表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化準備中】後妻になった死体です。~一年後には棺へ戻るのでお気遣いなく~  作者: 木山花名美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/40

25 夢見る死体です。

 

 ◇◇◇


「わあっ……」


 ローテーブルに広げられた、大小様々な木材や、温かな色味の布。木製の可愛い小人達を見て、ソファーの対面に座るお坊っちゃまと笑い合う。

 ハーヴェイ様が掲げる組立図に、二人、興味津々で身を乗り出した。


「面白そうでしょう? ヘリオスは家や家具を、義姉上はファブリックを。二人で作れる小人のドールハウスです」


 その説明に、更に胸がときめく。


「素敵……ヘリオスと一緒に作れるなんて」

「僕、すごい家を作ります! お義母様、楽しみにしていてくださいね」


 木材を手にキラキラと目を輝かせ、えくぼを浮かべるお坊っちゃま。私も布を手にし、笑い返した。


「あと、これはお楽しみのお菓子だ。二人で仲良く食べるんだよ」


 トンと置かれた二つの瓶に入っているのは、片や美しい宝石、片や道端の石ころ。何だろうと興奮しながら覗き込む私達の頭を、ハーヴェイ様は両手でぐりぐりと撫でた。

 激しい咳払いに右隣を向けば、口に手を当て、眉間にくっきりと皺を寄せる辺境伯様。

 喉が苦しいのかしら……。

 お坊っちゃまにそうする感覚で、つい手を伸ばして背中を擦ってしまう。すると楽になってきたのか、お顔を緩めてくださった。


 何故かハーヴェイ様に向かい口角を上げる辺境伯様に、ハーヴェイ様も笑みを返す。

 ……二人の間に走る、このピリッとした独特の空気。前にも少し感じたけれど、男性の兄弟特有のものかしら。

 ハーヴェイ様は、辺境伯様から私に視線を移すと、楽しげに言う。


「それにしても……義姉上のそのお洋服は、とても素敵ですね」

「ありがとうございます。せっかく良い生地を頂いたのに、簡単な普段着しか作れなくて申し訳ないのですが……」

「いえいえ! レース使いや、色の合わせ方が素晴らしい。愛らしくて、まるでうさぎと双子みたいですよ」


 私の左隣には、お揃いのワンピースを着たうさぎがお利口に座っている。嬉しくなって、ふわふわの身体を抱き上げると、ハーヴェイ様がうんうんと優しく微笑んでくれた。


 ……あっ!


 瞬きする間に、腕から一瞬で消えてしまったふわふわ。いつかを思い出し右隣を見れば、やっぱり辺境伯様の腕に抱かれていた。


「紅茶が冷める。早くおやつを食べよう」


 長い腕が上がったのを合図に、使用人らの手でさっとテーブルが片付き、お茶の用意が整えられる。


「良い香りだな。今日はアップルティーか?」

 珍しく給仕に話し掛ける横顔は、その気さくな口調とは反対に、少し不機嫌にも見えるけれど……


 取り上げられた訳ではない、のよね?


 辺境伯様はうさぎの頭をぐりぐり撫でると、私の手の届かない所に置き、ティーカップへ優雅に唇を付けた。



 頂いたお菓子をお坊っちゃまと開け、宝石はキャンディ! 石ころはチョコレート! と口に入れてははしゃぎ合う。紅茶も飲み終わり一息吐いたところで、辺境伯様は私の腕にうさぎを戻してくれた。


「……疲れるから、そろそろ部屋に戻ろう」


 そう言い立ち上がると、私の背と膝の裏に優しく手を入れ、ひょいと横抱きにする。


 私が移動する時は、いつもこうして運んでくださる辺境伯様。自分で歩くと何度断っても、屋敷ここは広くて足の負担になるからと譲らない。申し訳ないとは思うけれど……すぐに出て行く私に、わざわざ車椅子など用意するのも勿体ないでしょうしね。


 なるべく密着しないようにと気を付けてはいるものの、ふっと力が抜けて、手や頭を辺境伯様の胸に寄せてしまうこともある。

 そのたびに広い胸から伝わるのは、私に負けないくらいの激しい鼓動。……きっと、不快感に耐えてくださっているからだろう。

 それなのに今日は何故か、辺境伯様の方から、大きな手で私の頭を胸に引き寄せられる。

 ……どうして急に? 夕べハーヴェイ様が戻られたことと、何か関係があるのかしら。全てをご存知の彼の前では、愛し合う夫婦を演じる必要もないと思うけれど。


 死臭を確かめているのかと不安になったけれど、毎朝嗅いでくれるジュリは、今のところ大丈夫だと言っている。どうやらお坊っちゃまの魔力には、見た目の維持に加えて消臭効果もあるらしい。

