5.紅茶(リイナ視点)
リイナ視点です。
「リイナ、どうやらヴィオラ嬢に気に入られたようだな。これから何があってもヴィオラ嬢の機嫌を損ねるな。何よりも彼女の事を優先しろ。」
「……はい。」
「伯爵家との繋がりを、こんな形で得られるなんて……お手柄ね、リイナ。」
お父様とお母様の言葉に、私は笑顔を無理やり作った…。
私の人生は、ヴィオラ様と共にあった。幼い頃、伯爵家に私と両親は招かれた。私と同い年の令嬢がいるから会ってみてくれないか? と伯爵に言われた。
「…あなたがリイナ、ね…よろしくね。」
ベッドにいる伯爵令嬢のヴィオラ様は、私の事を嬉しそうに見ていた。それが、始まりだった…。
ヴィオラ様は生まれつき身体が弱かった。詳しくは分からないけれど、不治の病に侵されていたそうで、社交界に赴く事が殆ど出来なかった。友人が出来るようにと、伯爵は何人かの令嬢を伯爵家に招いてみたものの、ヴィオラ様は心を開かなかったそうだ。
何故かは分からないけれど、ヴィオラ様は私の事を気に入ったらしい。伯爵達からヴィオラ様の友人として、これからもどうか宜しくと言われてしまった。そして、伯爵家との繋がりを得て喜んだ私の両親は、私にヴィオラ様の機嫌を損ねるなと圧をかけてきたのだった。
「…もう、邪魔なんだから」
ある日、ヴィオラ様の部屋で話をしていると、伯爵家の使用人が紅茶のお代わりは必要かと確認に来た。何時もと変わりない、どこの家でもあり得る光景だった。
「せっかくリイナとお話してるのに、遮られて困るわ。」
でも、ヴィオラ様は不快に思ったらしく、拗ねたようにむくれてしまった。
「…そうだわ! ねぇリイナ、紅茶を淹れられるようになってよ。リイナが紅茶を淹れてくれたら使用人が来る必要なんてないもの!」
瞳を輝かせながら、名案を思いついたとばかりにヴィオラ様は言った。紅茶を趣味で淹れる貴族が居ない訳ではない。でも、本来は使用人がやる事だ。私はヴィオラ様より身分は低いけれど、男爵令嬢であるのに…。
「…はい、勉強しますね。」
ヴィオラ様の機嫌を損ねない為に、そう言うしかなかった。
ヴィオラ様の意思を何よりも優先しなくてはならない。ヴィオラ様の好む紅茶を淹れられるように練習した。ヴィオラ様が自分以外と仲良くしないで欲しいと涙ぐむから、私は友人を作らなかった。ヴィオラ様が会いたいと言えば、用事を後回しにして会いに行った。
…私はまるで、ヴィオラ様の使用人みたいだ。ヴィオラ様のお守りをする為の存在だと思った。
「ねぇ、リイナ。私達は友達でしょ? 私の事、呼び捨てで呼んで欲しいわ。誰もいない時くらい、いいでしょう?」
ヴィオラ様の機嫌を損ねない為には、「ヴィオラ」と呼ぶべきなのは分かっていた。でも、呼びたくなかった。貴族としてのマナーに反するから、というのもある。でも何より、
私は、ヴィオラ様を友達と思っていなかったからだ。
ヴィオラ様が悲しそうにしても、そこだけは譲りたく無かった。もしこの事を伯爵達に言われても、私は正しいのだから反論できないだろうと思っていた。予想通り、私が何かを言われる事はなかった。それが、私に出来た唯一の抵抗だった…。
◇◆◇
数年後、私とヴィオラ様は学園に通い始めた。ヴィオラ様が学園に通うのは難しいと思っていたけれど、何とかなったらしい…学園に通うようになれば、ヴィオラ様と離れられると思っていたのに。ヴィオラ様は相変わらず、私以外の誰かと交流しようとしない。私が誰かと話そうとするとヴィオラ様は嫌がった。私は何時まで、ヴィオラ様の傍にいなければならないのだろうか…。
そんなある日、セブラン伯爵が現れた。初めて会った時から、ヴィオラ様に好意を抱いている事は分かった。ヴィオラ様は、最初は相手にしている様子はなかったけれど、いつの間にかセブラン様に笑いかけるようになっていた。仲睦まじくなっていく二人を、私は心から祝福した。
二人が仲良くなれば、セブラン様がヴィオラ様の傍に居るようになれば、私はヴィオラ様の傍にずっと居なくてもいいのではないか? そう思ったからだ。
でも、結局ヴィオラ様の傍を離れる事は出来なかった。ただ、三人で過ごす時間が出来ただけだった。紅茶を三人分、淹れるようになっただけだった。
…私の事なんて気にせずに、二人で過ごしてくれればいいのに。学園を卒業した後も、誰かと結婚した後も、何故かヴィオラ様の傍に居なければならないような気がして……怖くなった。
「私、もうすぐ死んでしまうそうよ。」
ヴィオラ様の言葉に、私はとても驚いたのだった。