最初の事件4
「豚汁に入れられたのは、色々な薬を砕いた物でした。下剤や頭痛薬、風邪薬などです。事件前日、休憩所として使える時間の……そうですね、おそらく一時間ほど前、焼鳥屋のおじさんが見ていない隙に、豚汁に入れたと思われます」
「待って、事件前日って? 当日作ったんだよ?」
「話は最後まで聞いてください」
水間さんに姿勢を正したままピシャリと注意された。
「豚汁はお金を払って、セルフで盛るスタイルだったらしいです。おそらく、被害者が多いと事件が大きくなると考えたのでしょう。遅めの時間にしたようですが、その日は偶然にも、その後に豚汁を食べた人はいなかったようです。しかし、事件は翌日起こってしまいました。本来、米田さんでは食品衛生を考えて売れ残りは破棄しているはずですが、おそらく米田のお母さんが前日の残り物と混ぜたのですね。勿体無いとでも思っていたのでしょう。警察にも朝に作っていると答えていたみたいですし、残り物を混ぜていたと知られたら最低でも厳重注意はされるでしょう」
推理と考える事も出来るが、見てきたように語る。それに、ここまでだと犯人が誰かなんて分かるようには思えない。
「そして犯人を特定した経緯ですが、休憩所を利用した人物が、ペットボトルを落とされた時間に付近にいなかったか調べました。無関係とは思えなかったので」
「それが和菓子屋の加藤さんだったって事? どうやって分かったの? 監視カメラとか見せてもらったり?」
「それは秘密です。伝手というか、色々あるんです」
探偵というのだから、伝手とかはあるのかもしれない。目撃者とかカメラとかで分かるならば、警察もすぐに犯人が分かりそうだけど。
「で、動機は?」
「嫉妬です」
「……嫉妬?」
電話の音が鳴った。音は水間さんの鞄から聞こえてきたようだ。水間さんは鞄からスマホを取り出して、誰から電話が来たか確認すると俺に画面を見せてくれた。『水間優斗』、お兄さんからのようだ。
「事件解決したのでしょうか」
そう言うと、水間さんは電話に応答して俺にも聞こえるようにスピーカーにしてくれた。
「ちょうど、依頼人に事件の説明をしていた所なの。一緒に聞いてもらうけど構わない?」
「依頼人って名城律君?」
本当に俺が依頼すると見越して動いていたようだ。
「そうだよ。犯人は認めた?」
「ああ、商店街の至る所にある監視カメラや聞き込みで、休憩所を利用した人、利用した時間などは簡単に分かった。合わせてペットボトルを落とした時間にも駅にいた事が監視カメラに映ってた。あっさりと犯行を認めたよ」
「いま、理由は嫉妬って聞いたんですけど……」
「……彼女はここの大学の四年生、前から君に好意を持っていたらしい。でも年上だし、接点もたまにアルバイト先に来てくれる程度。自分の事を覚えている様子もない、ほとんど諦めていたんだって」
俺は耳が熱くなると同時に、全く気付いてなかったことに罪悪感が生まれた。嫉妬とは、俺に対してだったのか。優斗さんは淡々と話を進める。
「犯人の加藤さんが自分の気持ちを押し殺していた最中、自分より年上で既婚者でもある坂田さんが君と歩いていて、息子くんとも仲良く手を繋いでる姿を見てしまった。坂田さんからも見えたのか、目が合って笑いかけてきた。犯人の彼女は悪い方向に受け取ったようだな。自分が名城君に好意を持っている事を知っていて、ワザとだと感じたと言う。思わず発作的に、魔が差して坂田さんを狙ってペットボトルを落としたらしい。すぐに後悔というか、落としたのは自分だとバラされて幻滅されてしまうと恐れた。しかし、そんな様子は翌日以降もなく、坂田さんも何事も無かったような素振りで、弱味を握られたと感じた。坂田さんが疑われて、困ればいい。あわよくば、店を辞めないか。そう思い立って事件を起こしたと供述してるよ」
優斗さんから説明をされている間、自分のせいで事件が起きてしまったのかと、グルグルと頭の中で反芻していた。