 口に残るお菓子の甘い余韻。たとえ残りの時間が短くなっても、お坊っちゃまの魔力を摂り続けていて良かったのだと、改めてそう思った。


「義姉上」


 辺境伯様の長い足がソファーとテーブルの隙間を抜けた時、ハーヴェイ様も立ち上がり、ふわふわに埋もれる私の手に木製の箱を乗せた。何とか掌には収まるけれど、小箱と言うにはややずっしりした大きさだ。


「もう一つのお土産です。夜になったら開けてみてくださいね。部屋の中に素敵な世界が広がりますよ」


 素敵な世界……何だろうとわくわくしながらお礼を言う。


「さすがに夜はお部屋に伺えないので……()()。あと何ヵ月か経ったら、一緒に観ましょうね」


 何ヵ月? と首を傾げる私の頭上で、またピリッとした空気が流れた。



 ◇


 その夜、箱に挟んであった説明書通りに、照明を落とし、カーテンを閉め、全ての灯りを遮断する。

 箱裏のネジを回し蓋を開ければ、中の丸い穴から光の柱が昇り、暗い天井一面に星空が広がった。


「わあ……」


 美しすぎてため息が漏れてしまう。本物の星みたいにチリチリと瞬くだけではなく、時にはひゅんと流れ星になったり、星座を創ったり。

 別のネジを回せば、優しいオルゴールのメロディまで流れた。


 ベッドサイドに箱を置くと、うさぎと一緒にごろんと仰向けになり、この天井だけの贅沢な瞬きを見上げる。

 お部屋の中で星空が見られるなんて……

 こんなに綺麗なのは、この暗闇あってこそなのだと思えば、長い夜も悪くない。

 ふわふわの手を握れば、『そうだね』と寄り添ってくれた。


 飽きることも、もちろん眠くなることもない。何十回目かの流れ星の行方を追っていた時……

 遠慮がちなあのノックの音に、心臓がドキリと跳ねた。


 辺境伯様……? もしかして、またお坊っちゃまが?


 勢いよく身体を起こし、呼び掛けもせずドアを開けると、そこには長い筒状の物を抱えた辺境伯様が立っていた。

 驚いたように見開かれたアイスブルーの瞳は、次第に険しくなり、眉間に皺が寄り始める。


「何故確認もせず開けるんだ。こんな夜遅くに……もし私でなかったらどうする」

「……申し訳ありません。その……ノックの音で、辺境伯様だと思ったので」

「ノックで?」


 自分の手を不思議そうに見つめる辺境伯様。昼と変わらぬきっちりした服装でも、寝起きの乱れたガウン姿でもなく……今夜はラフなシャツにカーディガンを羽織っている。ゆったりしたその雰囲気から、お坊っちゃまに何かあった訳ではなさそうだと安堵した。

 ……では、何故?


 私の視線に、辺境伯様は少し躊躇いがちに言う。


「どうしても……夜でないといけない用事があって。その……入っても構わないだろうか」



 照明も月明かりも差さない暗い室内に入ると、辺境伯様は足をピタリと止める。そしてすぐに、寝室から漏れる幻想的な灯りに気付き、そちらへ顔を向けた。


「あっ……今日、ハーヴェイ様から頂いた魔道具なんです」


 私はベッドサイドから箱を持って来ると、テーブルの上に置いた。天井一面の星空を見上げ、辺境伯様は言葉を失くしている。


「お部屋で星空が見られるんです。とても綺麗で……ベッドに横になりながら、ずっと見上げていました」

「ああ……綺麗だな」


 下を向き、「先を越されたか」とぼそっと呟くと、それきり黙ってしまった。


「あの、ご用事とは……」

「……用事。ああ、そんなことを言っていたか。いや、大した用事はなかったみたいだ。また出直すよ」


 寂しそうな、拗ねているような。そんな何とも言えない表情と、支離滅裂な言葉を残し背を向けられる。

 ドアへと歩き出す背中は、自分よりずっと高くて広いのに、繊細で儚げに見えて。なんとなくこのままではいけない気がして、思わずカーディガンを掴んで引っ張ってしまった。

 足を止め、きょとんと振り返る辺境伯様と、固まる私。何で引き止めてしまったのか、何と言ったらいいのかも分からず……とりあえず、さっきから気になっている物について訊いてみた。


