アイドル傷害事件3
――――――
劇の場面転換みたいに、目の前はテレビ局の出入り口になっていた。理解が追いつかない。
「水間さん、さっきのは……」
我慢してた分、早速説明をしてもらおうと水間さんを見ると、持っている鞄を抱っこするように前に抱えて、顔は青白くなっていた。
喫茶店の店内はガヤガヤとしていたが、席と席の間が広く配置されていた。人に聞かれたくない話をする為に丁度良い。俺は水間さんが口を開くのを待った。
「すみません、気を使わせてしまって」
「いや、あんな場面見たら……」
まだ脳裏にリアが刺された瞬間が焼き付いている。水間さんも同じかもしれない。指を組んでいる手をぎゅっとした。
「すみません、巻き込むようになってしまって」
「まだ信じられないけど……過去に戻る事が出来るってことだよね?」
「そうですね……。あの、私がよく腕時計を見ているのは、先輩も気付いてましたよね。『過去に戻る』ではなく、『過去を見る』為なんです」
「過去を見る……」
「秒針を見ながら見たい日時を念じると、見れるんです。さっきので分かったかと思いますが、目の前で再現ドラマを見ているような。物を動かしたり、触ったりは出来ないです」
「伝手じゃなくて、自分で調べていたんだね。この方法で。何か副作用的とかはないの?」
「はい。強いて言うなら、過去を見ている間は実質数秒なんですが、自分の意識は時間を経過してますよね。だからプラス過去を見た時間の疲れが溜まっていきます。見る時間が長いと、体の限界なのか強制的に戻って、その日は見れなくなります。休めば平気ですけど」
一日に十何時間も見る事は出来ないから、場所や時間を細かく聞いていたのか。
「今までは俺みたいな人はいたの?」
「いないと言えばいないと言うか……。」
「どういうこと?」
「元はこの力は母が使えました。私は先程の先輩みたいに、母に付いて行く事が出来ただけです。それは母にとっても初めてだったようで、最初はお互い驚いた事を覚えてます。分かった後は母は私に元気がないと、『探検』に行こうと過去を見せてくれました。事件でもなんでもない過去でしたが」
「遺伝ってこと?」
「……分かりません。オーラが見れる人から、私と母は波長がそっくりだと言われました。なので、先輩が私に付いて行く事が出来たのは、波長が似ているって可能性もありますね」
「確かな理由は分からないって事か。今は水間さん自身もその力を使えるようになったって事なんだね」
「小学六年生の時、両親は事故で亡くなりました。力を使えるようになったのは、その一年後くらい……でした」
「……そうなんだ。なんか、ズケズケと聞いちゃって、ごめん」
「いえ、もう何年も前の事ですから。私の力は分かってもらえましたか?」
「うん、体験しちゃったしね」
「……今までは、私に来る依頼は探し物とか企業でしたら社外秘の情報漏れの犯人探しとか、暴力的な事件は初めてだったんです」
「人がリアルに刺される現場なんて、見たくないよね。でも水間さん、俺にお人好しだとか言ってたけど水間さんも人を放っておけない所があるよね。だから今回の依頼受けたんでしょ?」
水間さんは少し驚いたような顔をして、いつもの可憐な笑顔を見せた。いつもの余裕のある姿だ。
「先輩ほどじゃありませんよ……。さて、先輩のお陰で落ち着いてきました。調査を進めなくては」
「あのさ、さっき現場を見たのは犯人を確実に誰なのか知る為って事だよね……?」
「そうです。本当はあの後追いかけて行くつもりでした。最低限、名前や住まいは知りたいですね。出来れば行動範囲も。情報は多いに越した事はないので」
「分かった。それじゃあ今から……? えっと、現実……に戻るのは自動的にとか、決まりあるの? 戻れないとかないよね? 俺はどうすれば?」
「私が戻ろうと集中すれば良いだけです。ただ、今回は無意識でした。本能的に戻りたいと思ったのかもしれません。私が先輩を連れて行ってるので、さっきみたいに私が戻ると自動的に戻ります。母に連れて行ってもらってる時も、毎回同じでした」
「じゃあ大丈夫……だね?」
「私の腕時計の秒針を見て、肩でもどこでも触れていたら一緒に行けるので。さぁ、犯人を尾行しに行きましょう」
事件現場の細い道、先程見た犯人が逃げて行く道を先回りする。もう刺される場面なんて、見たくないからかもしれないが。
「行きます」
「……お願いします!」
先程は知らないで付いて行ったが、意識すると不安と緊張が襲う。水間さんの肩に手を置いて、腕時計の秒針を見た。
――――――
ぐにゃりと空間が歪んだ感覚は三回目。まだまだ慣れたとは言えない。軽く深呼吸をした。
すると、間髪入れずに女性の悲鳴が聞こえてきた。
「来ますよ! 見失わないでくださいね」
俺は黙って頷いて、犯人が出てくるのを待った。すぐに犯人が来たが、現場から逃げてくるように走るでもなく、返り血の付いた上着を背負っているリュックに入れながら、ゆっくりとただの通行人のように自然に歩いてきた。今さっき人を刺したくせに自然過ぎてゾッとしてしまう。
「先輩、情報はあればある程良いです。見えてる訳じゃないんだから、もっと寄ってください。顔もしっかり覚えて下さいね」
水間さんは犯人の隣を歩いて、動きがないか監視している。頭では分かっているけど、見えているんじゃないかと思ってしまい、離れて尾行してしまう。俺は犯人のすぐ斜め後ろから監視する事にした。
犯人は一つ先の駅まで歩いて、電車に乗った。少しイライラしてるように見える。
「さっきリアの事を『ユマ』って呼んでたよね」
「クルールのメンバーですよね。ユマさんと勘違いしてたようですね」
「うん、それでフードが取れて顔を見たらリアだった。ユマのファンだったら、同じグループだしリアの顔は知ってるはずだよな。リアのアンチ?」
「彼はリアさんだと分かって、彼女に『馬鹿にされた』と感じた……」
「そういえば、リアの様子も少し変だったような。ファンに見つからないようになのか周りを気にしてたけど、ゆっくり歩いてたし。見つかりたくないなら、さっさと歩くもんじゃないのかな?」
「リアさんは、ユマさんのフリをしていた。しかも犯人がそう勘違いするように、と考えれば……」
「何の為に? それに、フードで顔が見えなかったしテレビ局から出てきたからって、ユマだとも思わないんじゃないのかな」
「理由までは分かりません。でもしっくり来ます。ただ、リアさんがわざとユマさんのフリをしていたと、犯人が直結して考えた意味もまだ分かりません。まずは自分が間違えたと思う気がします」
「間違えたのはリアが紛らわしい事するからだって、逆恨み的な考えとか?」
「それなら『馬鹿にされた』の意味と違う気がします。あっ、スマホ見ますよ!」
水間さんと俺は犯人にくっつくようにスマホを覗きこむ。側から見たら滑稽な事をしてるが、見えてないから構わない。これに慣れて、現実と混同しないように気を付けなければ。怪しまれるばかりか、下手したら通報される。
スマホにはユマの画像がずらっと並んでいた。やはり、ユマのファンで間違いないだろう。クルール全員の画像もあるが、他のメンバーは単体での画像はなかった。
「これ、リアさんがさっき着てた……」
スマホにはユマのSNSが表示されていて、今日の私服コーデとコメントが付いた写真が載っている。ユマはネイビーのフード付きのパーカーとショートパンツで、ポーズを取っていた。
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。