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カルセドニーな日常  作者: 木野真里
5/17

アイドル傷害事件1

 

 混入事件から二週間くらい経つだろうか。俺は探偵事務所カルセドニー……いや、探偵サークルの部室にほぼ毎日入り浸っていた。

 

 今までは空きコマや講義が終わった後は、暇つぶしや勉強の為に散歩サークルの部室や大学内にある図書館へ行く事が多かったのだが、水間さんから、仕事がなくてもこの場所を自由に使って構わないと言われ、まだ仕事は一度もしていないし、用意すべき物も分からないので私物しか入っていないが、専用のデスクまで準備してくれた。

 専用のデスクなんて物があれば、勉強をするために静かな場所を求めて図書館に行かなくて済むし、散歩サークルよりも自由な空間で快適だ。

 

 さらに、水間さんや俺がいる時限定だが、俺の友人の響と水間さんの親友であり、俺の従兄妹の志歩もこの場所をたまに利用する。その代わり、二人も探偵サークルの一員として名前だけ貸してもらう事になった。

 

 水間さん曰く『最初は何も考えていなかったのですが、志歩から男女二人だけの場所なんて噂が出ると指摘されて。念の為、入ってもらう事にしました』……という訳だ。

 志歩は自由な空間を自分も使いたかっただけだろうが、言う事は的を得ている。

 

 男女二人……か。正に今、水間さんと俺だけしか居らず、志歩の言葉を思い出して緊張してきた。

 何の先入観もなく水間さんを見れば、サラサラの黒髪は長すぎず短すぎずのセミロング、横幅のあるパッチリとした目、小ぶりだが適度に高さのある鼻、口角がキュッと上がって上品な印象の口元。至って普通……じゃなくて、かなり綺麗な部類の大学生だ。

 まじまじと見ていた事に気付いたのか、水間さんがこちらをチラリと見る。

 

「何か?」

 

「あ! ……っと、なにか飲む?」

 

 言い訳が思い付かず、雑用を申し出る。これでは先輩後輩ではなく、すっかり雇用主と従業員だな。間違いではないのだが、ここは大学であり、サークル活動をするための部室である。

 

「この前淹れてくれた、ほうじ茶ラテがまた飲みたいです。香ばしくて絶妙な甘さで癖になっちゃいました。あっ、いま志歩からメールきて、成田先輩とここへ来るようなので、四人分お願い出来ますか?」

 

「オッケー」

 

 カフェでアルバイトした時にコーヒーやラテ、紅茶などの美味しい淹れ方をマスターしたので、得意でもあるし淹れるのは嫌いではない。水間さんは褒め上手なのか、俺が単純なのか、抱いているこの空間への疑問はポーンと何処かへいってしまった。


 

「お疲れー」

 

「水間さん、お邪魔しまーす」

 

 志歩と響がバタバタと部屋に入ってきて、応接スペースのソファに腰掛けた。

 

「わぁーい、これ、ほうじ茶ラテ? 律、タイミングいいじゃん」

 

 志歩は嬉しそうにカップを受け取る。一口飲んで、美味しいという表情をこちらに向けた。

 

「水間さんとオレ、タイミングなかなか合わなくて事務所で会うの初めてだよね。ここ凄いね、こだわりとかもあってさ」

 

「ありがとうございます。力を入れてみました」

 

「気になってたんだけど、カルセドニーってなに?」

 

「パワーストーンの一種の名前です。色々意味はありますが、良い縁を持ってきてくれる癒しの石だそうです。石言葉の一つに達成能力なんてのもありましたし。入り口にある石、あれカルセドニーです」

 

「え、あのゴツゴツした石? あれパワーストーンなんだ。原石初めてみたかも! 依頼に来るから、良い縁をってことか。カルセドニーって水色の石しかないの?」

 

「いえ、他にも色はありますが、ブルーカルセドニーは特に癒しのパワーが強いとか。依頼に来るのは緊張されている方がほとんどなので。それに私は水間という苗字ですから、初めて見た時あの淡い水色に惹かれたんです」

 

 響は入り口に飾ってあるカルセドニーの原石を観察するために近くに行った。さすがに壊すのが怖いのか、目で観察しているだけで触りはしない。「すげー」だの、「ほぁー」だの言っている。水間さんはクスクスと笑った。

 

「成田先輩は思っている事を素直に口に出して表現するので、聞いてて楽しいですね」

 

 

 和やかな空気の中、水間さんのパソコンに突然メールの通知音が鳴った。

 水間さんの柔らかい笑顔が、一気に真剣な顔に変わる。

 

「名城先輩、今日は午後の予定はありますか?」

 

「今日は講義も終わって、特に用事もないけど」

 

「良かったです。事務所を立ち上げて、初の依頼が来ました」

 


