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【書籍化準備中】後妻になった死体です。~一年後には棺へ戻るのでお気遣いなく~  作者: 木山花名美


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17/40

17 喜ぶ死体です。

 

 キリルは気付かれる前に素早く戸を閉め、踵を返す。

 ただ弟と仮初かりそめの妻がダンスを踊っていた……それだけの光景に、言い様のない嫌悪感が押し寄せ、爪先を床に乱暴にぶつけながら大股で歩いていた。


 あんなに明るい顔で笑うのか……

 自分の知っている彼女の笑顔は、控えめで柔らかくて……常に優しい霧がかかっているようなのに。

 ハーヴェイの前では……あんなに……


『鳥になって空を飛んだみたいだと、すごく楽しそうな顔で言ったんです』

『もっと高く羽ばたかせてあげたいと、そう思うじゃないですか』


 執務室へ向かう廊下には、ぐにゃぐにゃと黒いものが立ち込め、歪んで見えた。




 ◇◇◇


 今日……も?


 食卓の上座に、すっと着く辺境伯様を見つめる。

 私とお坊っちゃまとハーヴェイ様の三人で摂っていた昼食。何故か数日前から、そこに辺境伯様も加わるようになった。


 ご家族水入らずの方がいいんじゃないかしら……そもそも私が居るから、辺境伯様はお坊っちゃまと昼食を召し上がらなくなった訳だし。


 そんなことを考えながらお顔を眺めていると、アイスブルーの視線とパチリとぶつかってしまい、慌てて頭を下げた。


 お坊っちゃまを中心に、食卓はいつも和やかな雰囲気に包まれている。ハーヴェイ様程は喋らないけど、辺境伯様もお坊っちゃまのお話に耳を傾けたり、微笑みながらお返事したり。

 その合間に……何度も私の方を見ては、目が合う前に逸らされてしまう。

 気のせいかしら……ほら、また……

 ハーヴェイ様から何か報告があって、ご自身の目で私を探られているのかもしれない。もしくは、この間お部屋に運んでいただいた時、何か違和感があって怪しまれているとか。……軽すぎた? それとも……死臭がした?


「義姉上、どうされたのですか? 難しい顔をして」

「して……ましたか?」

「ええ。こんなでしたよ」


 ハーヴェイ様が作るお顔が面白く、お坊っちゃまと一緒にお腹を抱えて笑ってしまう。

 あ……また……。横目で上座をチラリと見れば、険しいアイスブルーの視線が逸らされた。




「ハーヴェイ様、ローズ通りからお荷物が幾つか届いたのですが。お部屋へお運びしてよろしいですか?」


 食後のお茶を飲んでいると、従者に呼び掛けられる。


「ああ、一番大きな荷物だけはここへ持ってきてくれ。あとは部屋へ」

「かしこまりました」


 ハーヴェイ様は、リボンの付いた大きな袋を受け取ると、私の元へやって来て差し出した。


「先日、買い物に付き合っていただいたお礼です。どうぞ」

「お礼……?」

「はい。どうぞ、開けてみてください」


 お礼なんて……むしろ色々と迷惑をかけてしまったのに。

 戸惑っていると、ハーヴェイ様は眉を下げて、袋を切なげに撫でる。


「ほら……早くしないと、窒息してしまうかもしれませんよ。こんなにリボンをきつく結ばれて……可哀想に」


 窒息……まさか、生き物なの!?

 勢いよく立ち上がると、私は袋のリボンを引っ張った。


 …………あっ!!