「名城先輩は何も悪くないですよ。お人好しで鈍すぎるだけで、悪いのは事件を起こしてしまった犯人だけです。モテるんですねぇ」
フォローしているのか、貶しているのか。なんと言えばいいのか分からず無言になってしまった。
「混入事件は悪質だ。無差別だからな。もっと毒性の強い物を入れていたら殺人事件になってもおかしくなかった。犯人を特定するのに時間がかかっても、被害者がまた出る恐れもあったしな」
犯人が分かったら終わりといかない事は素人の俺でも分かる。優斗さんは第一報を知らせてくれただけみたいで、用件を話すと電話を切った。
「坂田さんも犯人の店員さんにペットボトルを落とされて、初めて彼女の気持ちに気付いたのかもしれませんね」
「すぐに気付かなかったのかな。薬入れたの、あの人だって」
「自分が攻撃されたなら思ったかもしれませんけど。すぐには結び付かなかったのでは? 可能性の一つに考えていたとしても、それで犯人扱いして、また恨まれでもしたら困りますしね」
「水間さんさ、なんでおばさんが前日の残り物を足してたとか、混入も前日だって分かったの?推理には見えないっていうか……」
「ですから、どういう経緯で知り得たかは秘密です」
「でも、俺これからここで働くんだよね?知ってても……」
「それでも、ですよ」
ニコッと笑いかけてくる。俺はその可憐な笑顔に弱いみたいだ。何も言えなくなってしまった。
「分かったよ、秘密ね」
水間さんが何か不思議な雰囲気があるのは分かる。どうやって調べたか、それは探偵としての伝手ではないような気がした。水間さんもそれに気付かれているのを承知で、これ以上突っ込むな、って牽制しているのかな。
「名城先輩は鈍いうえにお人好し、ですよね」
俺に慣れてきてくれたのか、良い意味で言ってないよね。その言葉。
「じゃあこれは聞いてもいい?なんでここを借りたの? 人目を避けたかったのかもだけど、部室でも良かった訳でレンタルスペース必要だった?」
「ここはレンタルスペースじゃないですよ」
一年生の水間さんより、一年長くいる俺の方が事情は知っているはずだ。この階はレンタルスペースがいくつかあり、恵青大学の学生であれば申請して無料で何時間か使用出来る。混乱している俺に水間さんは続けた。
「他の部屋はそうかもしれません。でもここは私が作った探偵サークルの部室として、使えるように申請しましたから」
「いやいや、今までここを部室として使いたいって色んなサークルが言ってたみたいだけど、許可された事なんて……」
「あ、そうだ。もちろん散歩サークルも兼任しますよ、ご心配なく。先輩もこの探偵サークル兼任ですから、二名ですね。追加募集はしないつもりです」
「俺このサークル入るとは……。そういえば、さっき事務所作るとか言ってたよね……」
このオフィスのような空間、もしかして……
「そう、ここにしました! つまり、四年間は事務所としてタダで使えるんです! おかげで内装をちょっと豪華にする事が出来ましたぁ」
サークルと言ってはいるが、実質は探偵事務所。そんな事はおそらく大学側も分かっていることだろう。今までサークル自体、許可された事などないのだから大きい権力が動いたのか。しかも、俺はここで働くと契約してしまった。
「見てください、これが看板です」
奥から取り出してきたのは、淡い水色の四角いアクリルプレートで、『探偵事務所カルセドニー』と書かれていた。
嬉しそうに看板を見せてくれた水間さん、この笑顔は普通の大学生にしか見えない。つられて笑顔になってしまう。
一日で事件を解決出来た事や、なんでこの場所が使える許可が出たのか、真相を知った所で俺に良い事なんてないだろうし、実際聞くのは少し怖い気がする。
鈍くてお人好しな俺らしく、今は考えないでおこう。
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。
次回は「アイドル傷害事件」です。