 依頼が来て三十分程で、依頼人はこの『探偵事務所』に到着した。もちろん響や志歩には帰ってもらっている。

 部外者には分かりづらい場所にあるので、俺が外まで迎えに行って、事務所まで案内をしてきた。

 

「お連れしました」

 

 所長である水間さんに対して、お客様の前でタメ口を使うのが良くないことくらい分かる。初めての依頼で緊張はしているものの、どちらかというとワクワクが大きい。頭はクリアに働いているようだ。

 

「はじめまして、水間千景と申します」

 

 この探偵事務所は一見さんお断りのシステムになっていて、誰でも依頼出来る訳ではない。紹介してくれた人物から水間さんが現役大学生だと聞いてきたであろう依頼人のこの男性も、水間さんを目の前にして若いからと侮るような態度は示さなかった。

 

「トゥループロダクションの高田です」

 

 依頼人が誰なのかを事前に教えてもらっていたから、平静でいられるが、聞いた時は驚いた。芸能事務所から依頼が来るなんて、思っていたより話が大きい。それに依頼内容も、思い当たる節がある。

 

「いきなりにも関わらず、お時間頂きありがとうございます。ご存知の事かもしれませんが、昨夜私がマネージャーとして担当しています、アイドルグループのクルールのメンバーのリアが刺されたんです」

 

 クルール、四人組のいま売れて来ているアイドルグループだ。リアは、一人だけで活動をする事が目立ってきている。テレビで活躍中のリアが所属しているから、クルールが売れてきた、という表現の方が正しいかもしれない。

 それだけに昨夜のニュースには驚いた。昨夜、女性が刺されたというニュース。その後の続報で被害者はリアだと言うのだから。幸いにも命に別状はなく、ファンではない俺もホッとした。

 

 「はい、ニュースを見て驚きました。犯人はまだ捕まっていないとか」

 

「そうなんです。もちろん警察の捜査も進んでいるのでしょうが、一刻も早く事件の解決を望んでいるんです。水間さんの噂を聞いて、是非にと……」

 

「そうですか……予測でしかないですが、警察に任せていれば一週間も待たずに解決するかと思いますが」

 

「そう思いたいです。でも、他のメンバーも次は自分が狙われてしまうのではと怖がってしまって。水間さんは事件解決が早い、任せておけば間違いないと聞きました。お願いします!」

 

 高田さんは、ソファから立ち上がりガバッとお辞儀をした。

 珍しく、水間さんは迷ったような表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「わかりました。お引き受けいたします」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「早速ですが、分かっている範囲で事件の詳細を教えてください」

 

「はい。昨日はテレビの収録が夜の七時過ぎに終わりました。終わった後、リアは他のメンバーより早く一人でテレビ局を出たんです。以前は仲が良かったのですが、最近の活躍で……その、メンバー間で溝が出来ているようで、さっさと帰る事もあって」

 

 グループの外も中も、皆ライバル。芸能界とはそういう場所なのだろう。

 

「事件現場はテレビ局から少し歩いた所で起きました。警察は多方面から調べているようですが、クルールのファンが事件を起こした可能性が高いと考えているようです」

 

「通り魔の可能性もありますよね?」

 

「目撃者がいて、犯人はクルールのロゴキーホルダーをリュックに付けていたようで、ファンではないかと言われました」

 

「まだ報道されてない事ですね。だから他のメンバーが怖がっていると」

 

「はい、キーホルダーはロゴのタイプなので、誰のファンか分かりません」

 

「そうですか。リアさんは今……?」

 

「意識は戻りましたが、今は薬の影響で寝ているようです。しっかり話を聞けてないんです」

 

「今は話は聞けませんね……」

 

 水間さんは何かを迷っているようで、少し考え込んだが答えが出たようだ。

 

「犯人は確か、黒い薄手のジャンパーに黒のパンツだとニュースで聞きましたが、リアさんは当日、どんな服装でしたか?」

 

「リアですか? 確か、ネイビーのパーカーを羽織って、ショートパンツで帰っていくのを見たかと……」

 

「リアさんがテレビ局から、どんな経路で現場に向かったのか調べるためです。先輩、現場へ行きましょう」

 

 可憐な笑顔が一瞬引きつったように見えたが、俺の気のせいだろう。



 高田さんと別れて、俺と水間さんはテレビ局に着いた。移動している間、普段水間さんはおしゃべりな子ではないが、いつもに増して静かだった。なんとなく、気まずい雰囲気だ。

 

「いつも、ここから出入りすると言ってましたね」

 

 入口には警備員が数人いて、建物に入った人をチェックしている。更に奥に入るには、駅の改札みたいに通る為のパスが必要みたいだ。

 水間さんは大きく深呼吸をした。やはり、いつもと違う。水間さんは不安そうに腕時計を見る。腕時計の秒針が建物のライトに反射されて光った。


「大丈夫?」


 声をかけると同時に水間さんの肩に手を置いた。その瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。

 

 

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。

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