1.水面
注意:貴族文化や紅茶について、作者は殆ど知らずに書いております。(ネットで作者なりに調べてはおりますが…) あくまでも小説の中の設定という事でご了承下さい。この小説はハッピーエンドとは言えない結末になると思いますが、それでも宜しければどうぞご覧下さい。
「すぐに用意しますね。」
リイナは慣れた手付きで茶葉の入ったティーポットの蓋を空けるとお湯を注ぎ始めた。湯気が立ち、部屋中に優しい香りが広がっていく…。
俺は伯爵のセブラン。そして、目の前で紅茶の準備をしている女性、リイナは俺の妻だ。リイナは男爵家の令嬢だったが、今日結婚式を挙げ、夫婦となった。
今は夜。入浴を済ませた俺はリイナが部屋に来るのを待っていた…初夜の為だ。人払いをしており、近くには誰もいない。どれくらいの時間が過ぎたのか分からないが、扉を開けて欲しいというリイナの声が聞こえた。扉を開けるとティーセットを載せたトレイを両手で持ったリイナが居た。リイナは部屋に入ると、部屋の中に設置されている小さなテーブルにティーセットを置いた。白いティーカップ、ソーサー、ティーポット、熱湯を入れたポット、シュガーケース、ティースプーン…いつもと変わらないティーセットだ。
「飲みますよね?」
「…ああ。」
俺が椅子に座ると、リイナは準備を始めた。そして、今に至る。
「はい、どうぞ。」
紅茶が入ったティーカップは2つ。そのうちの1つが俺の近くに置かれた。ティーカップの中の紅茶の水面は、テーブルに置かれた衝撃で小刻みにゆらゆらと揺れている。お湯が注がれていた時よりも薄くなった湯気が立ち、部屋中を満たしている香りは、距離が近づいた事で強く感じる。
「あぁ、ありがとう。」
リイナにお礼を言うと、ティーカップのハンドルを摘む。指が触れた瞬間、紅茶の水面の揺れが僅かに強くなった。
「その紅茶、毒が入ってますからね。」
ティーカップを持ち上げようとした手は、リイナの一言でピタッ、と止まる。紅茶を見ていた目線は、リイナへと移る。リイナはいつもと変わらない笑みを浮かべて俺を見ている…。
「…珍しいな、そんな冗談を言うなんて。」
思わず苦笑いをしてしまう。リイナと出会ってから何年も経つが、冗談を言われるのは初めてだった。しかも冗談にしては面白くないし、怒るにしてはあまりにも突拍子もない内容であった為、反応に困った。
「冗談ではありませんよ。」
「……。」
俺はどうしたら良いのだろうか。この場で最適な答えとは何なのだろうか。
「…やっぱり、信じてくれませんね。セブラン様、これを見て下さい。」
リイナは自分の左手の薬指に嵌まっている婚約指輪を外した。そして、自分のティーカップの紅茶の中に落とした。ポチャン、と音が軽く響く。
「おい、リイナ何をして…っ!?」
カップの底に沈んだ指輪は、徐々に黒ずんでいった…。
「銀は毒に反応するって、知ってますよね?」
一般的な婚約指輪は金、もしくは金と銀を配合した輪に、ダイヤ等の宝石を飾った物が殆どだ。銀のみを素材とする事はまず無い。銀は金より安い事と、手入れが大変だからだ。しかし、リイナがどうしても銀の指輪が良いと願った為、反対する者達の意見を押しのけて職人に作らせた。デザインもリイナの希望に従い、ダイヤも刻印も装飾も何も無い、シンプルな銀の輪となった。けれど、左手の薬指に嵌めれば誰が見ても婚約指輪だと分かる輝きを放ち、今も俺の左手の薬指にある。しかし、リイナの指輪は紅茶の中に沈み、その輝きを失い黒ずんでしまった。
「……どういうつもりだ。」
俺の手はカップから数センチ離れ、テーブルに触れる事もないまま宙で固まっている。
「使った毒はこれです。」
俺の言葉を無視し、リイナはテーブルの上に飾り気のない茶色の小瓶を置いた。
「…ほら、冷めてしまいますよ。温かいうちに飲んでくださいね。」
紅茶は相変わらず薄い湯気を立て、優しい香りを運んでくる。しかし、水面は何の動きも見せずに静止していた。
作者なりにネットで調べた知識や用語で書いております。おかしな点も多々あるかもしれませんが、小説の中の設定という事でご了承下さい。