 はらりとほどけ、広がった袋から現れたのは、ふわふわの真っ白なうさぎのぬいぐるみ。頬っぺたと耳の中だけが淡い桃色の毛で、鼻と口はそれよりも濃い桃色の糸で作られている。その上にある二つの円い硝子玉の瞳は、お月様みたいに綺麗な金色だった。


 あまりの可愛さに胸を押さえていると、辺境伯様がたしなめるように言った。


「ハーヴェイ、彼女を幾つだと思っている」

「幾つだっていいじゃないですか。はい、どうぞ、抱っこしてあげてください」


 ハーヴェイ様はそう言いながら、抱える程大きな子を、私の腕へ置いてくれた。

 ……生きていないのに。ふわふわの毛はほんのり温かくて。瞳はキラキラと輝いている。

 可愛くて可愛くて……頬を寄せながら、ギュウと抱き締めた。


「アンティークの店で買った中から、お好きな物をプレゼントしようとしたのですが……貴女はこちらの方が喜ぶかと思いまして」


 思わずこくこくと頷いてしまう。


「ずっと……小さい頃からずっと、こんな子を抱っこしてみたかったんです」

「それはよかった。可愛がってあげてくださいね」

「頂いても……よろしいのですか? 本当に?」

「もちろん。“夢のお友達” でしょう?」


 空色の瞳に光が差し、深い底の部分まで見えてしまった。それは……ただただ、誠実で優しくて。

 こんな自分を、冷やかしたり揶揄からかう様子は一切なく、輝くような笑みを向けてくれている。


「ありがとう……ございます」

「どういたしまして」


 溢れそうなものをぐすんと飲み込み、うさぎの背中を覗けば、尻尾も可愛らしい桃色であることに気付き、笑みがこぼれた。


「……ハーヴェイ様が色を選んでくださったんですか?」

「はい。貴女にそっくりでしょう?」

「私に……」


「ほんとだ! お義母様にそっくりですね」

 お坊っちゃまが、うさぎへ身を乗り出す。


「そう……?」

「はい! 白くて、がお月様みたいに綺麗で、可愛いです」


 確かに瞳の色は同じだけど……こんなに可愛い子と私が似ている?

 うさぎとじいっとにらめっこしていると、ハーヴェイ様が長い耳を撫でながら言う。


「貴女も周りから見たら、このうさぎみたいに綺麗で、可愛いんですよ」


 真剣な声が、すうっと胸に響く。

 ……本当に? と上げた視線を、彼は真っ直ぐ受け止め、深く頷いてくれる。

 それでも信じられなくて、もう一度うさぎを見下ろせば、金色の瞳がにこっと微笑わらってくれたように感じた。


「……ねっ、お父様もそう思うよね? お義母様は綺麗だよね?」


 お坊っちゃまの問いかけに、辺境伯様は微かに口角をあげながら、パクパクと口を動かす。


「……そうだな。綺麗だ、とても」


 視線はもう逸らされなかったけど……アイスブルーの瞳には冷たい霧がかかり、何の感情も見えなかった。



 ◇


 お坊っちゃまのクラヴァットを作る為の布から、余った部分を丁寧に裁つと、丁度紳士用のハンカチ一枚分になった。濃紺の上等な絹地。これならハーヴェイ様のような地位のある男性が使用しても、恥ずかしくないものに仕上がるだろう。