「あの、それは何ですか?」



 中庭のベンチに私を座らせると、辺境伯様はすぐ傍に三本の棒を組み立て、その上に長い筒状の物を置く。筒の先を空へ斜めに向け、反対側を片目で覗き込みながら、角度を調整したりネジを回している。

 やがて、うんうんと満足気に頷きながら私を手招きした。


「この穴を覗いてごらん」


 言われるままに、辺境伯様の真似をして覗いてみると……


「わああ……!」


 遠いはずの星空が、すぐそこに広がっている。穴から目を離せばやっぱり遠いのに、覗けばこんなに近くに見える。今までは塵みたいだと思っていたその輝きが、一粒一粒はっきり見えて。もしかしたら本当に掴めるんじゃないかと、手を空に伸ばしては握ったり開いたりを繰り返してみる。


「カプレスク領の最新の魔道具なんだ。この間侯爵夫妻が来た時に教えてくれて……君を驚かせようと内緒で取り寄せていたんだけど」


「素敵……素敵です。星がこんなに近いなんて夢みたい。これならもう、鳥になれなくてもいいです」

「鳥?」

「はい。鳥になって空を飛べたら、星をさわれるのかなって思っていたんですけど。目でさわれたので、もう充分です」


 少しの間の後、辺境伯様の目元がくしゃりと垂れる。


「そうだな……星は手で触るよりも、目で触る方が素晴らしいのかもしれない。月も太陽も、手の届かない所にあるものはみんな……」



 いつものアイスブルーではなく、しっとりと夜の色を帯びた瞳が私を見つめる。

 ……同じ。中庭ここでフロイターゼワルツを踊った時と同じだわ。


 ものすごい引力は、鼓動も身体も置き去りに、私の魂だけを彼へと吸い込んでしまう。

 切なくて、でも心地好くて、切ない。

 視線は触れるどころか、くっついて熔け合って…………もう少しで一つになる寸前で、カチャリと固い音に阻まれた。


 どうやら私の手が、魔道具のネジに触れて動いてしまったらしい。


「……すみません」

「いや……いいんだ。……そうだ! 今度は月の模様を見てみよう」


 辺境伯様は再び穴を覗き込み、ネジを回していく。鼻筋の通った端整な横顔に見惚れていると、おいでと肩を抱き寄せられた。

 夜風にふわりと漂う石鹸の香り。ああ、お風呂上がりだったのね……などと考えれば、段々自分が恥ずかしくなってくる。どんなに見た目が綺麗でも、臭わなくても、私は所詮死体で。本当はこうして、美しい彼の隣に並ぶことなどあり得ないのだから。


 初めて見た月の模様は、とても神秘的だったのに。辺境伯様の瞳以上の引力は感じなかった。




「これは部屋ここに置いておくから。教えた通りに調整すれば、一人でも毎晩星にさわれるよ」

「ありがとうございます」

「……じゃあ、おやす」


 言い終わってしまう、また背を向けられてしまう。そう思ったら、「あの!」と必死に叫んでいた。

 脳も傷み始めているのか、頭は全く動かなくて。代わりに心が想いを紡ぎ、言葉を織り成していく。


「また……また、一緒に空を見ませんか? 私は一人よりも……辺境伯様と一緒に、星を触りたいです」


 すうと吸った息が止まる気配と、ごくりと唾を飲む音。

 薄暗い部屋の中、星みたいに瞬かれたアイスブルーには、何かがキラリと光って見えた。


「明日、」

 薄い唇の奥で、切なげに詰まる言葉。ゆっくりほどかれ届けられたのは、彼の真っ直ぐな想いだった。


「明日、また来てもいいか?」

「……はい。楽しみにしています」



『未来のことは、分からないから。一秒後も、一分後も……明日のことも』



 お坊っちゃまにはそう言ったのに、私は今、明日を夢見てしまっている。

 愚かなその約束は、辺境伯様の笑顔に不吉な影を落とし、心臓をぞわりと撫でた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木山花名美の作品
新着更新順
総合ポイントの高い順
*バナー作成 コロン様
― 新着の感想 ―
兄弟大戦勃発!! 好感度上げしてないでさっさと告白しやがれ、と思いもするが、したらしたで今のところBADENDしか見えてこない。 どうなるんだろう? どきどき
あ〜〜〜〜! もう! 結ばれちゃえよ! ‥‥でも‥‥、結ばれたらどうなるんだ?
[良い点] 辺境伯様かわいいです。お坊ちゃまも元気になって何よりです。星を見上げての語らい、とてもロマンチックですね。 [気になる点] 未来のことは分からない。皆そうなのかもしれませんが、やはり切ない…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