最初の事件3
翌日、大学内でも商店街の事件が噂になっているようで、至る所で聞こえてきた。近くで起きた事件だから、無理もない。
講義も終わり、サークルの部室に行く。扉を開けると、水間さんが窓際に立っていた。他には誰もいないようだ。
「あれ、水間さん……一人なんだね」
「名城先輩にお話があって。志歩には他の先輩方が来ないよう、成田先輩と一緒に足止めしてもらってます」
「話……って」
こんなシチュエーションは初めてで、しかも相手は水間さんだ。顔が熱くなり、額に汗が出るのを感じた。
「実は私、名城先輩にお願いしたいことがあるんです」
「あぁ、……はい」
がっくり。そんなはずないか。期待していた事がバレないようにしないと……と、気持ちを立て直す。しかし、水間さんは俺の事など気にせずに話を続ける。
「私、ちょっとした探し物を見つけたり、小さな事件を解決した事によって、口コミで広まって探偵業を依頼されるようになったんです。まだ事務所を構えてませんし、宣伝をしている訳でもないので依頼はまちまちですが」
「へぇー……すごいね、もう仕事をしているって事だよね。だからなんていうか、しっかりしてるんだね」
「それで……以前から志歩に聞いてたんですよ、名城先輩の事。高校まで陸上をされていて、インターハイに出た事もあり、努力家でいらっしゃる。大学生になってからは自発的にもあれば頼まれたりで、複数アルバイトをしてると。元々の器用さもあって、かなり多芸多才と聞きました」
「いや、そんなことは……」
少し照れながら否定をする。俺の言葉が終わらないうちに、水間さんは話を続ける。というか、話を聞こうとしてないのかもしれない。
「本題はこれからです。事務所を作るので、助手……というと語弊があるかもしれませんが、私のお仕事のお手伝いをして下さい」
……丁寧な言葉の中に圧を感じた。お願いではなく命令なのだろうか。ただ、探偵のお仕事はどんな事か気にはなるし、興味がある。
「なんで俺なの? 他に適任はいそうな気もするけど」
「さっき言った通りですよ。それに、助けたいですよね。商店街の事件」
「え? もしかして、依頼されたの?」
「いえ、これからですよ。」
意味が分からず固まっていると、水間さんは可憐に微笑む。
「名城先輩、お世話になっているんですよね。そのお返しに、どうかと思ったんですが。もちろん事件の全てを既に把握してます。先輩が『依頼する、お手伝いする』と言えば解決します」
つまり俺に依頼主になれと。相変わらず可憐な笑顔なのに、言っている事はかなり強引だ。しかも全てを把握してて解決するだなんて、かなりの自信。怪しい宗教の勧誘でも言わなさそうだけど。でも、昨日も感じたこの感覚、水間さんはおそらく事件の謎を紐解いている。
「安心してください。今回の依頼料は特別サービスで、無料にします。その代わりに、これから私の仕事のお手伝いをして下さい。」
俺の第六感が告げている。断れ、と。遅かれ早かれ事件は解決するだろう。警察もしっかりと調べているはず。だけど、もし時間がかかってしまったら店の存続も危うくなってしまうだろうか。さらに、また被害者が出てしまったら。悪い事ばかりが脳裏をよぎる。
「……分かった。いいよ」
水間さんはパァっと明るい笑顔になって、いそいそと書類をいくつか鞄から出す。
「ありがとうございます! それでは早速手続きして下さいね」
依頼状、そして雇用契約書のようだ。
「心配しないでください。探偵業をするための届けも出していますし、違法ではありません」
差し出されたシルバーのペンは、上品かつ、シンプルなデザインが施されている。ザッと書類に目を通して、えいっとサインをした。
「わー、ありがとうございますー。先輩が無理のない範囲でのアルバイトで大丈夫ですからね」
契約書にも、依頼がいつ来るかは分からないので、不定期、とある。
「さぁ! 契約成立もしたので移動しましょうか」
「どこに行くの?」
質問を笑顔で躱し、仕事が終わったような、軽い足取りで歩いていく。仕方ないので黙って付いていく。水間さんはエレベーターの上りボタンを押した。ここはサークル棟だし、他のサークルに用事があるのか。疑問は次から次へと湧いてくるが、質問をしても答えてはくれないだろうと、諦めた。
エレベーターは十階、最上階に着いた。この階にはサークル関係なく部屋を借りられる、レンタルスペースみたいな部屋がいくつかある。使った事がないから、すっかり忘れていた。
「どうぞ、こちらです」
水間さんの後に続いて部屋に入る。オフィスのような部屋だ。扉を開けてすぐに水色の石が飾られている。窓際には応接スペースがあり、高級感のあるソファに座るよう促される。ソワソワとして落ち着かない俺に、水間さんは温かい紅茶を淹れてくれた。
「先程申し上げた通り事件は解決に向かってます。私の兄には犯人や何が起こったかを知らせていますから、その証拠固めのために兄……警察は動いてくれているでしょう」
「……」
「もちろん、先輩が依頼すると確信を持っての行動です。そうでなければ、動きません」
俺が依頼しなくても、事件は解決したのではないかと考えていた事が顔に出ていたのかもしれない。
「結論として、先週のペットボトルを落とされた件と、昨日の混入事件はどちらも同じ犯人です。加藤瑠美さんです」
「加藤……」
水間さんは俺の反応を見るためか、これから事件の全てを語るうえで喉を潤すためか、紅茶を一口飲んだ。つられて俺も紅茶のカップを傾ける。上品な香りがする。考えても仕方がない、疑問を口にすることにした。
「ごめん……誰ですか。加藤さんって……」
水間さんはあり得ないという顔をして、溜息をつく。
「和菓子屋のアルバイトの方、この大学の四年生です。昨日も今川焼き、買ってたじゃないですか。常連だって言ってたし……知らないんですか?」
「名前までは……いつも和菓子屋いたら、挨拶する程度だし。うちの大学だなんて知らなかったよ」
「そうなんですね。よく行くって言ってたし、坂田さんとかは名前ご存知だったじゃないですか」
「米田のおにぎりほどは行かないし、坂田さんも普段は気さくでたくさん話しかけてくれるし」
水間さんは、ピシッと姿勢よく座っていたが、ソファの肘掛けに肘を置いて頬杖をつき、呆れたという顔で俺を見た。
「先輩は事件に無関係ではないんですよ。現にペットボトルの件では居合わせてますし。私はてっきり名前くらいはご存知かと思ってました。調べもしなかったですが」
「さっき事件の全てを把握してるとか言ってたじゃん」なんて事は言えないが、顔に出ていたようだ。
「そもそも知らなくても何も変わりません。事件は誰がどのように起こして、何故事件を起こしたのか。それが分かれば良いんです! 余計なエネルギー使っても無駄です!」
「何も言ってないだろ……」
清楚で奥ゆかしいイメージはどこへやら。そんな事を考えている事も彼女にはお見通しなのかもしれない。彼女はダラっとした姿勢を座り直して、咳払いをした。
「では、最終報告といきましょう」
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。