 勝手に使ったりして怒られるかしら。

 お詫びとお礼を兼ねているのだし、本当は自分のお金で新しいものを買いに行けたら良いのだけれど……

 うーんと少し悩んで、向かいの椅子に座るうさぎを見れば、大丈夫だよと言ってくれている気がした。


 ……今日から、あなたと一緒ね。

 長い夜も、もう寂しくないわ。


 可愛い瞳に見つめられながら、あっという間に縁を仕上げると、銀の刺繍糸を針に通す。パッと頭に浮かんだ絵を軽やかに描き始めた。




 針を置き、時計を見れば、まだ夜中の二時を回った所だった。


「……お散歩しましょうか?」


 うさぎを抱いて中庭に出ると、ブランコベンチに座り、さっきの布と同じ濃紺の空を見上げた。

 綺麗……端から端まで星だらけだわ。

 腕を伸ばして、ぐるぐるとかき混ぜれば、あのお菓子みたいな素敵な色の星が降ってきそうだった。


 だけどあの輝きは、本当は、ずっと高くてずっと遠い。



 ◇◇◇


 ────どのくらい眠っていたのか分からない。沢山だったような気もするし、ほんの少しだった気も。曖昧な眠りの後で目覚めたのは、薄暗い場所だった。

 カビや埃や、色々な臭いが鼻を突く場所。

 黒いフードを被ったお父様が、私を覗いて、嬉しそうにはしゃいでいた。


『……やった! 成功したぞ! 見えるか? 私が見えるか?』


 こくりと頷くと、音は? においは? 話せるか? と立て続けに質問される。

 身体を起こし、寝ていた場所を振り返ってみて初めて、そこが棺だったということに気付いた。そして、薄暗いこの場所はどうやらどこかの地下室のようだ。


『お前は一度死んだが、私の魔力で生き返ったんだ』


 ……何故?


『家を救う為に、ラトビルス領の辺境伯の元へ嫁いで欲しい。身体が限界を迎えるまで、死体だということを隠し、やり過ごすんだ。……どうだ? どのくらい持ちそうだ?』


『……一年前後というところでしょうか。お身体のメンテナンス次第ですが』


 二人きりだと思っていた場所には、もう一人フード姿の女性が居て、私の身体に手をかざしていく。


『一年持てば充分だ。なるべく急いで嫁がせて……早めに限界を迎えそうなら、療養の為とでも口実を作って戻って来ればいい。そのまま死んだことにすれば何も言わんだろう』


『……立てますか?』


 女性に手を取られ、骨みたいな足に力を入れれば、震えながらも何とか立つことが出来た。

 私の頭から爪先までを見て、お父様は盛大に顔をしかめる。


『この見た目は……何とかならないのか。まるで老婆じゃないか』

『栄養失調とご病気で、元々お身体が衰弱されていた為に、黒魔術の副作用を強くお受けになったのでしょう』


『……まあいい。向こうは、一年間契約結婚出来れば構わないと言っているんだ。病持ちで見てくれが悪いと、予め伝えて送り込んでしまえば、後から文句は言えんだろう。“契約” だからな』


 お父様はフードを外すと、私へ向かい厳しい声を放つ。


『いいか、セレーネ。辺境伯からどんな扱いを受けても、身体が限界を迎えるまでは、絶対に帰って来るんじゃない。お前なら……耐えられるだろう?』


 血走った目だけが浮かぶその顔は……もう、文字や算術の本をくれた時の、あのお父様の顔ではなかった。



 ◇◇◇


 ……鳥になったら、あの星に触れるかもしれない。


 ベンチから立ち上がると、うさぎを抱いて、ワルツのステップを踏んでみた。ふわふわの可愛すぎる身体は、細いコナ先生とも、逞しいハーヴェイ様とも違い、段々可笑しくなってくる。

 夜中なのに笑い声が漏れてしまい、はっと口を押さえて、きょろきょろと見回す。柵で囲われているから何も見えないのだわと思い出して、うさぎに照れ笑いを向ければ、くすりと笑い返してくれた気がした。


 気を取り直して、再びステップを踏んでいると、誰かが遠慮がちに部屋のドアをノックした。


 ……こんな夜中に? やっぱりうるさかったのかしら。


「……はい」


 部屋に戻りおずおずと返事をすれば、ドアの向こうから響いた声が、心臓を激しく揺らした。


「……私だ」



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死者蘇生キタァァァァァ! いや、最初からきてましたか。 ホラー界隈所属のアンデット的な狂気の産物がこんなキレイな物語になるという……。創作というものの可能性を感じました。 死んでからモテるという【喪…
お父さん、昔はまともだったのかな? 少なくとも今よりマシな人だった? それとも父のちょっとした気まぐれを思い出にしてるのか…………。
>……鳥になったら、あの星に触れるかもしれない。 この言葉に、何かを予感してしまいます。 毎回泣かせてくれますね。 それにしても、ハーヴェイ様モテるわけだ。 見習いたいもの‥‥いや、能力的にムリか…
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