはなかった。風の噂で母親の療養のため遠くに引っ越したらしいと聞いた。



 私は新しい恋人ができた。

 半同棲中で、結婚も近い。


 

「未那、大事な話があるんだ」


 彼の誕生日に抱き寄せられながら大事な話。

 きた、と思いながら頰を寄せる。


 そのとき、玄関のチャイムの音。

「あ、ピザかな」


 彼は直接玄関に向かう。

 不用心なんだから、と彼の背中を見ながら、この先の幸せの瞬間を想像して顔がほころぶ。



「お誕生日おめでとうございます」


 玄関から聞こえたのは祝いの言葉。


「は? 誰?」


 彼が戸惑いながらも、こちらを振り返り、来るなというようなゼスチャーをする。


「一旦預けていた恋人を迎えに来ました。君のおかげで未那さんは家族をもつ覚悟ができたようで、感謝します。あとは僕にまかせてください。今までありがとう」 


「か……森野くん!?」


 聞き覚えのある声に姿を確認すると和史がこちらに笑顔を向けた。


「え、未那の知り合い? 恋人とか言ってるけど」


「違う! 恋人じゃない!」

 叫んだあと、身体がこわばり、口が勝手にうごきだした。


「……ちが……う……、あ……あい、愛して、いるのは、あなた……だけ……かずふみ、さんだけ」

 

 ――……なんで、和史の名前をっ!



 同時に身体も吸い寄せられるように玄関の方へと向かう。そして和史より伸ばされた手をとると、「待たせてごめん」と抱き寄せられた。


 

 彼は突然のことに唖然としていたが、ようやく状況を理解したのか、私と和史を交互に見てゲンナリした表情を浮かべる。


「なんだ、二股かよ。修羅場とか面倒だから、あんた持ち帰ってよ」






 

 あれから、和史から離れられない。

 何かの力に抗えず、愛を囁いてしまう。

 

 これは呪いだ。

 ただ名前を間違えただけで。


「僕は君を成長させることはできないけど、そのままを受け入れることができる。僕は君の全てが愛しいんだ」


 和史に手を握られながら、私は自分でも笑顔が歪むのを感じる。


 好きじゃないのに恋人になった代償がこれ。

 そんな人、世の中にはたくさんいるのになんで私だけ。


「未那、愛してる」

「わ……わたし、も、あいして、る」


 


 呪いは私に侵食していく。

 気持ちはなくとも身体は受け入れている。 

 

 私はこの先どうなるのだろう。










 








読んでいただきありがとうございました。


※7/31 後半を少しだけ手直ししました。



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