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カルセドニーな日常  作者: 木野真里
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アイドル傷害事件2


――――――


 目眩めまいか? いや、違う。少なくとも俺には初めての感覚だ。ぎゅっと目をつむって目を開くと、水間さんは今まで見せた事の無い顔をしていた。


 眉間にしわが寄っているし、口はポカンと開いている。水間さんという存在を知ってから、二週間くらい。慣れてきたといっても、可憐な笑顔で意地悪を言ってきたり、はしゃいでいても何処か上品。これが素なのかもしれない。何となく嬉しく感じる。


「水間さん?」


「は?」


「え?」


「どうして!?」


「なに? どうしたの?」


「だってあり得ない……!」


 水間さんは頭を抱えているが、俺はもっと意味が分からない。あり得ないと言われても……。


「……いや、まぁとりあえず、時間がありません。考えるのは後にします!」


 さっきまでの焦った姿から立ち直り、なぜか少しだけホッとしたように見えた。



 水間さんはテレビ局の改札みたいな出入り口から出てくる人のチェックを始めた。人が出てくる度にジロジロと見ていて、出待ちをしているファンにしか見えない。警備員に注意されたりしないかと不安になったが、こちらには見向きもしない。


「あっ! あの人じゃないですか!?」


 ネイビーのフード付きのパーカーを羽織って、ショートパンツ。フードは目元まで隠れるように被っている。高田さんが教えてくれた、リアの事件当日の服装と同じだ。


「リア、だよね……。どういうこと? 病院にいるはずじゃ……」


「さあ、行きますよ」


 水間さんは怪し過ぎるほどにピッタリとくっついて、更に下から覗き込んで顔を確認した。


「ちょっと、何してんの」


「リアさんですね。」


「怒られるよ!」


 しかし怒られるどころか、全くこちらを気にする素振りはない。俺達は見えていない?そんな事、ある訳がない……。少し怖いが、水間さんに倣って下から顔を覗き込む。間違いなく、クルールのリアだ。やはり俺は見えていないようだ。


 リアを追いかけて外に出ると、辺りは真っ暗になっていた。


「どういうこと? 昼過ぎ……だったよね」


「今は事件当日の夜です。これから事件を目撃しに行きますよ」


 意味が分からない。追いかけている人物は入院しているはずのリアだし、五分前までは明るかった空も真っ暗になっている。しかも、水間さんは友達のようにリアに張り付いて歩きながら、周りをキョロキョロと警戒している。怪しさ満点だが勿論、他の誰も水間さんの行動をいぶかしむ人はいない。


「待って! 本当に言ってるの?」


「説明は後! 先輩も怪しい人いないか見ててください」


 とりあえず、今は黙って付いていくしかなさそうだ。後ろを歩いて周りを確認する。リアも周りを気にしながら、ゆっくりと歩いていた。


 後ろを振り返ると、黒い薄手のジャンパーに黒いパンツの男がゆっくりと追いかけてくる。


「水間さん、あの人!」


 水間さんは頷いて、男の方に近づいていく。男は三十代前半くらいか。丁度信号待ちで、水間さんは男の周りを一周しながらジロジロ見るが、やはり誰も気にしない。


 本当に事件当日の過去を見ているのか。到底理解不能だが。


 水間さんは男が後ろに背負っているリュックを見て、ハッという顔をした。手招きをしてきたので、リアを見失わないように気にしながら水間さんに近づく。水間さんはリュックに付いているキーホルダーを指差していた。クルールのロゴのキーホルダー。こいつが犯人か。



 もうすぐでニュースで見た事件現場に着く。俺は勿論、水間さんも緊張した面持ちで二人を追いかける。依頼を受けてから、水間さんが迷っているような、不安そうな顔をしていた理由がやっと分かった。



 これから俺達は、男がリアを刺す場面を見るのだ。



 俺だって、見るのは怖い。しかし水間さんにとって、俺がここにいるのは不測の事態だ。ということは、水間さんは一人でその場面を見る覚悟があったという事か。俺も覚悟を決めなければならない。


 男は少し歩調を速めて、店と店の間にある大通りから見える細い道へ追い込むようにリアに近付いた。


「……ユマ」


 男が語りかけるように小さい声で呼ぶと、リアは追い込まれた細い道に逃げるように小走りになった。ユマはクルールのメンバーの一人だが、この女の子はリアのはずだ。


「待って!」


 男はリアを追いかけて、フードを掴む。束ねたロングヘアが露わになる。一瞬動きが固まり、吃驚びっくりしているようだ。俺の記憶でもユマの髪はボブに近いセミロングだったはずで、明らかに違う。男は今度は強引に肩を掴んでリアの顔を確認すると、何かを悟ったように薄く笑った。


「お前、馬鹿にしてるのかよ」


 リアは強気な顔をしていたが、男の笑みに恐怖が増したのか、後退りしながら顔が引きつっていく。


 男はポケットから折り畳みのナイフを出した。


「やめろ!!」


 俺は止めようとして男の腕を掴んだが、まるで意味がなかった。掴んだ感覚がなく、通り抜ける訳でもない。思わず腕を離した。


 男は何も言葉を出さず、静かにナイフでリアの腹を刺した。血がじわじわと確実にリアの服を染めていき、うずくまるように、リアはゆっくりと倒れていく。


 後ろから通行人の悲鳴がして振り返ると、水間さんは微かに震えながらも犯行を見逃さないように二人を注視していた。慌てて俺も視線を二人に戻すと、男はナイフを抜いて、何事もなかったようにポケットに戻すと、ゆらりとその場を離れようと歩いていく。


「待てよ!」


 俺の声は届かない。男を追いかけるか、でもリアをそのまま置いてもいけない。迷って水間さんを見ようと振り返った瞬間、また空間がぐにゃりと歪んだ。

 

 


この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。


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